第18話 中学校1年生 桜の木
「夕飯までには戻ってくるのよ」
「春香もね」
母さんとおばさんに見送られて、俺たちはいつものお寺の方へと向かって歩く。
先月の春のお彼岸まで寒い日が続いたが、4月に入ってからは春らしいぽかぽかした天気になった。
桜も順調に開き、ここらへんでは2日前ほどが満開だった。天気が崩れなかったので、はらはらと散っている花びらもあるがほぼ満開のままだ。
「ふふふ。なんだか制服着てると青春って感じだね」
隣を歩く春香が言う。
「そうだね。こうなんかワクワクするよな」
「ね、なっくん。おんなじクラスで、しかも隣の席だなんて。ラッキーだよ」
そういって春香は満開の笑みを浮かべている。キラキラした目を見ていると、俺もうれしくなる。
「ホントホント。ここまで一緒なんてね。俺もびっくりしたよ」
急に春香が俺の前に飛び出て、少しかがんで俺の顔を見上げた。
「ふふ~ん。なっくんはうれしい?」
何かを期待しているような表情に、俺は少し照れつつも、
「もちろん、うれしいよ」
すると急に春香が俺の左腕に腕を絡めた。「えへへ。私もうれしいよ」
俺は、春香を見ながら、これからのことを思う。内心で、春香、よろしくな、とつぶやいた。
「あ、そうだ。いつものお店でさ。おにぎり買って行こうよ。おなか
そうだった。おばさんと母さんからお昼代として少しお金をもらったんだった。ちなみに春香のいう「いつものお店」は、この先にある商店で、駄菓子からちょっとしたお弁当まで売っている地元の商店だ。
小学校の頃はよくここに駄菓子を買いに行ったものだ。行くたんびに、いつも春香と一緒だから、おばちゃんにからかわれたっけ。
「そうしよう。ついでのおばちゃんに挨拶できるし」
「へへへ~。そうと決まったら、レッツゴー!」
腕を組んだままで、春香が急に走り出したので俺もつられて走り出す。
途中の道は、幸いにも誰ともすれ違わなかった。ちなみに小学校は昨日が入学式&始業式だから、今日の今ごろは授業中だ。
といっている間にお店が見えてきた。軒先に出した陳列台に駄菓子が並んでいる。
「とうちゃく~」
お店の前でそう言うと、俺たちは組んだ腕をほどいて息を整えた。
「あら。お二人さん。今日から中学生かい?」
お店の中からおばちゃんが顔をのぞかせて、そう言った。
「おばちゃん。こんにちは!」
春香が元気に手を上げて挨拶したので、俺も続いて挨拶した。おばちゃんは
「それにしても早いもんだねぇ。そんだけ私も年をとったってことだねぇ」
「あはは……」
苦笑いしながら、「お邪魔します」といってお弁当のコーナーへ向かった。おにぎり二つに唐揚げ、卵焼き、たくあんのついたおにぎり弁当を二つ、お茶のペットボトルを二つ。春香が欲しそうに見ていたみたらし団子3本入り一つ。商品を手にとってレジに向かう。
「えっと。おにぎり弁当にお茶に、お団子ね。1,100円だよ。……これから二人でピクニックでも行くのかい?」
俺はおばちゃんにお金を渡しながら、「まあ、そんなとこ」と返事をした。
「気をつけて行ってらっしゃい」といってくれるおばちゃんに、手を振りながらお店を出た。
お弁当の入ったビニール袋を下げながら、お寺の階段を上る。階段脇に殖られた桜も満開となっており、桜のトンネルの中をのぼっていく。その美しさに、春香が「はぁ~」と感動している。
階段を上り、本堂の前に出るとおじいちゃんお坊さんが境内を竹ぼうきで掃いていた。
「こんにちは~」
春香と二人で挨拶をすると、おじいちゃんお坊さんはいつものようにニカッと破顔して、「ようきたの」と挨拶をしてくれた。
「中学生になったのかい。時が経つのは早いもんじゃな」
俺たちを見て感慨深そうにしている。
俺たちは失礼して、まず本堂にご挨拶、そして、再びおじいちゃんお坊さんの前を通り過ぎて、町を見下ろせる高台の方へと歩いて行った。そう、いつもの俺たちの場所、大きな桜の木へと。
「うわぁ。綺麗だねぇ」
春香が桜の木を見上げてそう言った。
満開の桜が枝を空にのばし、町に向かって桜の花びらが飛んでいく。俺も「ああ、綺麗だ」とつぶやいた。
木の下のベンチのそばに行くと、ベンチの上には桜の花びらが降りかけられていた。俺はそこにビニール袋を置き、春香と二人でしばし桜の木を見上げていた。
さて、いよいよだ。
「本当に綺麗だな」
春香に言うと、うなづいて、
「うん。来て良かったよ」
と言ってくれる。俺は、一歩前に出て春香の正面に立つ。
周りが急に静かになり、俺の心臓の音だけがトクントクンと聞こえる。
いつもと様子の違う俺に、春香が
「なっくん?」
緊張しながらも春香の手を取り、春香の顔を見つめる。少し春香も緊張しているようだ。
「なあ、春香。小さい頃の約束。覚えてるか?」
俺の問いかけに春香は黙ってうなづいた。
小さい頃の約束。小学校低学年の時にここで交わした約束。当時の大人からしてみれば幼い子のほほ笑ましい出来事のように思うだろう。
……そして、かつては守ることのできなかった約束。今度は間違えない。
「俺はあの約束を守りたい。……だけど今はまだ中学生だ」
頬をわずかに染めた春香がじっと俺を見つめながら頷き、消え入るような声で「うん」と言った。俺は一呼吸置いて、
「春香が好きだ。誰よりも愛している。……俺の彼女になってくれないか」
俺の告白をきいた春香の目元がじわぁっと赤くなる。
「うん。うん。うん! 私も。……私もなっくんが好き。愛してる。だから、ずっと隣にいさせて」
俺はゆっくりとうなづいて、つないだ手を引き、胸のあいだに春香を抱きしめた。
「当たり前だ」
時間にして5秒ほどだったと思うが、俺にとっては長い時間抱きしめてから体を離した。
春香の顔が真っ赤になって、目尻が潤んでいる。
「ふふ。……ふふふふ」
春香は、笑みを浮かべながら目をこすっている。
「うれしい。本当に今日は最高の一日だよ」
春香の気持ちはかつての手紙でわかっていたけど、それでも告白は緊張する。その緊張から解放された俺は、春香の手を引いて一緒にベンチに座った。
しばらく町並みを眺め、ようやく気分も落ち着いてきたころ、
「なっくんが急にお寺に行こうなんていうから、何かなって思っていたんだけど。これだったんだね」
春香がうれしそうに言った。
「そうだぞ。緊張したんだからな」
と俺が言うと、春香はえへへと笑い、
「前にさ。修学旅行の時に、優子と和美が告白されてカップルになって。うらやましいなぁって思ってたんだ。……私だって、ずっとなっくんから告白されるのを待っていたんだから」
俺は春香の手を握る。
「待たせて悪かったけど、ずっとこの日に告白しようって決めてたんだよ」
そう言うと、春香はにっこり笑った。
「そっかぁ。決めてたんだ。待っててよかったなぁ」
その時、ぐぐぅと二人しておなかが鳴った。二人でお互いに目を合わせて笑う。
「ふふふ。お昼にしよっか」
その夜、俺と春香の交際を家族に報告すると歓迎された。
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