第9話 いつか終わる恋の話
大好きだったきみは、恋はいつか終わると言った。
ぼくはすっかりそれを信じてしまった。
信仰は呪いとなり、ぼくは恋を終わらせた。何度も。何度も。
★
きみとぼくは離れ離れになって、時々手紙を交わすくらいの関係になっていた。
きみの手紙はいつもとても面白くて、愉快な冒険譚にあふれていた。本当にそんな旅をしているのかも知れなかったし、ぼくを面白がらせるために毎回、頭をひねって物語をつくってくれているのかも知れなかった。どちらでもいい。
ぼくの手紙には、あたりまえの近況くらいしか書いていなくて、自分で読み返してもつまらない。いつかきみに愛想をつかされてしまうのではないかと、いつも心配で仕方なかった。それでも、どうしても、楽しい話は思いつかなかった。きみのいない世界はいつまでたっても、何か欠けているようで、さみしくて、音も味もしない。
きみの手紙だけが、きらきらと輝いている。
ずっと、訊けないままでいる。
――きみはあの時、恋は終わると言ったけれど、それは今でも本当だと思うかい?
ぼくはすっかり老いているし、親に決められた相手と結婚して子供や孫までこさえてしまった。それでも、世界はあいかわらずとても退屈で、きみから届いた手紙の束だけ、そこだけが鮮やかに、うつくしく、陽だまりのように、今でも輝いている。
きみからの手紙も、ずいぶん長いこと、届かない。もうきみは、この世にいないかも知れないな、と薄々気づいてはいる。それはとてもかなしいことだけれど、きみがぼくに飽きて、あるいは誰かもっと素敵な人と出会って、手紙を書くのを忘れてしまったと考えるよりは、ずっといい。
終わらせようとして何度も叩きつぶしたつもりの恋心は、手紙をもらうたびにふたたびよみがえって、最後まで消えはしなかった。
手紙が届かなくなってからは、小さな種火のように、心のすみを小さく照らし続けた。
老いぼれた僕の身体と心にはもう、その光を消す力はない。
ぼくはきみに、恋をしたまま死ぬだろう。
それはとても、永遠によく似ている。
たったひとつだけ、とても大きな間違いを信じたまま、ぼくときみは、きっと数えきれないほどの回数の恋を、終わらせてしまったんだろう。
しあわせだったのかも知れない。終わらせた分だけ、何度でもまた、きみを好きになれたから。
ぼくも間もなく、きみのところへ行くと思う。
もしも、どこかで出会えるなら、今度こそ言おう。
きみのこと、大好きだよ。
(おしまい)
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