第3話 凌遅刑
彼女の頬には、大きな傷痕がある。
「それ、治さないの?」
私は何度もそう訊ねた。
そのたび彼女は涼しい顔をして、
「治さないよ。命に別状はないし」
と、答えるのだった。
傷痕はかなり大きくて、彼女をひどく恐ろし気な人相に見せていた。
だが、彼女に恋人や友人がいないのは、そのせいばかりではなかっただろう。
彼女の服はいつも、ぼろぼろの古着だったし、美容院に行ったこともなさそうな、もつれあった長い髪をしていた。風呂にもほとんど入っていないに違いない。いつもなんとなく、どぶ川のような、へんなにおいがしている。
「ねえ、ちょっとは身ぎれいにしたらどうなの?」
「しないよ。命に別状はないし」
何度訊ねても、彼女はそう答えるのだ。
そんなふうに彼女に話しかけるのは、もう私だけだ。
彼女はパソコンを使って、誰とも顔を合わさない方法で、何かしらの収入は得ているようだった。狭いなりにセキュリティのしっかりした部屋を借りて住んでいたし、捨てられたごみを見る限り、飲み食いしているものはまともそうだ。命にかかわる部分で金を惜しむ様子はない。
「ねえ、その傷痕、治そうよ。お金なら私がなんとかするから」
どうしても我慢ができなくなって、私はそう提案した。
彼女は私の顔を見た。おそろしい呪いのような傷痕。
私は目をそらすことができなかった。
「いやだ」
と、彼女は言った。
「あたしは一生治さない。醜くて汚らしいままで、できるだけ長く生きるよ。できればあなたよりも長生きする。ずっと、あなたに見ていてもらうんだよ」
その言葉を聞いて、私は、自分がまだ許されていないと、ようやく気が付いた。
「命に別状はないし」
それが、自分自身が発した弁解のことばだったことも、今まで忘れていた。
私のつけた傷痕。
私が切り刻んだ不揃いの毛先。
私が蹴り落したどぶ川の水。
そんなものを私は、死ぬまで見続ける。
終わらない罰。
(おしまい)
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