第4話 しあわせな時代
超越的な科学力により、過去も未来もすべて知り尽くした私は、退屈していた。
過去に何が起き、これから何が起きるか、あらかじめわかっていて、楽しいことなどあるはずがない。そんな単純なことに、なぜ気づかなかったのだろう。
だが打つ手がないわけではない。この記憶をすべて消し去り、どこか適当な時代の胎児とに生まれ変わればいいのだ。何しろすべてを知り尽くした私だ。そのくらい造作もない。最初にこの技術を思いついたときは、なぜ手に入れた能力を何もかも捨て去る必要があるものかと思い、気にも留めていなかったが、今となってはこれが最善の策だとわかる。私はもういちどやり直すのだ。久しぶりに心が躍る感覚を味わう。
さて。
やり直すのはいいとして、どの時代に生まれるかが問題だ。
現代は、もはや黄昏の時代と言っていい。宇宙は探査しつくされ、数学や物理の諸問題もすべて解決し、わずかに残った人々は穏やかに、望む限り延長できる人生をただ生き続けている。こんな時代に生まれ直してもつまらない。
宇宙開闢から今までの、われわれの種族の歴史を調べる。知的生命に文明が生まれる以前はだめだ。文明発祥後も数千年は、たかだか百年足らずので経験できる事件が少なすぎる。退屈だ。産業革命、あのころは生命の危険が大きすぎる。ちょうどいいくらいに無知で、ちょうどいいくらいにひとつの人生でできるだけ多くの歴史的事件を経験できる時代。
……このあたりだろう。
私はようやく目星をつけた。人類が広域ネットワーク技術を手に入れた黎明期。この時点ではまだせいぜい、携帯端末越しの光速を超えない速度での通信力に過ぎないが、ほどなく量子力学がその壁を超える。さらにその少し先に、この星では初めての、外宇宙から探査に訪れた別の種族とのファースト・コンタクトを果たすタイミングだ。その上、ちょうどいい頃合いに熟れきっていた直近の赤色巨星が、夜をも昼のように照らす大爆発を起こすさまが観測できる筈だ。いちばん賑やかで、上り調子で楽しかった時代。これからもずっと、いつまでも世界は前を向いて歩み続けるだろうと信じて、次の世代に託すことができるであろう時代。
資料の隅に、小さな青い鳥が描かれていた。青い鳥。もはや「鳥」なんてものはデータ上にしか残っていないけれど。かつて、幸福の象徴とされていたという。
しあわせな、しあわせな時代。
私は早速、時空移動と転生の準備を整えた。もはや現代にとどまっている理由はない。はやる心を抑えながら転送ポッドに身を横たえた。徐々に眠気が襲ってくる。
――しあわせな時代に行ったなら、何をしよう。
私は薄れゆく意識の中で考える。
ふと、青い鳥のことを思う。携帯端末に表示されていた幸福の象徴。
そうだ。
目を閉じながら、私は思った。
――あの時代に生まれたなら。あの小さな携帯端末を使って、ささやかな日々のちょっとした出来事を、世界中にむけてつぶやいてみたら、きっと愉快だろう……。
(おしまい)
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