ティル・ナ・ノーグの最強騎士〜「生ける理不尽」と呼ばれた少年が挑む、理不尽なミッション
風庭悠
第1話 プロローグ; 盛り上がり過ぎる決勝戦
[星暦1554年11月3日;王都キャメロット、王立闘技場]
間も無く夕陽が沈む。空は晴れ渡り、西の空は茜色に染まる。目を天頂へ向かってあげれば、空は透明感に満ちたブルーへと変わって行くことだろう。
やがて盛大に花火が打ち上げられる。それは秋の夕闇を極彩色に彩った。まだ、空が完全に闇に呑まれていないので、硝煙はゆっくりと地上へと垂れ下がって行くのがみてとれる
闘技場には四方八方からライトが浴びせられ、カクテル光線をつくり、その場に立てば、影もかき消されるにちがいない。
「Si Vis Pacem, Para Bellum」(汝、平和を求むなら、戦の備えをせよ。)
闘技場の東西に高く
騎士たちににとって、一般に「パラベラム・ゲート」と呼ばれるこのこの門をくぐって闘技を披露するのはこの上ない名誉とされているのである。
ここで、国王アーサー・ペンドラゴン67世が臨席すると、会場の群衆は歓呼の声でそれを迎えた。
続いて騎士を束ねる
また、
これは、このスフィア王国にとって、最大で最重要なイベントなのである。
その名を「
惑星スフィアで最大の国、スフィア王国。この国は国王の委託のもと、108の騎士団によって統治されている。
その頂点にあるのが
そして、今日は、半年以上かけて行われた選挙の、最終戦なのである。
東西に聳えるパラベラム門をくぐり、二つの
対戦チームは「
どちらのチームも、この決勝リーグでどちらも2勝負けなし。この
勝名乗りを上げることができる。
場内アナウンスと巨大なビジョンに選手の動画や、これまでの勝負の様子などがダイジェストで流され、
再び花火が打ち上げられ、すっかり闇の
王都キャメロットは11月を迎えるが極めて快適な気温だ。
北緯20度の亜熱帯の地にありながらも標高が700mもあるからだ。
「みんな、あと一つだ。」
これまで、ほぼ5年の歳月を共に過ごしたチームメイトたちに「聖槍騎士団」、主将の
初めは本当に
「うわー、緊張するわ。」
口から心臓が飛び出しそう、という比喩はあながち誇張でもないかもしれない。
リチャード・ウインザーはそう思う。膝と奥歯がかたかたと鳴るのを抑えきれない。
(でも、とうとうここに来た。憧れだったパラベラム・ゲートをくぐった。でも、これだけで満足する訳にはいかない。)
「無心になれ。リック。」
目を瞑ったまま深呼吸をしていたマグダレーナ・エンデヴェールは緊張の虜と化した僚友に一言だけ言う。
そう、まるで自分に言い聞かせるように。
「心配ない、メグ、これは⋯⋯そう、武者震いってやつだ。きっと。」
でも、言葉の端端にカチカチと歯が鳴る音が混ざる。
メグ(マグダレーナ)はその淡い金色の長い髪をかき上げようとして止めた。すでにそれは後ろでポニーテールとして、まとめられていたからだ。彼女の細く、長い耳は彼女が「エルフ族」と呼ばれるヌーゼリアル星人であることを示している。
(やはり、緊張はするものだな。ここまで5年か⋯⋯あっという間だった。いや、とても長かった。ここで勝った時、いったい私は何を手に入れるのだろうか?)
彼女は両親によって騎士団に預けられた幼い日のことを思い返していた。
「問題ない。俺は普段通りだ。」
凛に肩を軽く叩かれ、いつもクールを装っているアトゥム・クレメンスも声の波長が若干、上ずっている。
一瞬、ビクッとなってしまったのだ。
(もう、誰にも俺のことをヘタレとは言わせない。俺は
彼は、いじめられっ子だった幼少期の苦い思い出を振り払うかのように
「そういう割に、顔が青ざめてるじゃないか、トム(アトゥム)。」
リックがからかう。
「当たり前だ。俺はアマレク人だ。顔が青いのは生まれつきだ。お前こそ無心になれたのか?
故郷のキツツキの霊でも背負って来たような顔をしているぞ。」
アトゥムも負けじと言い返す。彼はアマレク人、同じ惑星スフィアに植民して来た異星人である。
アマレク人は肌が蒼い。というのも、彼らの皮膚に含まれる色素はメラニンではなく、フラボン(葉緑素)なのである。
「リーナ、お父上もご臨席くださったようだね。」
凛に、両親が来ていることを思い起こさせられたメアリーナ・アシュリーは黙って頷く。
(パパ、私は頑張ったんだよ、本当に。)
彼女は留学に反対する父親に、生まれて初めて、自分の本当の気持ちをぶつけた日を思い出していた。
引っ込み思案で、すぐに母親のスカートの陰に隠れるような娘だった彼女が、初めて言った自分の意志であった。
何日も何日も話し合い、父に許しと援助を請うた。あの時、反対する父親が本当に嫌いだった。
でも今は違う。一人娘を遠い地へと、それもたった一人で送り出す父親の気持ちが、少しずつだが分かってきたのかもしれない。
そして、その父がここまで駆け付けてくれたのだ。彼女の故郷は惑星スフィアと公転軌道を共にする惑星ガイアなのである。
そして、彼女の父親であるロナルド・カーター・アシュリーはその惑星の大国、アポロニア連邦共和国の副大統領なのである。
「こ、怖くて見られない。」
モニターにデカデカと写し出された父親の顔から彼女は目を逸らした。
「なあ凛、ウチのオトンも来てんねんで。ていうか筈やけど。どこやろか?」
頭の上についたネコ耳をピクンとさせながら、ロゼマリア・ジェノスタインが会場にいるであろう父親を探した。
「ロゼのお父上なら貴賓室だと思うよ。」
凛に言われて探し当てたのだろう、ロゼは満面の笑みを湛え、父親に手を振った。
彼女はスフィア王国と通商関係にある惑星間通商国家フェニキア連邦の出身であり、その中でもカルタゴ星人である。
その人々は耳がネコのようになっているのである。
「うひゃあ、緊張するわー」
彼女は大きな眼をくるくるさせながら、せわしなくダグアウトを歩き回っている。
「ああ皆さん、よく頑張りましたねえ。」
2mを超す長身を持つ、宮廷魔導師ゲイブ・マーリンが思わず涙ぐむ。
「マーリン、泣くにはまだ早いよ。だって、試合は始まってもいないのだから。」
凛に言われたもの涙が止まらない模様である。
「そ、そうでしたね。まだ私の出番もありますからね。」
凛は自分の片腕として、仲間の指導や、裏方に徹しこれまで尽くしてくれた旧友と肩を組んだ。
間も無く
センターラインに両チームが並び、礼をする。
主審は両チームに禁止事項、反則事項を説明する。
この試合は最大5セット、3セット先取したチームが勝利である。
第一セット; ジョスト-デュエル(一騎打ち、陸戦)
第二セット;ジョスト-マニューバ(一騎打ち、空戦)
第三セット;トゥルネイ(団体戦)
第四セット;メレ(殲滅戦)
第五セット;トーナメント(勝ち抜き戦)
この
「さあ、気楽に行こう。第一セットのメンバーを発表する。」
ダグアウト(控え室)に戻った凛の目が変わる。場の緊張感が一気に漲る。
「デュエルは5人、
凛は、傍に立つ少女に声をかけた。
「了解。」
アザゼル(ゼル)がオーダーを発表する。
「では発表する。先鋒 、マグダレーナ・エンデヴェール。
次鋒 、リチャード・ウインザー。
中堅、メアリーナ・アシュリー。
副将、ロゼマリア・ジェノスタイン。
主将、アトゥム・クレメンス。
以上です。とりあえず、頑張れ。」
そして、オーダーがオーロラビジョンに表示されると観衆からどよめきの声が上がる。
いきなり、「最強」である凛を抜いたオーダーだったからだ。
むろん、相手チームも反応は一緒だった。
「飛車角落ちとは、随分となめられたものだな。」
ただ、彼のチームにとっては歓迎すべき状況ではあるのだ。
主将のハワード・テイラー・ジュニアはニヤリとした。
「『最強騎士』、もう一度手合わせてみたかったが、まあ、楽しみは後で、ということだろう。」
「せんせー。」
自分は控えと決め込んでいたため、リラックスモードに入り損ねたロゼが手を挙げる。
「どうした、ロゼ?」
凛が聞き返す。
「急に、お腹が痛くなったみたいです。アイタタ⋯⋯。」
ロゼは腹を抱えてうずくまる。緊張のしすぎなのか、それとも仮病なのか。
しかし、『前科』があったようで凛はにっこりと笑った。
「さすがだな、ロゼ。本番を目前にして『片腹痛い』とはね。その調子で頑張ってくれ。」
あっさりと却下され、ロゼは慌てて立ち上がった。
「ち、ちゃうで。片方じゃないわ。ちゃんと両方痛いわ」
仮病を看破されたロゼが口を尖らせる。
やがて、開始時間を告げるサイレンが鳴らされる。
「では、私が先鋒だ。行ってくる。」
マグダレーナが腰を上げた。
「メグ、頼んだぞ。」
挙げられた凛の手をメグ(マグダレーナ)がパン、と叩く。
メグの登場に会場が沸いた。
MCが解説する。
「聖槍騎士団の先鋒は『天空の魔女』マグダレーナ・エンデヴェールです。
彼女は我が国の友邦、ヌーゼリアル惑星王国王太子殿下の第一王女でもあらせられます。」
アナウンスに貴賓室に陣取る彼女の父、シーモニハダゾエル(シモン)・エンデヴェールにカメラが向けられ、殿下は気さくに手を振って応えた。
彼女もアナウンスに耳を傾けていたが、もう、その頭の中は戦闘のことでいっぱいになっている。
「バプタイズ!」
彼女はそう宣告すると両手を胸の前に組むと後ろへ倒れこむ。
無論、彼女は後頭部を強かに打って昏倒することなどない。彼女の身体は
彼女の体は一瞬観衆の視界から消える。
そして、再び、水面から現れるかのように姿を現した。その姿は羽飾りのついた兜と優美で
白銀の地に金色の装飾を施された鎧を着て現れる。
重力子甲冑、「
ダークマターとして知られる重力子は、この電子(物質)世界と場所を同じくして存在する
そして、
その金属でしつらえた武具がこの「天使」なのである。
それは、重力を制御する力があって重さも無く、物質世界のどんな物質よりも硬い。無論、完全に重さを無くすとかえって重力の影響が強い惑星上では扱いづらいこともあるので、装飾が「物質」で作られており、それが適度な重り《バラスト》となっているのである。
そして、彼女は閉じかかったアストラルスペースから、彼女の身の丈ほどはあろうかと
思われる大剣を取り出した。西洋鋸のような形状で幅広い頭身に黄金の束が取り付けられている。
この剣も刀身部分は重力子金属で作られていて、バラストとして周囲に電子金属が張り巡らされている。
王家の子女の持ち物らしく、優美さと華麗さがあり、彼女の美貌を一層引き立てていた。
「さあ、彼女の武具、
その時は
彼女の剣に目を奪われる者も多い。
その武器の性能を実証する場でもあるのだ。
闘技場に詰めかけた群衆の中には、フェニキアのような、」銀河系内の通商組織の、軍用品バイヤーたちもいて、懸命に品定めをしている。
メグの対する相手は護法騎士団で若手のホープ、次大会では主将を任されるであろうと目されているジョン・ハイアット・ニールセンである。
彼の武器は「
二人がまず礼をして、開始線上に立つ。「デュエル」は地上戦なので、3m以上垂直上昇できる重力制御ブーツは着用が禁じられている。
そして、重力グローブによる補正で男女の膂力に差など存在しない。ある意味男女平等なのである。
「そう、男も女も、大人も子供も関係ない。差が生じるとすれば背負いしものの意志の力です。」
マーリンがつぶやく。
やがて、先の先を探り合う二人は、同時に跳躍する。
がきん、という重い金属のぶつかり合う音が響き、二人は立ち位置をほぼ入れ替えた状態で再び睨み合った。
会場は再び固唾を飲んで二人の挙動に目を奪われていた。
「やるな。まだ『若い』が腕は確かだ。良い『気』を持っている。」
恐らく少し自分より年長のニールセンについてメグは論評する。
「さすがだな。『天空の魔女』の名は伊達ではない。まずは俺の『力』を量るつもりか。」
ニールセンはメグが「少女」である、という考えを完全に拭い去った。
「お望みどおり、全力でいく。もはや出し惜しみする場面ではない。」
打ち合った斬撃の強さと鋭さにメグはもう一度つかを握り直した。痺れはあったが、問題はない。
「強い。だが勝てぬ相手では無い。」
二人は第2撃に備えた。
「インファイター対アウトファイターか。さて、どちらが自分の土俵に相手を引き摺り込めるかだ。」
マーリンが呟く。その目は二人の戦いに釘付けになっていた。
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