第7話 予感
しばらく走り、周囲に自分たち以外の気配を感じなくなった頃、ティオは視界の端に洞窟を見つけた。
「あそこで休もう」
ソルチェが頷くのを確認し、洞窟に近づく。入口の脇から中の様子を窺うが、特に何かの気配は感じられなかった。ティオはソルチェの手を引き、洞窟へ足を踏み入れていく。
「奥の様子を見てくるよ。母さんはここにいて」
言って、返事も聞かずに奥へ進んでいくティオ。ソルチェはそんな息子をただ黙って見つめていた。
しばらくするとティオが奥から戻ってくる。
「とりあえず、大丈夫だと思う。奥まで行ったけど、特に生き物の気配も、住処にしているような跡もない。もう少し奥に行ってそこで休もう。傷もちゃんと治療しなきゃ」
「そう、ありがとうティオ。……ごめんなさいね、あなたにばっかり頼って」
「大丈夫。母さんは僕が守るから」
強い口調だった。まるで己に言い聞かせているような。
二人で奥に進み、突き当りで座り込んだ。途中、くの字に曲がっていたが、直線距離で20mあるかないかの小さい洞窟だった。
「後ろ向いて」
奥まで進むとティオがソルチェに声をかける。ソルチェは素直に従い、背を向けた。
「っ……。癒しと安らぎを、ここに、ヒール」
さっきと同じ魔術を、今度は少し長い目の詠唱を伴って発動する。ここまで走って来たことで再び出血していたようで、ソルチェの背中は血で染まっていた。命に関わるほどではなさそうだが、貧血には近いだろう。
出血量に少し動揺したものの、何とか傷は完治させた。しかし治癒魔術では血液の補填は出来ない、休ませるべきだ。そう判断したティオはソルチェに告げる。
「僕は少し周囲を調べてくる。母さんはここで待ってて」
「ティオ……、私のことは――」
「母さんは必ず守るから」
ソルチェが何を言おうとしたのか察し、被せるように自分の意志を示して言葉を遮った。そんな言葉は聞きたくないし、言わせたくもなかった。
「じゃあ、行ってくるよ」
反論は聞かない、とばかりに畳み掛けるように言い、洞窟を出ていく。そんなティオを、ソルチェはどこか嬉しそうに、また、悲しそうに見つめていた。
ソルチェとて、ティオが自分を見捨てて行くとは思っていない。ただ、覚悟はして欲しかった。魔物が多数出没するこの場所で、まだ幼いティオが足手まといを抱えて生き残ることがどれほど至難か、ソルチェは正確に認識していた。
だから、覚悟が必要だと思った。この先、選択を迫られた時、あるいは絶望がティオを襲った時に、迷わず行動できるような覚悟を。
そんな想いを抱えつつ、ソルチェはティオが出ていった後も、見えなくなってからも見つめ続けていた。
ティオは迷わないようにと木に目印をつけながら森を進んでいた。時折遠くに魔物を見かけるが、見つかる前に距離を取って回避している。
進みながら今後について考え込む。周辺の魔物を調べるもの必要だが、何より食べ物である。飲み水は魔術で生成できるため問題ないが、食べ物は必要である。歩きながらいくつか野草を採ってはいるが、絶対的に量が少ない。果実か、欲を言えば肉が欲しいところである。だがしばらく歩いても、魔物以外の動物に全く出くわさない。戦果としては野草と、わずかに果実を見つけた程度であった。
辺りの暗闇も戦果が芳しくない一因だった。月が出ているはずだが、背の高い木々に囲まれほとんど光が入ってこない。この森では昼間も大した明かりは望めない。ここが常夜の森と呼ばれている所以であった。
もうこれ以上の戦果はもう望めないだろう。そう判断してティオは踵を返した。
木に付けた目印を頼りに元来た道を進んでいくと、遠目に魔物が見えた。注視してみると、ブラックウルフが2頭、何やらたむろしている。
ブラックウルフ。文字通り黒い狼といった姿をしており、ランク1の魔物で大した脅威ではない。ただし、それは単体で見た場合であり、彼らは群れで行動することが多く、群れに遭遇した時の厄介さで言えばランク2に迫るものがある。加えて、優れた嗅覚も持っており、油断できる相手ではない。
積極的に戦いたいわけではないが、拠点とした洞窟からそれほど離れていない。放置も拙い気がしていた。さてどうしたものかと悩みながら観察していると、どうやら何かの匂いを嗅いでいるものと思われるしぐさをしている。
(嫌な予感がする……)
いい知れぬ不安がティオを襲う。
臭いを嗅ぎ終わったのか、2頭が頭を上げると、同時に
「斬り穿て! エアブラスター!」
不意を突かれたブラックウルフは、咄嗟に身構えるも間に合わず、ティオの放つ風の弾丸に貫かれ切り刻まれた。
ブラックウルフが息絶えたことを確認したティオは、周囲に他の魔物がいないことを確認し、地面にしたたる血を辿り全速力で駆けだした。
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