神々の粉飾決算
北斗
第1話 死刑判決
10月になると、日本の神はこぞって出雲に集い、縁結びの相談をするという。
国の平安と親愛を祝福するための、実に微笑ましい集いである。
ところが、日本の神もオリンポスの神も、はたまたケルトや仏教の仏もゾロアスターの神々も招集される『全世界神様サミット』はそうはいかない。
もはや、弾劾裁判である。
□□□
アメリカの首都ワシントンDC。連邦最高裁判所。
傍聴席では、あらゆる神話の神々が固唾をのんで判決を待っている。
ローマ神話の女神から、アステカ神話、果てはクトゥルフ神話の神々まで勢ぞろいだ。
ごくり、と誰かののどが鳴った。
今まさに、神々史上最悪の粉飾決算が裁かれるのだ。
それも3000年に亘って世界の神々をだまし続けてきた、前例のない悪質な犯罪だ。
神々はこの裁判を末代までの語り草にしようと、期待に眼を輝かせた。
一方、被告席では髪をみずらに結い日本神話の服装をした壮年の男性――日本の最古の神イザナギが、青ざめた顔を引きつらせていた。
なんでこんなことになっているのか、彼はいまだに理解できていなかった。
ちょっと日本神話の神々の数が多かったくらいで、まさかこんな……。
様々な思惑をはらみ、緊張感が漂う法廷の沈黙を、――裁判長の女神の声が破る。
彼女――目隠しをした正義の女神は、重苦しくも朗々と判決文を読み上げた。
「被告、日本の神々。罪状、神々の人数の水増しによる詐欺罪。判決、……えーと死刑?」
こてんと小首をかしげた可愛らしいしぐさの割に、出した判決は恐ろしいものである。神に死刑って……え? マジで?!
「ちょ、ちょっと待ってクダサーイ! なん、なんで死刑?!」
イザナギは泡をくって反論した。
日本最古の神の名に誓って、これを承服するわけにはいかない!
正義の女神は目隠しの下で眉を八の字に下げ、困ったようにため息をついた。
本人も前代未聞の事実に戸惑っているのがありありとわかった。
「だって、粉飾し続けた人数と年数が多すぎて、罪状に見合う償い方がないんです。日本の『八百万(やおよろず)の神々』というから、800万柱いらっしゃると世界の神々帳に記載していましたのに……実際の古事記では319柱。差し引き7999681柱を3000年近く水増し粉飾していたことになります。さすがに悪質すぎて、もう最高刑しか……」
最高刑、つまり死刑。あんまりだ……。
だが最悪なことに、ジョークではなさそうだった。
欧米事情は奇奇怪怪といえど、これはサプライズにしては度が過ぎてる。
死刑判決の衝撃によく回らない口で、イザナギは懸命に申し開きした。
「いやでも、八百万(やおよろず)って日本では『非常に多くの』とか『無数の』って意味で、本当に八百万いるわけじゃ……って、エエエ! シカトですか?!」
最古の神の必死の抗弁!
だが正義の女神は聞いてすらいなかった。なんてこったい!
イザナギの突っ込みをよそに、彼女は議長席の下にかがみこんで何かを探しているようだった。
ようやく探し当てた彼女が、立ち上がり掲げたのは、――天秤である。
一般に正義の女神は片手に剣、片手に天秤を持ち、正義と法を示すといわれている。これはその正邪を測る秤のようだった。
だが床になんて転がしてるせいでほこりまみれである。そう、もはや正義は地に落ち、ほこりを被ってそこらへんに転がっているのだ(意味深)
しかし女神は気にするそぶりも見せず雑に埃を払った。
そして、天秤の片方に古事記全3巻、もう片方には申告された日本の神々の名を記載した神々帳を、ドカンと載せた。
天秤はすぐさま勢いよく傾く!
古事記の方が圧倒的に軽い。そして女神のどや顔……!
ほらご覧なさい――と、この上なく正しさを主張してきた。おもに顔で。
彼女は、神々帳に記載されている日本の神々の数(800万柱)より、圧倒的に古事記に記載されている神々の数(319柱)のほうが圧倒的に少ない――と言いたいらしい。
「この秤の前で粉飾は通用しないのです! 判決は明らかにギルティ! 以上閉廷します!」
「ちょ、お代官さまお許しを!」
強引に閉廷に持っていこうとする女神の毅然とした声と、慈悲を乞うイザナギの悲鳴。そして、面白がって
しかし、それらの絶妙な間隙を縫うようにして、傍聴席から静かな制止の言葉が降ってきた。
「お待ち下され、正義の女神殿。本案件は、冤罪の可能性があります」
ピタリと法廷のざわめきが止まった。
全員の視線が傍聴席から立ち上がった東洋の仏神に吸い寄せられる。
袈裟僧服を身にまとい、謎めいたアルカイックスマイルを浮かべた知恵を司る仏――文殊菩薩である。
「……誰かと思えば、文殊菩薩殿ですか。しかし、冤罪とは聞き捨てなりませんね」
気色ばんだ女神が眉を顰める。
正義の女神の絶対判決に異議を唱えられたのだ。機嫌を損ねたくもなる。
一方イザナギといえば、悪友(仏)の事態を悪化させないか胃を痛めてハラハラした。やだ毒舌系菩薩怖い……。
だが文殊菩薩は、悪友(神)の胃や女神の怖い顔などどこ吹く風で、気にせず淡々と話を進めた。ショッギョムッジョ。
「女神殿は、日本の神話を記したものが、もう一つ存在することをご存じありませんか。日本書紀と言いますが」
「……ぞ、存じておりますことよ。おほほ……。」
あ、こいつ知らなかったな。と、裁判員はじめ傍聴席は、すぐさま察した。
そうですかとつれない返事をして、文殊菩薩は懐に手を入れて何かを掴みだした。
「その日本書紀が、ここにあります。もちろんこれに記されている神々も対象になると思いますが、……勿論計上しておられますよね」
と、文殊菩薩が自らの僧衣からドカンと取り出したのは日本書紀全33巻。
一体どこにしまっていたというのか。四次元僧衣か。
「また、我が仏教から
といって取り出したのは、神道五部書(経典五巻)。
いい加減両手がいっぱいになったので、文殊菩薩はちょうど隣席にいた北欧神話の主神オーディンの手に、資料をどさどさと乗せた。
オーディンは突然の展開に片目しかない目をぱちぱちと瞬かせた。
かわいい。萌え。
まだまだ文殊菩薩のターンは続く。
「更に、徳川家康など、死して神々に列せられ信仰された者もおり……、平安、源平、戦国時代、世界大戦中も……」
一言ごとに証拠となる竹簡、絵巻物、古文書、草紙がオーディンの手にどんどん積み上げられて――。
「も、もういいわ……」
次々と四次元僧衣から出てきた資料に、オーディンが潰されそうなっている。
見かねた女神は頭を抱えつつ制止した。
言いたいことはよくわかった。
「――つまり、古事記が編纂された以降の神々を数えれば、800万柱いるかもしれないと言いたいのですね。そして実際に800万柱いれば、『八百万の神』は偽証にはならないし、死刑判決は冤罪になると……」
「ご慧眼おそれいります」
文殊菩薩は、合掌して頭を下げた。嫌味かもしれない。
「あぁ、もう、わかりました。新たに提出された証拠を検証するため、一時閉廷します。検証後、改めて裁判に召集しますので、そのつもりで。以上」
女神は、色々引っ掻き回された苛立たしさから、投げやりに閉会を宣言した。退席の足音も荒っぽい。
文殊菩薩はその背に向かって慇懃に礼をした。
傍聴席のどよめきはまだ収まらない。
イザナギは事件の中心にありながら、終始蚊帳の外だった。
それでもボクはやっていない。
――いやマジで。
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