第33話 高校1年生 夫婦とは 家族とは

――――。

 夕食を俺の家でとってから、二人で春香の家に行った。

 母さんが、病院のおばさんからの伝言を預かっていてくれて、どうやら9時頃に戻るそうだ。


 緊張しながら待っていると、壁の時計が9時10分を過ぎた頃、おばさんが帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり」「おかえりなさい」

 ここ半年で、おばさんも随分とやつれてしまった。疲れた様子のおばさんに、春香が、

「夕飯の準備できてるよ」

と言う。俺の家からおばさんの分もタッパーで持ってきたんだ。


 おばさんは俺にお礼を言いながら、

「夏樹くん。本当にありがとうね。今日はもういいわよ」

と言った。俺は、

「おばさん。すみません。少しお話があるのですが……」

と言うと、おばさんが怪訝けげんな表情で、

「お話? わかったわ」

と言ってソファに座った。


 その対面に俺が座ると、台所で準備を終えた春香もやってきて俺の隣に座った。

 俺は気を引き締めて、

「若造が何を言うかと思うかもしれませんが、……春香を俺の嫁に下さい」

 そういって頭を下げた。

 しばらく無言になるが、俺はおばさんから声を掛けられるまで頭を下げ続ける。


 ようやくおばさんが、

「夏樹くん。頭を上げて」

と声を掛けてくれた。俺がゆっくりと顔を上げると、おばさんが満面の笑みで俺を見ていた。

「おばさんね。夏樹くんがそういってくれて本当にうれしいわ。でも確かに随分と早いと思うんだけど」

と言う。俺は、

「わかっています。本当はこのままお付き合いを続けて、大人になってからと思っていました」

 おばさんはうなづきながら、俺を見る。

「ですが、俺は。……おじさんが生きているうちに、おじさんにも認めてもらいたいんです」

と俺が言うと、おばさんがはっとしたように俺の顔を見た。

「そう、……そうね」

 見る見るうちにおばさんの目頭めがしらが赤くなっていく。

「夏樹くん。春香を、よろしくお願いします」

 おばさんの目から涙がこぼれ落ちる。春香が、

「お母さん。ありがとう。でも、もちろん正式には将来だから、これからもよろしくお願いします」

と言うと、おばさんは目を押さえながら黙ってうなづいた。


 春香がハンカチをおばさんに手渡す。おばさんはしばらくして目をはらしたまま、

「もう。まったく。びっくりしたわ。……でもうれしかったわね」

と言う。そして、笑みを浮かべて、

「もう夏樹くんのご両親には?」

と言うので、「今晩、話します」と答え、

「おじさんにいつ言うかを相談したくて」

と言うと、おばさんが、

「わかったわ。タイミングは私に任せてちょうだい。連絡する」

と言ったので、俺は「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 おばさんは遠くを見るような目で俺と春香を見て、

「それにしても、夏樹くんはいい男になったわねぇ」

と言い、春香に向かって「絶対に夏樹くんの手を離しちゃ駄目よ」と言う。

 春香は、「うん。もちろん」と言って、俺の手を握った。


 さて、それからおばさんと話し合って、俺の両親に話をしたら遅くても良いから電話をすること、もちろんまだ学生なので節度を守ることを約束した。

 その上で、俺から、春香のおじさんにも許可を得たら、俺の年齢が足りてはいないけれど、春香の家で略式で結婚式をしたいこと。その時に、実際に役所には出さないけれど、婚姻届におじさんに署名して貰いたいことなどをお願いした。


 おばさんはうなづきながら、

「まあ、あの人が夏樹くんを許可しないことはないけどね」

と言って、最後に、

「本当にありがとう。また春香をよろしくね」

と言って頭を下げてくれた。


――――。

 当初の予定では俺一人で父さんと母さんに話をするつもりだったが、おばさんが「絶対に春香も一緒に行きなさい」と言い、春香もそうしたいと言う。


 そこで、俺は春香を連れて自宅に戻り、父さんと母さんに話があると言った。

 普段の俺の様子と違うことに父さんと母さんは戸惑いながらも、リビングのソファで四人で対面して座る。


 父さんが心配そうに、

「それで何かあったのか?」

と言う。俺は、父さんをまっすぐに見つめて、

「大事な話があります」

と丁寧に言い、

「まだ高校一年生で何もわからない子供だけれど、俺は春香に結婚を申し込みました」

 俺の言葉を聞いて、父さんと母さんの目が丸くなった。


 つづけて、

「もちろん。俺の年齢が達していないしまだ学生だから、正式には将来、大人になってからにするつもりです。ですが、俺と春香の結婚を認めていただけないでしょうか」

 そういって、俺と春香は一緒に頭を下げた。


 俺の言葉を聞いて、父さんと母さんは何かを考えていたが、母さんが、

「二人とも顔を上げて。……今、その話をするってことは、あちらのお父さんの事があるから?」

ときいてきた。俺は、

「はい。できればおじさんが生きているうちに、おじさんに認めて欲しいと思います」

 俺の話を聞いていた父さんが、

「夏樹。春香さんは確かにいいお嬢さんだ。もしお前の嫁に来てくれるのなら俺もうれしい」

 そういって、父さんは俺を真剣なまなざしで見つめた。


「だが恋愛と結婚は違う。結婚して夫婦になるということの意味がお前にわかるのか?」


 そう言われて、俺は口をつぐんだ。


 確かに、俺にはタイムリープ前でさえ結婚の経験は無い。夫婦になることの意味。重みということだろうか。


 俺は正直に、

「父さん。すみません。俺にはまだその重みはわかりません」

と言った。父さんは、

「当たり前だ。まだ学生の分際でわかっているようなことを言ったらぶん殴るところだ」

と言い、

「だが、話はわかった。……俺からは一つだけ条件を出そう。将来、正式に結婚しようという時までに、結婚して夫婦になるということの意味について、お前なりの答えを聞かせること。いいな?」

 俺は父さんの目を見て、

「わかりました。必ず、その時までに答えます」

と言った。


 ……父さんの言いたいことが何となくわかる気がする。いい加減な気持ちで結婚すると春香を不幸にする。だから、結婚することの重さを考えろというのだろう。


 春香が真剣な表情で父さんと母さんに、

「おじさん。おばさん。本当にありがとうございます。いつもお世話になってばかりで、頼りない私ですけど、どうか今後ともよろしくお願いします。……私も、おじさんのおっしゃったことの意味を夏樹と一緒に考えたいと思います」

と言って、頭を下げた。

 それを見て父さんと母さんはうなづいて、ようやく笑みを浮かべた。


 父さんが、

「まあ、将来の嫁の心配をしなくてよくなったな」

と母さんに言うと、母さんが、

「本当。……春香ちゃん。夏樹をよろしくね」

と言う。

 それを見て、緊張していた俺と春香もようやく気を緩める。俺が、

「はあぁぁ。緊張した」

と言うと、春香も胸を押さえて「私も」と言う。

 父さんが、

「ははは。まあ当然だな」

と言う。母さんも、

「くすくす。昔の貴方を思い出すわね」

と父さんに言うと、父さんもうなづいた。


 それから、おばさんと取り決めた約束について話をすると、父さんも母さんも納得してくれた。それで、俺が春香のおじさんに許しを得たら、みんなで病院にご挨拶に行くことにした。

 俺は一安心ひとあんしんしながらも、父さんの言葉を胸に刻み、春香と夫婦になることの意味を考えるのだった。


 春香のおばさんへの報告は春香が直接することになり、俺は春香を家まで見送る。

 おばさんも心配して待っていたようだが、明るい俺と春香の笑顔を見てほっとしたようだ。

 結局、おじさんへも早い方が良いだろうということで、明後日に病院でお願いすることになった。

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