第21話 中学校1年生 初デート

 一学期の中間テストが終わった次の日曜日。

 今日は春香とデートの約束だ。行き先は隣の市の美術館とショッピングセンターだ。


 普通、デートと言えば待ち合わせから始まるものだと思うけど、俺たちの場合は家に迎えに行くところから始まる。

 当然、迎えに行けば相手のご両親がいるわけで……。


 ピンポンを押すとおじさんが出てきた。

「おはよう。夏樹君。今日は春香をよろしくね」

「はい。おじさん。こちらこそよろしくお願いします」

「ほほう。今日はいつもより格好いいね」

「あはは。そうですか?」


 今日の俺のスタイルは、ボトムスは黒地に白の紐のミドル丈スニーカーに細身のノンウォッシュ・ジーンズ。トップスは白のリネンのシャツの袖を織り込んで七分にし、中には横ストライプのTシャツだ。


 おじさんは春香に声をかける前に、何かを握った手を伸ばしてきた。

 なにかな? と思って見てみると、折りたたまれた5000円札だった。

「おじさん! これ……」と言いつのる俺を、おじさんは押しとどめて、口元に人差し指を当てる。


「しっ。折角の初デートだ。これで夕飯でも食べておいで。……こういうときに格好いいところを見せておきな」

「え、ええっと。……ありがとうございます」


 ありがたくお金をいただいて財布にしまうと、おじさんが親指を立ててグッドラックのハンドサインをした。


 その時、

「あ―――ーっ! 夏樹が来てるじゃん! お父さん、早く言ってよね!」

と声がして、春香がだだだだっと走ってきた。


 今日の春香の恰好は、上がふんわりルーズなVネックTシャツに、下はホワイトデニムのショートパンツで、すらっとした足がまぶしい。


「春香。今日はいつもより可愛いじゃん」

と俺が言うと、春香が照れながらうれしそうに笑っている。

「夏樹だっていつもより格好いいよ」

と言って、ポシェットを持って、俺と同じ黒地に白紐のミドルのスニーカーを履いた。


「いってきまーす」

 早く行こうという春香に腕を引っ張られながら、急ぎ足で春香の家を出る。後ろを見ると、おじさんが手をひらひらと振っていた。


 角を曲がり家が見えなくなると、春香は歩くスピードを緩めた。

 俺の隣に回り込むと、腕を絡めてぎゅっとくっついてくる。

「んふふふふ。さ、行こうよ」

「そだね」といって、人差し指で春香のおでこをつんと押す。「行こうか」


――――。

 坂道を下り駅の改札をくぐり、電車に乗って隣町へ向かった。


 二人並んでつり革をつかむ。

 一つ、二つと駅を通り過ぎていく。

「天気が良くて良かったね」

 隣で春香がほほえむ。「そうだね。……でもまあ、沖縄の向こうに台風が来てるから雨に気をつけないとね」

 まあ、予報では今日は晴れだから大丈夫だとは思うけどね。

 そして、電車は隣町の駅に着いた。


「で、今日はどこに行くの?」

「ああ。最初はちょうど美術館でさ、ガラス細工の特別展やってるんだよ」

「ガラス細工?」

「そう。そんで、それを見に行って、それから街をぶらぶらして行こうかと思ってさ」

「あ、そうだ。ちょっと買いたいものあったから、一緒にいい?」

「もちろん!」


 そう隣町の駅前は再開発がされて、駅前ビルの一角に市立の美術館が建設されていた。

 チケットを買って中に入る。

 美術館の入り口は窓を大きく取って光りを取り入れたお洒落なエントランスになっている。

 もちろん展示室は、美術品に紫外線とかはNGなので窓は無いけれど、広めの空間に適度に作品が設置されている。

 最初の展示室に入ると、目の前にガラスでできた大きなカボチャの馬車が展示されていた。そのバックにはシンデレラのイメージの絵が飾られている。展示ケースの上部からのスポットライトの光りが反射してキラキラしている。

「うわぁ。すごい綺麗……」

 ため息をつくように春香がつぶやいた。


 馬車の次はルネ・ラリックの繊細なブローチや、アールヌーヴォーのエミール・ガレのキノコのランプなどが展示されていた。

「うふふ。このキノコのランプって不思議の国のアリスに出てきそうな雰囲気よね」

「ああ、確かにそうかも。……そういえば長野の諏訪湖にこういう美術品を展示してある美術館があったな。こういうの興味あるんだったら、そのうち行くのもいいね」

「えっ。諏訪湖?」

「そう。温泉もあるしのんびりしたところだよ」


 ガラスのレリーフ、そして、ステンドグラスなどの展示、そして、現代アートの展示室へと進んでいく。

 次の展示室は日本の伝統工芸として、ビードロや根付き、トンボ玉、そして江戸切り子など、各地のガラス工芸が展示されていた。


 美術館のアートショップの一画ではガラス製品が販売されている。


 ふと春香が、何かをじぃっと見つめている。その視線をたどると、小さなガラスの置物だった。

 直径5センチくらいの鏡を水面に見立てて、その上に2羽の白鳥をかたどったガラス製品だ。睡蓮のようなガラスの小さな花が添えられている。

 その下の値札を見ると……、2000円だ。


 う~む、やっぱりガラス製品って結構高いんだよね。今日は確かに多めにお小遣いを持ってきてはいるが……。


 意を決してお店の女性に声をかける。

「すみません。これ1ついただけます?」

「はい。ありがとうございます。……2060円になります」


 俺は支払いを済ませて商品を受け取ると、春香に手渡した。

「え? これ?」

という春香の耳元に口を寄せて、

「今日の記念だよ」

「なっくん。……大好き!」

といってぎゅっと腕にしがみついてきた。その顔はにこにこと幸せ一杯って様子で、見ていて俺もうれしくなる。



 美術館を出て、ちょうどお昼だったので近くのマクドナルドに入った。

 列に並びながら春香に、

「俺はビックマックのセットにするけど、春香はどうする?」

「私も一緒で良いよ。ポテトとドリンクはLがいいな」

「オッケー。じゃあ、俺もそうしよう」

と言ったところで、前の人が注文を終えて番号札を持って列から離れた。


「いらっしゃいませ!」

と元気に声を掛けてくれる店員さんに、

「え~っと、ここで食べます。ビックマックのセットを2つ。ポテトとドリンクはLで」

「はい。ドリンクは何にしましょうか?」

「俺はコーラ。春香は?」

「私もコーラで」

「かしこまりました。ご注文は以上でしょうか?」

「はい。以上でお願いします」

「ありがとうございます。1300円になります。……はい。ちょうどいただきました。こちらの番号札をお持ちになってお待ち下さい」



 俺は7番の番号札を受け取り、春香を連れて窓際のカウンター席に並んで座った。

 道行く人を眺めながら、

「あ、そういえば、買いたい物あったんだっけ?」

「うん。え~っとね。夏に着る服なんだけど。夏樹に選んでもらいたいなって」


 ぎくっ。それは自信が無いなぁ。

 タイムリープ前だって女子のファッションなんて興味なかったしな~。 


「えっ? 俺が選ぶの? ちょっとハードルが高いぞ。流行とか知らないし」

と言ったら、春香がぐいっと身を乗り出してきて。……ちょっと春香さん? 顔が近いんですけど。

「いいのいいの。だってさ……、夏樹とデートするときに着る服だもん」

 すごく近い春香の顔にドキドキしながら、

「う、そうか。それなら……」

と言った。


 その時、店員さんがやってきて、

「7番の方、お待たせしました~。ごゆっくりどうぞ~」

といってお盆を渡してくれた。


 カウンターテーブルにお盆をのせ、ストローを袋から出してドリンクに差し込む。

 一つを春香に渡し、一つは手元に。二人でフライドポテトをつまんで、ポリポリ食べる。


 春香は一本のフライドポテトを持って、

「ねぇ。夏樹はさ、フライドポテトは揚げたてがいい派? それともちょっとしなってなった方がいい派?」

と言った。

「う~ん。どっちも旨いぞ? そうだなぁ。肯えていえばちょっとしなった方が好きかなぁ」

「ホント? 私もだよ。揚げたてもおいしいんだけどさ、ちょっとしなった方がポテトの味とお塩がマッチしてると思うんだよねぇ」

「そうそう。ちょうどいい塩加減になるよね。揚げたては香ばしいんだけど、塩が載ってるって感じなんだよね。」

 春香がフライドポテトをつまんで差し出してくる。

「はい。あ~ん」

 口を開けてフライドポテトを受け取り、お返しに「あ~ん」といってフライドポテトを差し出す。


 春香の開けた口の中にフライドポテトを入れると、ぱくっとフライドポテトをくわえた。

 互いにフライドポテトをくわえながら、目が合ってクスクスと笑う。


 そうやって食べ合いっこをしながら、ぺろりと大きなハンバーガーのセットを食べてお店を出た。



 アーケードになっている商店街を歩きながら、女子服のお店や雑貨屋さんを覗いてまわる。

 ある女子服のお店で一着の服を見つけた。


 ノースリーブのワンピースで白地に黒の花柄の服だ。俺がそれをじっと見ていると、


「これ気に入った? ……う~ん。ちょっと大人っぽくない?」


 春香が、そのワンピースを持って体に当てて鏡で確認している。俺は春香の後ろに立つと、一緒に鏡をのぞき込みながら、


「ほら、これにサマーニットのカーディガン見たいのをかけてさ、サンダルとかミュールとか履くとフェニミンな感じにならないか?」

「う、うん。なるね」

「春香に似合うと思うよ」

「そ、そう? ……こ、これにしようかな?」


 何故か顔が真っ赤になっている春香は、ワンピースを腕に掛けた。俺は春香の手を取ってレジに向かった。

 春香はワンピースを店員さんに渡して支払いをする。俺は店員さんからワンピースの入ったビニールを受け取って手に持った。

「自分の分は自分で持つよ」といって春香が荷物を持とうとするが、「いいよ。俺が持つ」といって断った。



 それから何店かのお店を回り、今は俺の左手に春香が腕を絡めながら二人で通りを歩いている。

 前にクレープのお店が見えてくると、春香が食べたいという。


 店内では、クレープ生地を焼く甘い香りが漂っていて、中高生や小学生とみられる女の子たちで一杯だった。男は……俺一人か?

 お店に一歩入った瞬間、店内の女子達からの視線が集中する。


 ……うっ。緊張するぞ。

 すぐに視線はばらばらになったようだが、女子の中に男一人で入るのは勇気がいるね。

 俺の左手に腕を絡めている春香が、ぎゅっと力を入れた。さっきより密着しているように思うのは気のせいだろうか。


 そう思って春香を見ると、春香はどこか得意げな顔で俺を見上げ、小さな声で、

「ふふふん。夏樹は私の彼氏だもん!」

とささやいた。……ううむ。よくわからないが女子的な何かがあるようだ。


 とまあ、気を取り直して俺たちはカウンターで注文する。

 俺はクレープ生地にストロベリーのスライスとヨーグルトソースを包んでもらい、春香はホイップクリームにバナナのスライスにチョコソースを絡めて包んでもらった。

 店内で食べるには勇気がいるので、持ち帰りにしてもらった。


 店を出て、街路樹の側にあるベンチに座る。

 今の時間帯は通りは歩行者天国となっている。休日ということもあって、高校生のカップルの姿もちらほら見られる。


 隣を見ると春香がおいしそうにクレープを食べている。

「おいひいね~」

「かじりつきながらしゃべるなよ」

と言いつつ、春香のほっぺたをツンツンとつっついた。


 食べ終わった春香の口元にチョコソースが残っている。

 春香はそれに気がつかずに俺をにこにこと見ているが、とてもシュールだ。

 俺は苦笑しながらハンカチで春香の口元のチョコソースをぬぐい取った。

「えへへ~」


 一休みした俺たちは複合デパートの上層階にある映画館にやってきた。

 フロアに入り、近い時間でやっている映画を確認する。


 やっているのは、天使が人を愛して人間になるシティ・オブ・エンジェル、戦場をライアンさんを探しに行くプライベート・ライアン、宇宙人管理局の黒服2人が戦うメン・イン・ブラック、そして沈没船映画の金字塔タイタニックだ。


 ……う~む。春香はタイタニックのポスターをじっと見ているが、今から見たら終わるのが6時だぞ?

 それから夕食をとってだと帰るのが8時ぐらいになる。まだ補導されるほどの時間じゃないだろうけど……。


 と考えていると、

「ねぇ。私、タイタニックがいい」

と言う。む、むう。

「でもそれだと帰り遅くなるぞ?」

「うん。電話するよ」

 といって、春香は携帯電話で電話をかけ出した。


「――――」「でね、今ね。――うん。うんうん」「わかった」

と会話を終えた春香が、俺に携帯電話を差し出す。


「うん?」「夏樹に代わってって」

 電話機を受け取り、耳に当てる。


「もしもし、夏樹です。すいません。どうしても見たい映画やってたので……」

と話しかけると、おじさんが、


「いいよ。見ておいで。……帰りは何時くらいになりそう?」

「ええっと、映画が6時までなので、それから夕飯をとると……、おそらく8時くらいになるかと思います」

「そう。わかった。くれぐれも気をつけて。何かあったら電話しなさい」

「はい。それはもちろんです。ありがとうございます」


 電話を切って春香に渡す。春香は申し訳なさそうな表情だったが、俺は明るく、

「じゃ、急いでチケット買おう!」

といって強引に春香の手を取って列に並んだ。


 日本で公開されてから、一ヶ月以上になるけれど、まだまだタイタニック・フィーバーは続いている。チケットもかろうじて並んで座れる席が取れたが、一番後ろの列の端っこだった。

 お決まりのポップコーンとコーラを片手に席に座る。買ってきたパンフレットを二人で眺めながら上映時間を待つ。


 しばらくして、ジ――っという音がして、照明がゆっくりと落とされた。

 肘掛けにおいた俺の左手の上に春香が右手を置く。


 スクリーンに映画が映し出される――。

  ……そういえばこの映画、DVDでも買って何回も見たなぁ。


 そう思いながら見ていると、有名な船の先頭で両手を広げるシーンに近づく。

 戯れる二人が舳先へと進んでジャックがローズに目をつぶるように言う。

 ローズがおそるおそる、ジャックの導きで両手を伸ばし――。


 ぎゅうぅぅぅ。


 不意に俺の左腕が引っ張られると柔らかい感触が押し当てられた。見ると春香が赤い顔して俺の腕を抱き込んでいた。


 スクリーンでは輝くような笑顔を見せるローズが映し出され、次のシーンへ切り替わった。

「あの……春香?」

 腕を抱き込んだままの春香に小さく声を掛けると、春香はうんとうなづいて力を緩めてくれたが、すぐに手を恋人つなぎで握りしめてきた。


「素敵だよねぇ」

と小さくため息をつくようにささやいた。スクリーンの光に照らされた春香の表情に、ドキッとしながら、

「春香もやりたい?」

と聞くと、小さくうなづいた。そのかわいさに思わずつないだ春香の手にキスを落とした。

「あ」

 隣から恥ずかしそうな声がしたが、無視をしてそのまま映画に戻る。



 演奏家たちが最後の演奏をおこない、タイタニック号がかしいでいく。

 デッキを二人が駆け抜けて船尾へと急ぐ。

 ――そして、とうとう北極海の冷たさに、ジャックはローズの目の前で……。


 ううむ。DVDで見るよりも、やはり映画館で見る方がぐっとくるね。

 俺は春香の涙をハンカチで拭きながら、そう思った。

 春香はハンカチを受け取ると、目元にずっと押し当てている。


――――。

 映画が終わり、館内照明が明るくなっていく。やはりカップルが多いみたいで、あちこちで泣いて目元の赤くなった女性が男性に手を引かれて立ち上がっていた。

 俺は春香が落ち着くのを待って立ち上がる。


「ジャックって凄いねぇ」

 暗くなってきて街灯のついている通りを、俺と春香が腕を組んで歩いている。

「そうだな。好きな女を守り抜いたんだよな」

「うん。……でも夏樹はいなくならないでね」

「当たり前だろ。俺はお前の側にいるさ」

「……うん」

 と歩いていると、ガス灯のデザインの街灯の側で春香が急に立ち止まる。


「どうした?」

と言って、振り返ると春香が急に抱きついてきた。


「お、おい? むぎゅっ」


 そのまま俺の唇に柔らかい感触が……。春香からのキスに目を白黒させながらも、俺は春香の肩に手を回して抱きしめる。

 10秒ほどだろうか、ふっと春香の体から力が抜け、俺たちは体を少し離した。


 俺の腕の中で見上げてくる春香が、

「えへへ。キスしちゃった」

といってはにかんだ。頬が熱を帯びていることを感じつつ、俺はちょっといじわるに、

「もう。キスのシチュエーションは考えていたのになぁ」

と言うと、春香が、

「だって待てなかっただもん!」

とニヤリといたずらっ子のように笑った。まったくこいつめ! と思いつつ、再び春香を抱き寄せ、

「仕返しだ」

と言って口づけた。

 春香の体が一瞬びくっとなるものの、力が抜けていくのが感じられた。



――――。

「……もう。なっくんったら」

 再びなっくん呼びに戻っているが、まあいいだろう。

 ここは駅に向かう途中にあるファミレスだ。

 俺たちの目の前には春香の好きなハンバーグセットが置かれている。

「ふふふ。こっちこそびっくりしたぞ。……まさか初めてを春香に奪われるとはねぇ」

といって笑ったら、春香の顔が赤らんだ。

「ちょ、ちょっと聞こえたら誤解を与えそうなことは言わないでよぅ」

「はははは」

「もう!」


 わざとねたような表情をする春香に、自分のハンバーグを切り分けて、

「あ~ん」

と差し出すの、春香が「あ~ん」と言いながらパクッと食いついた。


 幸せそうに口を動かす春香を見ながら、俺も幸せな気分になるのだった。

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