第22話 中学校2年生 林間学校1
今日は中学2年生になって最初の大きなイベント。林間学校だ。
ジャージにリュック。運動靴で校庭に集合し、ここから16キロ先のキャンプ地まで歩いて行く。
途中に2箇所のチェックポイントがあり、事前に班ごとにそこを通過する時間を予想し、最終的にゴールまで通過時間の誤差が少ない班が表彰される。
……そうウォークラリーだ。
学年が変わってクラス替えが行われたが、幸いにも春香と同じクラスのまんまだった。
ちなみに俺の班は6人いて、俺と春香のほかに、男子は卓球部の長岡とバドミントン部の鈴木、女子は卓球部のおかっぱ眼鏡ッ子の片岡さんと軟式テニスの遠藤さんだ。
それぞれの性格と一言でいえば、長岡はシャイ、鈴木は快活、片岡さんも遠藤さんもどっちかというとシャイだな。片岡さんは同じ小学校出身だ。
スタートして、それぞれの班が思い思いに出発する。
ゴールまで三つのルートがあり、班ごとに行くルートが決められている。
俺たちの班は一番直線的だが傾斜の起伏が激しいルート。前半は交通量の多い県道で後半は林の中を通っていく市道だ。
班での取り決めで30分歩いたら5分休憩とした。なるべく細かく休憩を挟んで疲れを減らそうという計画で、地図上の予定では3キロメートル地点にある最初の通過ポイントへは50分後の予定だ。
ここらはまだまだ町中なので日差しが強い。車が通り過ぎていくのを横目にしながら俺と春香を先頭に歩いて行く。
「ふひぃ。今日も暑いねぇ」
隣で春香が首にかけたタオルで額の汗をぬぐった。
「ここは遮るものがないからなぁ。林道に入れば日陰になるからマシになるさ」
俺はそういって春香にアメ玉を渡した。春香は歩きながら包装を取ってアメ玉を口にする。
「ん~。シュワシュワ」
「塩ソーダ味だからね」
「こういう日にはぴったりだよ」
ちなみに俺たちの背後では片岡さんと遠藤さんが並んで歩き、最後尾を長岡と鈴木が歩いている。
鈴木はさかんに女子に話しかけているが、まだまだ先は長いけど体力が持つのだろうか?
たいがいの発掘調査では車に乗って移動するが、発掘ではない調査の場合は歩いて移動する場合もある。東南アジアのジャングルや中南米の洞窟、中国の切り立った山に砂漠。その経験からは日本の道路の16キロの歩きなどたいした距離ではない。
とはいえ他の人は後半になればなるほどきつくなるだろう。そう思うと、歩きながらうかつに春香に話しかけるのもためらわれるところだ。
一つ目のチェックポイントを予定通りに通過し、9キロメートル地点で県道から林の中へと続く市道へ入る。入ったところで俺たちは持参したお弁当を食べた。
それから再び進んで、10キロメートル地点に二つ目のチェックポイントがあった。
神社の脇に女の先生が待っている。
「はいは~い。チェックポイントだよ」
俺は腕時計を確認し、
「6組2班。13:20、到着です」
と報告する。先生は、
「うんうん。6組2班っと。……はい。では問題です。この大岩神社の洞窟の奥には何という祠が祀られているでしょうか?」
「えっ? 祠?」
「そうそう。ほら、みんなで確認してくるんだよ!」
先生の声に背中を押されて、みんなで神社の境内に入る。
そう。チェックポイントを通過する度に先生から質問があり、それをみんなで確認して答えるということになっている。
もちろん、その目的は郷土の文化を知るってことなんだろうけど案外めんどくさい。
境内を進むと、素朴な神社の拝殿のそばに直径5メートルくらいの大岩が有った。
苔むした岩に、春香が、
「すごいねぇ。こう見えないパワーをびしばし感じるよ!」
という。長岡が、
「う~ん。でも洞窟ってどこにあるのかな?」
と言った時、鈴木が、
「あ! あっちにそれっぽいのがあるぞ!」
と言ってかけだした。慌てて、
「おい! 一人で行くな!」
と声をかけて、みんなで追いかける。前方に山肌が見えてきて、そこにしめ縄をはった洞窟がぽっかりと口を開いていた。
遠藤さんが恐る恐る。
「ねぇ。これって私たちも行かなきゃ駄目なの?」
と言う。片岡さんも、
「こ、こわいんだけど……」
と言って腰が引けている。長岡が、
「そうだね。答えだけなら男だけでもいいんじゃないかな?」
と言ったが、鈴木が、
「だめだめ。ほら。先生もみんなで確認してって言ってたろ? 大丈夫だって! 二人とも俺がついてるから!」
と言う。長岡がむすっとしたので、俺が「気にするな」といって長岡の肩を叩き、手を二つ叩いた。
注目されたところで、
「まあ、確かに鈴木がいうように全員で行かないと駄目だとは思う。ただ見た感じだと結構、奥までありそうだから懐中電灯を持って行こう。先頭は俺が行く。危ないところはその都度言うから注意してくれ」
と言う。春香がうんと頷いてリュックから懐中電灯を取り出す……が、他のみんなは困ったような表情をしている。
「どうしたの? みんな」
と春香が言うと、片岡さんが、
「え、だってさ。懐中電灯なんて持ち物リストに入ってなかったから持ってきてないよ……」
「そうそう。俺も持ってきてない」
「僕もだ」
「私は持ってきたよ。だって夜は怖いから」
……どうやら俺と春香のほかは遠藤さんだけが持ってきているようだ。やれやれだ。確かにキャンプ場にはところどころ電灯はあるだろうが、それは必要最小限だろうに。ちなみに春香は俺と一緒に準備したからちゃんと持ってきていたのだ。
「だって2泊ともテントだよ? 懐中電灯ないと不便だろうに……。と、まあ、無いものはしょうがない。じゃ、俺が先頭で次は長岡、鈴木、遠藤さん、片岡さん、で最後は春香の順番で行くか。春香は悪いけどいい?」
と春香に聞くと、春香は、
「うん。いいよ。遠藤さんと私は極力前の人の足下も照らせばいいんでしょ?」
「ああ。そうさ。頼んだよ」
「うん。頼まれた!」
文句を言ってもよさそうな鈴木だが、おそらく仲良くなりたがっているだろう遠藤さんのすぐ前なので文句はないようだ。遠藤さんも片岡さんもそれでいいようなので、早速俺は持参したヘッドランプを装着し先頭で洞窟に入る。
中に入ると湿った空気に包まれ、すぐに下へ潜る15段くらいの階段があった。
やはりここへ来る人はそんなにいないのだろう。電灯の類いは一つも無いし、手すりにはあちこちに蜘蛛の巣がかかっている。
階段を慎重に下までおりてから一度とまり、みんなが下りてくるまで階段を照らしてやる。
長岡、鈴木と下りてきて、女子たちもおっかなびっくり下りてきた。階段を降りると、入り口から入ってくる日の光はほとんどなくて暗い。
「じゃ、慎重に行くぞ」
そう声をかけて前方を照らした。
中は幅3メートルくらいで、大きな石もなく非常に歩きやすい洞窟だ。壁がなめらかなのでおそらく人の手で整えられている。
確か一番奥に祠があるといっていたから、何らかの巡礼所だったのだろうか。
見えない中で後ろの人は前の人の肩をつかんで進んでいく。
「うわっ!」
急に鈴木が大きな声を出した。
俺は足を止めて後ろを向いた。「大丈夫か?」ときくと、鈴木が引きつっていたが「ああ、何でもない」という。
おかしいな。何も危ないところはなかったが……、と思いつつ、再び進む。
階段を降りてから約15メートルほどで少し広い空間に出た。
丸いホールのようになっており、明らかに人工的な雰囲気がする。
正面の中心に小さな祠が見えてきた。
「よし。ゴールだな」
と言って、祠の前で立ち止まる。
「で、何の祠なんだ?」
後ろから長岡が聞いてきた。俺は祠のそばの旗を指さした。
「えっと、千眼大自在天ってあるな」
そのまま、周りを照らして少し調べようとしていると、片岡さんが、
「ね、わかったから早く帰ろうよ」
と言う。春香が、片岡さんの側で手を握り、
「大丈夫だよ。片岡さん。夏樹がいるから怖いことないよ」
と言う。「う、でも怖いよ」
その時、鈴木が突然、
「うわっ!」
と大きな声を出した。つられて遠藤さんと片岡さんが「「キャー!」」と叫んだ。
俺が「どうした!」と言って鈴木が指さす方を照らすと、そこには何もなく、強いていえば壁の一部が変色しているだけだった。
「なぁんだ。何もないよ」
と春香が言う。鈴木が「わ、悪い。何かおばけかと思ってさ」といった。……こいつ来る途中のも何かをおばけと見間違えたな?
そう思いつつ、まあ待たせても悪いし帰ろうと言って、さっきと同じ順番で帰り道を戻り始めた。
前方ではまるでスポットライトを浴びたように、入り口から漏れた光が階段を照らしている。ぽっかりと暗闇のなかに浮かぶように見える階段。
後ろからは「う~。怖いよ~」という片岡さんの声と、「夏樹がいるから大丈夫だって」という春香の声。
一番後ろって結構怖いと思うんだが、案外春香って強いんだな。
ようやく階段にたどり着き、上に上がれば光が差しているから大丈夫だろうと思って、先にみんなに登ってもらう。
春香の後ろから階段を上りながら、
「春香は大丈夫だったか?」
ときくと、春香は、
「後ろがちょっと怖かったけどね。何かあったら夏樹がすぐ来てくれるでしょ。そう思うと大丈夫だよ」
と言ってくれた。
「そっか……」
ようやく入り口から出ると、遠藤さんと片岡さんが、
「怖かった~」「ううう。ようやく出れた」
と、互いによかったぁと言っている。鈴木も少し顔色が悪いようだ。
「みんな大丈夫か? 少し休憩する?」
と聞くと、即座に、
「「「ここは嫌!」」」
と鈴木、遠藤さん、片岡さんが異口同音に言ってきた。少し笑いながら、
「そう。じゃあ先生の所に行こうか」
と言って、先生の所まで戻った。
先生はニヤニヤしながら、
「どうだったかなぁ。何の祠だった?」
と聞いてきたので俺が答える。先生は後ろの女子連中を見て、
「大丈夫だった?」
と意地悪な質問をした。しかし、遠藤さんと片岡さんが答える前に、春香が、
「私は夏樹がいるから大丈夫です」
と答える。……おいおい。先生に何てことを言うんだ。
先生は意味深な目で俺を見て、
「ふうん。なるほどね。夏樹君、頼りになるんだね」
と言う。俺は、
「まあ、こういうところは何度が行ってるんで」
と適当に誤魔化しておいた。これには春香も「え?」と言ったがスルーした。
さて再び歩き出したが、あとはゴールするだけだ。
「よし! 速く歩いて一番でゴールしようぜ!」
と明るく鈴木が言った。みんなはそれに引きづられるように足を速めた。
う~ん。こんなペースで大丈夫かな?
と思っていると、ゴールまであと2キロメートルというところで、みんなのスピードが急に落ちた。
このままではいけないと思い、
俺は春香に塩アメを二つあげた。
春香は額の汗をふき、水筒の水を飲んでから塩アメをなめる。
それを見ていて遠藤さんが、
「ね、夏樹君。そのアメ、私にも頂戴」
といったので一つあげた。遠藤さんは口に入れて、
「う、しょっぱぁ。……春香ってばこんなにしょっぱいの舐めてたの?」
という。鈴木がそれにのっかって、
「疲れてるときは甘いアメの方がいいんじゃね?」
と言ってくる。
この頃はまだ熱中症とかが大きく取り上げられなかった時代だ。水分補給とともに塩分を取るのが大切なんだが知らないらしい。
「汗をかくと水分と一緒に塩分が出て行っちゃうんだよ。それで水分補給はしても塩分は補給しないでいると、一気に体がだるくなるぞ」
と言う。春香がうんうんとうなづいていたが、春香は知らないで舐めてたろ? じとっとした目で見ると、春香が、
「うんうん。しょっぱいなぁって思ってたけど、夏樹がくれるものだからって舐めてたんだよね。そんな目的があったんだね」
と言った。鈴木は「本当か?」と疑っているが、遠藤さんは「へぇ。そうなんだ」と言っている。
片岡さんが、
「じゃ、私にも頂戴」
と言うので一つあげた。長岡と鈴木は、
「俺はいいや」
「僕も自分のでいい」
と言う。こいつら信じてないな? と思ったが、無理にやるわけにもいかないので放っておいた。
林道の脇に思い思いに座っている俺たちを、木漏れ日が
土と湿った木の匂いがするが、時折吹く風がここちよい。
各班ごとに時間差で出発しているためか、今まで前後の班に出会うことはなかった。他の班も順調に進んでいるのだろうか。
休憩の10分が終わった。
俺は立ち上がり、
「さ、そろそろ行こう」
と言った。春香が続いて立ち上がり、遠藤さん、片岡さんが立ち上がった。
「ふひぃ。もう行くの?」
とぶつくさ言いながら鈴木と長岡が立ち上がり、俺たちは再び歩き出した。
現在14キロメートル地点。経過時間はスタートしてから4時間10分。疲労ががっつりと出てくる頃だ。
俺はまだまだ余裕がある。というより、過去のきつい経験に比べれば苦しいというほどではない。
春香も俺の隣を歩いて一定のペースを保ち、歩行の際の呼吸法、休憩時での水と塩分、そしてカロリーの補給をきちんと行わせたから、まだ余裕がありそうだ。
続いて片岡さんと遠藤さんの女の子グループが続き、最後を遅れがちなスピードで鈴木と長岡の男子グループが続く。なんだかんだいって、こういうときに強いのは女の子だ。この頃の男子は結構すぐへばるんだよね。
みんなの体力を見ながら、ペースの調整を行いつつ残りの2キロメートルを歩いて行く。
残り1キロメートル地点に来て急に春香がスピードダウンした。見ると足をかばうようにして歩いている。
「残り1キロメートルだ。ちょっと休憩にしよう」
と言って、すぐに休憩に入る。春香を座らせてその前にしゃがみ、かばっている左足の靴と靴下を脱がせた。
春香が眉をしかめて痛みをこらえている。足は靴ずれを起こしていた。
「まだ水ぶくれまでにはいってないな。ちょっとまってろ」
といって、リュックから大きな絆創膏を取りだして靴ずれ部分を保護するように貼った。
そして、石けんを取りだして脱がした靴のかかと部分に塗る。
「どうだ? いけそうか?」
靴下と靴を履かせて見て、春香に聞いてみると、
「うん。大丈夫だよ」
と言った。「もし駄目そうだと思ったら、すぐに言って」と言い、休憩を切り上げた。
「春香。大丈夫?」
片岡さんと遠藤さんが心配そうに春香に声をかける。春香はかすかに微笑んで、
「うん。多分」
と言う。男子連中はもう疲れて言葉も出ないようだが、時間を見るとゴールの予想時間が迫ってきていた。
出発して最初は順調だったが5分もすると再び春香が足を気にしだした。林のずっと向こうにゴールのキャンプ地が見えているが、そこまでが遠い。
「春香。ちょっと止まれ。それ以上、足に負担かけるとまずい」
といって、俺は背中のリュックをお腹側にしょい直し、春香の前にしゃがんだ。
「ほら。乗れ」
と言う。途端に、疲れ果てているはずの男子と女子からの視線が集中する。
春香が恥ずかしそうに、
「う、うん。夏樹。ありがとう」
といって背中に乗ってきた。
ぐっと重みがかかるが、足に力を入れて立ち上がって歩く。
耳元で春香が、
「ありがとうね」
というので、俺が「気にすんな」と言った。さすがに俺のペースが遅くなったが残りは700メートルもない。
みんなも俺のペースにあわせてくれて、とうとうゴールのキャンプ地の入り口に到着した。
出発してから時間にして5時間13分。さすがに誰も言葉が出ないくらいに疲れている。
キャンプ地入り口に学年主任の男の先生が待っていた。
「おい。大丈夫か?」
と、俺に負ぶわれている春香を見て心配そうに聞いてくる。春香が、
「途中で靴ずれしちゃって」
というと、ほっとしたようだ。俺が、
「6組2班。15:13到着です」
と報告すると、ちょっと驚いたようで「そ、そうか。わかった」といって手元のファイルを繰る。
「君たちのクラスはC区画だ。そっちの道を入って左側で担任が待っている。……悪いけど、保健の先生を呼ぶから君とその子は待っててくれ。他の人は先に行って担任の指示に従ってくれ」
「わかりました。……みんな、悪いけど先に行っててくれ」
と俺が言うと、みんなも「春香、がんばってね」「ああ。わかった」とか言いながら、先に歩いて行った。
俺は学年主任の先生の指示で、近くのベンチに春香を下ろす。先生が、
「君、重かったろう? たいしたもんだ」
と言ったので、
「いえ。これくらい大丈夫です」
と答えた。学年主任の先生は頷いて、保健の先生を呼びにどこかへ歩いて行った。
春香が申し訳なさそうに、
「夏樹。重かったでしょ? ごめんね」
「春香ならいつだって負ぶってやるさ。気にするなよ」
「でも……」
という春香に、俺は冗談めかして、
「まあ、そうだな。もうちょっと胸が大きいともっと張り切れるんだけどな」
と言ったら、赤くなって「もう。馬鹿」と言っていた。
学年主任の先生に連れられて保険の女の先生がやってきた。
保険の先生は靴と靴下を脱がして俺の貼った絆創膏をはがす。そして幹部を観察して新しい絆創膏を貼った。脱がした靴のかかとをチェックした先生は、
「うん。これなら大丈夫だけど、激しい運動は駄目よ。……この処置は自分でやったの?」
と言ったので、春香が、
「いいえ。夏樹がしてくれました」
と言って俺の方を指さした。先生は、ほおっと言いながら、
「適切な処置ね。これなら上手くいけば明日には普段どおりに動けるようになるわ」
と言って褒めてくれた。……まあ、昔はさんざんやりましたからね。
それから俺たちもみんなの待っているキャンプの区画へと向かっていった。
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