第41話 高校3年生 卒業式

 3月1日。俺たちの卒業式が行われた。

 朝、校門に掲げられた看板の「平成十五年度卒業式」の文字に、どことなく感傷的な気持ちになる。


 一緒に登校した春香も、しばらくじっとその文字を見つめた。

 ……って、今から泣きそうになってる?


 俺は春香の手をそっと握り、手を引っ張って玄関に向かった。

 いつもは明るく挨拶をするみんなも、今日はどこか寂しげに見えるのは気のせいじゃないだろう。

 教室に行き表面は明るく挨拶を交わし、先生が来るのを待つ。


 時間となり担任の男の先生を先頭に体育館に向かう。

「卒業証書授与式を開会します」


 パイプイスが並び、厳粛な空気の中を俺たち卒業生が、拍手を受けながら入場していく。

 国歌斉唱が終わり、卒業証書授与へと移る。


「一組。相川浩二。――」

 一組から一人一人の名前が呼ばれ、順に壇上に上がり校長から卒業証書を手渡される。

「――夏樹」

「はい!」

 すっと立ち上がり、壇の脇から階段を上がる。スポットライトの光が当たり、熱が伝わってきた。背中から多くの人たちのいる空気を感じる。実際には一人一人の様子なんかは見ていないだろうけどね。


 前の人が卒業証書を受け取ったら、すぐに学校長の前まで進み、一礼。一歩前に出て受け取り、一礼して下がる。俺が階段を降りる頃に春香の名前が呼ばれた。


 自分の席に戻りながら壇上に上がる春香を見る。あのブレザー型の制服も今日で見納めだ。

 緊張したり感動して泣いたりしないかと心配していたが、自然な様子で学校長から卒業証書を受け取っていた。

 いつも俺に見せる笑顔とは異なり、ぴしっとしたどこか凜々りりしい表情に美しさを感じる。

「――以上 本年度卒業生358名」


 つづいて学校長から式辞。来賓の祝辞が続き、在校生の送辞、そして生徒会長からの答辞があった。

 最後に校歌斉唱が終わり、閉式の辞、俺たちは再び拍手に包まれて体育館を退出した。


――――。

 教室で最後のホームルームが行われた。

 黒板に大きく書かれた「卒業おめでとう」の文字が心に迫ってくる。父兄がおそるおそる教室の中に入ってきて、後ろに並んでいる。

 副担任の先生から挨拶をいただき、その後、担任の先生が教壇に立った。


 先生は俺たちを見回し、しばし無言となり、

「今日は、どうしてか言葉に詰まってしまいますね。

 ですがまずはお祝いを。みんな、卒業おめでとう」


 コホンとせき払いを一つして、

「皆さんは、本日、この高校を卒業します。これから、進学するにしろ就職するにしろ親元から出る人。社会に出て行く人もいるでしょう」


 先生の声が俺たちの上に響き渡り、中には泣き出している女子もいる。

「きっと壁にぶつかり立ち止まってしまう時もあるでしょう。

 どっちへ進もうか迷うこともあるでしょう。

 ……そういう時は周りを見てみて下さい。仲間、先輩、友人、必ず相談できる人がいるはずです」


 先生が黒板の上に張り出された校訓を指し示した。

「そして、また時には迷っている仲間の相談に乗ってあげて下さい。それがこの校訓の意味です。決して一人じゃない。だから自信を持って……、巣立っていってください」


 ついで、先生は後ろの父兄に、

「このクラスは今まで私が担当したなかでも、まれに見るほどの仲の良いクラスだったと思います。私自身、このクラスの担任で本当に良かったと思います。

 ご父兄の皆さん。この一年、副担任の先生と一緒にできるかぎりのことはしてきたつもりではあります。

 もちろん、お願いしたり、不十分に感じることもあったと思いますが、様々な御協力で見守りくださいまして、まことに有り難うございました」

 そういって二人の先生は深々と頭を下げた。


 生徒や父兄から拍手が沸き起こる。先生は照れくさそうに、また誇らしげに顔を上げた。

「さ、それではこれで最後のホームルームを終わります」


――それから先生を囲んで俺たちは集合写真を撮る。父兄が一斉にカメラを構えて写真を撮った。

「ふふふ。どのカメラを見ればいいのか迷うね」

と先生が苦笑したが、撮影後にみんなが離れたとき、クラス委員二人が先生方の前に進み出た。

「先生。本当にお世話になりました。これはみんなでメッセージを寄せ書きにしました」

といって、色紙を一枚ずつ先生に手渡した。先生はうれしそうにそれを受け取り、

「おう! みんなありがとうな! たまには遊びに来いよ!」

と声を上げ、再び拍手に包まれた。


 さて、それから部活の子は部活の方で集まりがあるため、少しずつ解散していく。

 俺と春香も美術室へ行き、後輩たちに祝福され記念品までいただいてしまった。


 校門を出たところで、振り返って校舎を見上げ、春香と、

「何だか名残惜しいね」

「……そうだな」

と言って、二人で校舎に向かってお辞儀をした。


 校門を出てすぐの家の庭に、梅がたくさんの白い花を咲かせている。

 さらば高校生活。そして、みんな、また会おう。

 そう胸のなかでつぶやいて、春香と家路についた。


 ――とまあ、格好つけたんだが、実は早速、第1回の同窓会が10日後に企画されている。もちろん先生も招待して。ちょっと楽しみだ。


 そして、それまでの間、俺はどうしてもやっておきたいことがあった。また明日から頑張ろう。

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