第17話 中学校1年生 入学式

 無事に小学校を卒業し、今日は中学校の入学式だ。


 俺たちのいた小学校と隣の小学校を卒業した児童が、今日からこの中学校に入学する。制服制で男子生徒は詰め襟、女子生徒はセーラー服だ。


 小学校を卒業してからは、春香と一緒に制服を見に行ったりして準備をする一方で、日帰りでディズニーランドへ家族旅行したときに春香を連れ出して一緒に行ったりした。

 あちこちに遊園地はあるけれど、俺的にはやっぱり夢の国ディズニーランドが一番好きだ。

 夜のエレクトリカルパレードまで見学して帰ってきたが、帰りの車内で春香と一緒にぐっすり眠ってしまった。ずっと運転してくれた父さんに感謝だ。


 制服に身を包み、鏡で身だしなみをチェックする。幸いにして、数年前に男子の頭髪は坊主頭でなくても良くなっていた。その分、寝ぐせが無いかとチェックしてキッチンに向かう。


「おはよう!」


 朝の挨拶をしながら部屋に入ると、すでに母さんが朝食の用意を調えていた。ちなみに父さんは仕事で入学式には来れない。まあ、それが残念だと思うような精神年齢はしてない。むしろ内心では仕事の大変さがわかっているだけにお疲れさまと思っている。


 キッチンに入ってきた俺の姿を見て、母さんが感慨深そうに見ている。

「うん。今日からあんたも中学生ね」

「どう? 変?」

「ううん。大丈夫よ。……さ、ご飯にしなさい」


 俺は自分の席に座って朝食を取る。母さんは、「準備してくるから」といって出て行った。

 今日の入学式には母さんも列席するから着替えと化粧をするんだろう。


「そうだ!」


 俺は思い出したことがあって、あわてて廊下に出ると母さんに呼びかける。


「香水はやめてよ!」

「……はいよ」

 小さくだが返事が聞こえたので安心して食事を再開する。


 かつて中学の入学式と卒業式で、普段は化粧しないとある同級生の親が、きつい香水の匂いをただよわせていて同級生が恥ずかしい思いをしていたんだ。仕方ないこととは思うが、親としてはきちんとしなきゃと思って失敗するパターンだ。

 うちの母さんも普段はパートに出るくらいしか外に出ないから、ちょっと心配になる。



 食事を終えて、空いた皿を片付け、洗面所で歯磨きをしてから身だしなみのチェックをする。……よし。パンくずとか無いな。


「なっくん。おはよう! 一緒に行こう!」


 そのとき、春香の声がした。「夏樹! まだだから、玄関開けてあげて!」と母さんの声がする。


俺が「ちょっとまって」と言いながら玄関の鍵を開けると、そこにはスーツ姿のおばさんとセーラー服の春香がいた。……うわぁ。懐かしいなぁ。俺は思わず目を細めた。


「おはよう。春香。おばさん。……すみません。もうすぐ母の準備ができるので、ちょっとお待ちください」

「おはよう夏樹君。いいわ。ちょっとまってるね」「うん。まってるよ」


 二人に玄関で待っていてもらい、俺は母さんの準備ができるまで家中の戸締まりとガスの確認をする。窓の施錠確認をし、最後にキッチンのコンロのガスを確認していると、あわてて廊下を歩く母さんが見えた。

「すみませ~ん。おまたせしちゃって。……きゃ~。春香ちゃん、かわいいわぁ」


 廊下に出ると、母さんがおばさんと春香に挨拶をしていた。


「母さん。戸締まりとコンロの確認してきたよ」

 俺は母さんにそう言いながら、自分の靴を履いた。

「ありがとう。夏樹。助かったわ」

 そう言いながら、母さんも俺に続いて靴を履く。今日は紺色のスーツだ。手に黒いバッグを持っている。


 玄関を出て四人で中学校に向かう。通う先の中学校は小学校と反対側におおよそ歩いて30分ほどのところにある。


「今日は晴れて良かったですね」

「本当ですね」

 俺と春香の後ろでは母さんとおばさんがおしゃべりをしている。俺は春香に、

「春香。今日からまたよろしくね」

というと、春香も「うん。私こそ。なっくんよろしくね」といってにっこり笑った。


 先日も、二人で制服に袖を通して確認してはいたが、俺は、

「春香のセーラー服って可愛いな」

 そういうと、春香は恥ずかしそうにしながらも、

「なっくんの学生服も格好いいよ」

と言ってくれる。



 さて今日は中学校の入学式の後に、前々から決めていたことがある。


 俺は、後ろの二人に聞こえないように、

「なあ、春香。ちょっと話があるんだけど、入学式が終わったらお寺に行かないか?」

 と誘った。春香は、「話? うんいいよ。ついでにおじいちゃんお坊さんと奥さんに挨拶しようか?」

 とにっこり笑った。

「そうだな。じゃあ、帰りに玄関の前で待ってるよ」

「うん。わかった」


 俺は、母さんとおばさんの方を振り向いて、

「母さん、おばさん。今日、学校が終わったらちょっと春香と一緒にお寺にいってくるよ」

と告げた。話に夢中になっていた母さんとおばさんだったが、

「お寺? いいわよ」「ああ、ご挨拶ね。じゃあ、私たちは先に帰っているからね」

と言ってくれた。


 俺は内心で「よし!」とガッツポーズを組んだが、表情に出ないようにそのまま春香を会話を続けた。




 懐かしの中学校――俺にとってはだが。


 校門に大きく「平成○年度○○中学校入学式」の看板が立てられていた。

 途中で同じ小学校の同級生達と挨拶をし合い、クラス分け表を見にいくと、俺と春香は同じクラスだった。

 ちょっと不安がっていた春香が、

「やったね! なっくん! 同じクラスだ!」

 と興奮して俺に詰め寄る。相変わらず近いって。

「やったな。春香。よろしく」

 同じ小学校の同級生は、俺と春香を生温かい視線で見つめ、女子たちが「よかったね。春香」と言って通り過ぎていった。

 隣の小学校からきた生徒は驚いていたが、かまわず俺は春香と1年2組の教室に向かった。母さんとおばさんとはここで分かれる。このまま入学式の会場の体育館に向かうようだ。


 ちなみに1年生は全部で8組あって、啓介は3組、宏は5組、優子は5組で和美は1組だ。あいつらは見事にカップルがバラバラになったが、修学旅行以来、グループで仲良くしていたから、カップル崩壊とはならないだろう。


 クラスの席順は窓際の最前列から出席番号の順番のようだ。黒板に張り出されていた席順を確認すると、ちょうど俺の右隣が春香だった。


「うわ~。こんな偶然ってあるんだね! 席も隣だよ!」


 春香のテンションが異常なほど上がっている。が、両手を握って俺の横でジャンプするのはちょっと恥ずかしいよ。

 俺は苦笑いしながら、自分の席に座った。


 同じクラスの生徒が次々と教室に入ってくる。その中には見知った顔も多いが、制服に身を包んだ彼らを見るのは新鮮だ。それに隣の小学校からきた生徒といっても、俺にとってはかつての同級生だからとても懐かしい。これから3年間、勉強とか部活もそうだけど、こいつらとバカやったり、体育祭で熱くなったりすることになる。俺にとっては遠い昔に過ぎ去った青春が再び始まるんだ。


 集合時間の5分前になると担任の女の先生がやってきた。年の頃は50前後、……俺の記憶が確かなら石川先生だ。


「はいはい! みんな揃ってる? ……名前を呼ばれたら返事をしなさい」

 そういって順番に点呼を取った。


「では、改めて。一年間、みなさんの担当をします石川です。よろしく! ……中学校生活の説明とかは入学式後のホームルームでやりますので、まずは体育館に向かいます」


 そういって石川先生は時計を確認すると、

「では50分になったら出発します。それまでにお手洗いに行く人は行ってきなさい。それ以外はそのまま席に座っていてね」

 ……ふふふ。このハキハキしているところが石川先生の特徴だ。小切れがいいよな。


 黒板の上の時計を見ると今は40分だ。あと10分ある。俺と春香はさっき行ってきたから大丈夫だ。


 と、隣の春香が、

「ねえ、なっくん。なんだかドキドキするね」

と話しかけてきた。俺はうなづいて、

「そうだな。……それより校長先生のスピーチが短いといいな」

といった。春香は、「もう! なっくんったら」と言っている。


 だが春香よ。これはマジの話だ。確か中学の時の校長先生は話が長くて、始業式とか終業式の時に倒れる生徒がいたくらいだぞ? もちろん、わざわざ言わないけどさ。


 時間になって、俺たちは番号順に体育館に向かった。

 体育館の中ではすでに関係者が着席しており、俺たちの入場を待っているようだ。


 中から「それでは新入学生の入場です」とのアナウンスが入り、1組から順番に入場していった。

 体育館の奥、ステージの手前を先頭に順番にクラス順に2列で入場する。

 全員の入場が終わると、司会の開会宣言ののち、校長先生の挨拶が始まった。


「みなさん! 当校への入学、まことにおめでとうございます。………………というわけで、当校は、………………これから学生生活をはじめる皆さんにとって………………、我々、教職員一同は………………。本日、この場に出席された父兄の皆さん。………………」


 …………長い。早く終わってくれ。


 きっとそう思っていたのは俺だけではないと思う。


 話の内容はここでは省略させてもらう。ともあれ、続くPTA会長さんの祝辞や先輩の挨拶、入学生代表の答辞も比較的短くすんでよかった。


 入学式の後、それぞれのクラスで最初のホームルームが行われた。ここでは父兄も教室の後ろに立ってながめていた。まあ、ここが担任の先生との初顔合わせでもあるからね。

 最後に明日の予定を確認して、この日は下校となったのだ。



 ……あ、そういえば玄関で待ち合わせの予定だったが、同じクラスだからその必要はなくなったな。

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