第5話 落鳥風
遠く高いところから、風が吹いた。
『落鳥風』と呼ばれる季節風。
奥の山から毒の湿気をもたらす、不吉な風だ。
高い空を吹き抜け、その毒気にあてられた鳥たちがみるまに死んで落ちてくる、そのさまは、まるで夕立のようだった。
僕も死ぬの、と父さんに泣きながら聞くと、大丈夫だ、と答えてくれた。でも、ひどくむつかしい顔をしていたから、あまり安心はできなかった。
――風は高い所にしか吹かない。こうして私たちの村の様に、窪地に小さな家を建てて暮らしている分には、けっしてひどい事にはならないのだよ。
父さんはそう言った。
――つまり、ぼくらは永久に、この窪地の貧しい村から、出られないんだね。
ぼくはそう思ったけれど、口には出さなかった。
ただ、じっと身を潜めて、風がやむのを待っていた。
――ここから、出たいと思っているだろう。
父さんが、言った。
ぼくは返事をしなかったけれど、きっと見透かされているに違いなかった。
――私もそうだったよ。だがね、そのうちわかる日が来る。ここで暮らすしかないとわかる日が。
父さんの手足は、業病におかされ、ゆっくりと節くれだった石のかたまりに変わりつつあった。
ぼくもいずれ、そうなる。
そうなったら、もう、この窪地で暮らすしかほか、生きる術がなくなるのだ。父さんが言っているのは、そういうことだ。
そうなる前に、行かなければならない。
落鳥風にあてられた鳥は、その直前まで、まっすぐに飛んでいる。迷いもなく、全力で飛ぶ。そして、苦しみも足掻きもせずに、風の毒を吸い込んで、まっすぐに落ちる。
ぼくはそれを、幸福だと思う。いつかそうやって自分も、飛ばねばならない。
父さんの、硬くて不自由な手が、何かを察したように、ぼくの手をぎゅっと掴んだ。
ぼくはその手を、父さんよりも強く、握り返す。
ぼくの背に、ぼくのみえない翼があることを、決して気取られぬように。
(おしまい)
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