第34話 高校1年生 託される思い

 二日後になった。

 今日は春香のおじさんに結婚のお許しをもらいに行くことになっている。


 いつもどおり登校するが、俺も春香も緊張で授業どころじゃない。授業中も上うわの空で、どう言おうかってことばかり考えていた。


 昼休みになり、クラスメイトから、

「お前らどうした? 何かいつもと様子が変だけど。ケンカでもしたか?」

ときかれたが、俺は苦笑いしながら、

「ケンカじゃないんだが、ちょっとね」

誤魔化ごまかした。

 クラスメイトは「ふ~ん」と言いながら、「ま、夫婦げんかでもしたのかって思ったよ」と茶化して言う。

 春香が「げんか」の言葉に過敏に反応してビクッとなるが、クラスメイトは笑いながら席に戻っていった。


 ……ちなみに後で春香に聞いたところ、春香の方には女子から「遂に男女の仲になったのね」と思われていたそうだが、それにしては歩き方とかが普通だと疑問に思われてたらしい。……そういうものなのか?


――――。

「失礼します」

 俺と春香は緊張しながら病室に足を踏み入れた。

 おじさんのブースの脇でおばさんが手招きをしている。

 すれ違いざまにおばさんは、

「大丈夫だから緊張しないで」

と言うが、緊張するものは緊張するんだから仕方ない。


「やあ。夏樹くん。わざわざありがとう」

 ベッドの上で、すっかりやせてしまったおじさんがそう言った。


 俺はおじさんのそばの床に正座をして、すぐさま土下座をした。

 それを見たおじさんやおばさんが驚いているのが頭上から感じられる。

「おじさん。春香を、どうか俺の嫁にください!」

 頭を下げたままそう言うと、まるで時間が止まったかのように静寂が下りた。そのまま長い時間が経ったように感じる。

「なっくん……」と春香のつぶやきが聞こえた。


 おじさんがコホンと咳を一つする。

「夏樹くん。顔を上げなさい」

 おじさんから声をかけられて、俺は恐る恐る顔を上げた。おじさんはにっこり笑っていた。

「……ありがとう。そうか。夏樹くんが春香をもらってくれるか。……本当に。本当にありがとう」

 そう言うおじさんの目からは涙がこぼれだした。

「おじさん……」

 思わずそうつぶやくと、おじさんは俺の手を取って、

「夏樹くん。俺にはもう春香を見てやることができない! だから頼む。春香を幸せにしてやってくれ」

と言った。俺の背後でおばさんと春香が涙ぐんでいる。


 おじさんは泣き笑いの表情で春香を見つめると、

「いいか春香。夏樹くんとどこまでも一緒に生きるんだぞ。二人で幸せになるんだ」

と言った。


 おばさんが俺の脇を通って、おじさんに抱きついた。

「あなた……」

 おじさんは細くなった腕をおばさんの背中に回して撫でながら、

「ああ。お前も、二人を見守ってやってくれよ」

と言うと、おばさんがうなづいていた。


 おじさんはにっこり笑ってドアを指さした。――今は家内と二人にしてくれ。……そう言っている気がする。

 俺は立ち上がっておじさんに深く一礼してからうなづき、春香を連れて廊下に出た。


 背後で病室のドアが閉まると、その向こうからおじさんとおばさんの嗚咽おえつが聞こえてくる。

 俺は春香を伴って病棟の待合い室に向かった。

 春香も涙を流していたが、落ち着くと急に笑いながら、

「まさか土下座するなんてね~」

と言う。俺は頭をかきながら、

「いやあ、ずっとどうしようって考えていたんだけれどさ。土下座しかないって思ったんだよ」

と言った。春香はうんうんとうなづきながら、

「でもうれしかったし、格好良かったよ。さすがは私の旦那様」

と言う。

 俺は、無事に春香のおじさんに結婚の申し込みを許してもらえたことに安心して、肩の力が抜けた。


 しばらく春香と待合い室でおしゃべりしていると、おばさんが歩いてきた。……まだ少し目がはれぼったいが、もう泣き止んでいる。


 おばさんは、俺と春香の前に座ると、俺に頭を下げた。

「夏樹くん。ありがとう」

 俺はあわてて、「おばさん。頭を上げて下さい」というと、おばさんは笑いながら頭を上げ、

「ふふふ。もうお義母かあさんって呼んでくれてもいいのよ?」

と言った。


 それからおばさんが教えてくれたが、おじさんは余命宣告を受けてから、ずっとおばさんと春香のことを心配していたそうだ。

 おばさんの実家もそれほど裕福ではないので、特に春香の将来を心配していたという。

 おじさんが春香のことを心配する度に、おばさんが「夏樹くんがいるから大丈夫」とは言っていたそうだが、まだ高校生だから限界はあると言って思い悩んでいたそうだ。

 ……普通はおじさんの言うとおりだろう。いかに好き合っていても学生ではできないことが多い。


 ところが、昨日、おばさんがおじさんに俺が春香にプロポーズしたこと、しかも俺の両親も了解済みと聞き、ものすごく驚いたらしい。

 そして、今日、俺がおじさんのところにお願いに来ると知って感謝していたそうだ。

 おばさんは俺たちに先に帰るように言い、何度もお礼を言いながら病室に戻っていった。


――――。

 おじさんはそれから4日後に退院し、春香の家に戻ってきた。


 それから母さんとおばさんとで打ち合わせを行い、おじさんの具合の良い日に両親が挨拶に行った。

 俺はそれと同時に企画していたことを父さんと母さんに話して、頼み込んだ。

 そう。おじさんが生きているうちに春香の花嫁姿を見せてやりたい。そのために春香の家で略式の結婚式をするための準備だ。

 幸いに父さんと母さんは了解してくれて、色々と動けない春香のおばさんに代わって、一緒に貸衣装屋さんに行ってくれたりした。


 日時だけは春香のおばさんと母さんが打ち合わせて2月6日の土曜日の午後とした。

 出席者は両家にプラスして、司会として啓介と優子だけ呼ぶことにする。

もう一人の小学校以来の親友の宏と和美のカップルは、隣町の高校へ進学したので、やり取りが減ってしまっていたのだ。

 もちろん食事はないが、ラウンドケーキを買ってきて入刀だけはやる予定だ。

 かかった費用についてはすべて俺が父さんからお金を借りる形をとり、社会人になってから返済することになっている。

 予想では、お召し替え無しのドレスのレンタルと着付け・カメラマンの依頼で、約60万円となる見込みだ。


 学校で啓介と優子を呼んで説明すると、二人とも春香のおじさんの病気についても初耳だったらしく最初は気まずい雰囲気だったが、略式の結婚式の司会をお願いすると非常に驚いていた。


 啓介が「ま、マジで結婚するのか?」と言うが、俺たちまだ年齢が足りていないよ。俺は、

「いや、法律的に無理だから」と言うが、啓介は目を丸くしていた。

 優子はそれよりも自分たちの役割が気になって、

「それに司会が私たちなの? ……ど、どうしようドレスを貸りた方が良いかしら?」

と行った。春香が、

「そうね。優子。ちょうどいい機会だからそうしたら? ……費用は夏樹に請求して貰って」

と言うと、指を唇に添えて「う~ん」と考え込んでいた。

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