第2話 白金の錬金

 新塚に連れてこられたのは都心にあるビジネスオフィスビルの倉庫であった。決して広いとは言えない空間に書類やら使われていない椅子や机やらがぎっしりと詰め込まれていた。が、ある一画のみ椅子と机がキチンと整列されており、その机を囲むように俺たちは立っていた。倉庫内には俺と新塚の他に車を運転していた霜見さんと他スーツの男二人の計五人の人間しかいない。


 机の上には銀色に輝く宝飾品とインゴットが山のように積まれていた。尋ねるまでも無く銀製品とアルミニウムの塊であろう。



「さあ、やれ!」



 頭痛がする。まだ今夜はそんなに量を飲んでいなかったはずだが、新塚による精神攻撃(プレッシャー)のせいで悪酔いしたのだろうか。それを意識したら今度は胃まで痛くなってきた気がする。まごうことなきストレスである。



「なんだ、顔色が悪いな。音楽でも流そうか? 確かラジカセがあったはず...」

「いやいやいや、拉致られて冷静でいられるほどクール気取ってないんで、というか帰らせてくれます?」

「お前次第だな」



 チビりそう。飲酒と緊張で漏らしそう。まあ、おかげで酔いはふっとんだ。



「白金を出せるんだろう? ちなみに銀は10キロ、アルミは20キロあるからな」

「出来なくも無いってだけで...」

「やれ」



 だからコエーよ! 無言に見てくる他の男共も怖いが、お前が一番怖い!



「わかったから、そんな怖い笑顔で見るな。背筋がゾッとするんだ」

「いいからはよ、モタモタしてるならローストにすっぞ」



 今度は笑みを消して真顔で言ってくるし、もう嫌だ。とっとと終わらせて帰って寝る!



「ええっと、ちょっと準備が要るんで、時間かかるかも」

「10、9、8...」



 言い訳を諦めて俺は無言で準備を始めた。内ポケットから取り出した手袋を嵌める。これは俺が錬金術の補助用具として作った金属加工用の手袋だ。もちろん、只の手袋ではない。この手袋を嵌めていると金属を粘度のように捏ね繰り回して加工することができるのだ。家には金属加工用の設備も道具もないし、あっても騒音で使えないため、錬金術で作ったのだ。ちなみに何故今もっているかというと仕事の雑務で有用だからだ。サンプル作りとか廃棄部品の分別分解のときとか...。


 気を取り直して、銀の鎖を手に取り、それを細い紐状にし、それで輪や記号の形に加工する。貴金属の錬金ともなると単にメモに書いた陣程度では成功しない。そこで材料である銀で陣を作るのだ。銀は錬金術の陣と相性のいい金属で、これだけの工夫だけで成功率が格段に上がる。調達のし難さが欠点ではあるが。


 それと金属の錬金には火が必要不可欠だ。本当なら自宅にある竈を使いたいが、仕方が無い。倉庫に転がっていたカセットコンロと鍋を使うとする。鍋の内側の壁に先ほど作った銀の陣を張り巡らせていく。今回は陣を構成する銀も錬金の材料に出来るように陣の内容を少し変えてある。こういう工夫が節約に繋がるのだ。


 陣を張り終え、次に用意したのは緊急時用の飲み水として倉庫に保管されていた水の入ったペットボトルだ。メモを千切り、それに書き慣れた陣を書き、ペットボトルをその陣の上に置く、そして錬金術だ。


 変質の術によってペットボトルの中の水は茶褐色の液体へと変わっていく。この茶褐色の液体が別の金属へと転換させるのに必要な溶剤である。本来なら添加物も加えるとよいのだが、手元にも倉庫内にもなさそうなので断念する。


 一応、これで白金の錬金に必要な材料は揃った。火のついたコンロに鍋を乗せ、少しとろみのある茶褐色の液体を注ぎ、沸騰するまで待つ。


 沸騰したら先にアルミを、次に銀の順番で入れていく、茶褐色だった鍋の中身がだんだんと白みを帯びてくる。が、完全には白にならず、若干褐色が残ってしまった。


 おかしい、本当なら溶剤は白色になって蒸発し始めるはずなのだが。なぜだろうと頭を捻っているとコンロの火の色に気がついた。


 普段使っている錬金術用の竈とは違うのを思い出し、急いで対処する。


 再びメモを千切って陣を描く。そのメモに残っている溶剤を染み込ませてコンロの火へと近づける。トングや火バサミなんてものはなかったので素手で行ったため非常に危なかった。湿気っているにもかかわらず、メモは青く燃える火に触れた途端に一瞬で燃え尽きると、コンロの火の色が緑色へと変色し、その色を保ち続けた。


 火の色が変わって数十秒ほどで鍋の中身は真っ白になり、急速に蒸発し始めた。溶剤が半分ほどになってコンロの火を止めた。火を止めても溶剤の蒸発の勢いは弱まることなく減り続け、やがて鍋の底が見えてきた。


 鍋底には不揃いなサイコロのようなもの複数が転がっており、銀白色な光沢を放っていた。一見すれば銀のようだが、れっきとした白金である。溶剤が完全に無くなった鍋の柄を掴んで机の上に引っくり返す。先ほどまでこんもりと積まれていたアルミや銀製品の代わりにやや大きめのサイコロ状の白金の塊へと取って換えられた。


 自分も一度にこれだけの貴金属の錬金は行ったことが無かったので少し心配していたが、どうやら成功のようでほっとする。感想としてはなかなか遣り応えがあった。やっぱり錬金術は面白い。じゃなくて



「出来たぞ。確認するなら好きにすればいい」



 あと早く帰りたい。明日も仕事があるんだ。



「……正直、途中からでも聞きたいことがあり過ぎて私でも混乱を禁じえん。とりあえず」



 新塚は部下らしき男の一人に俺が錬金した白金や使った道具等を調べるようにいい、新塚は俺を倉庫から出て営業所の打ち合わせブースのようなところに連れてきた。残念ながらまだ時間がかかりそうだ。



「そうだな、まずアレはなんだったのかを聞こうか」



 新塚にしてはえらく漠然とした問いだった。



「アレって言われてもなあ」

「アレはアレだ。一連の摩訶不思議現象について話してもらうぞ」



 まあ、学生時代みたいに取り繕っていなかったし、怪しまれるのも当然か。今更“手品”です。なんて答えたらどうなるだろうか。



「てじ...」

「手品だとか抜かしたら両手の指を一本一本丁寧に折っていってやろう」



 拷問に遭うそうです。傷害罪で訴えてやるぞ!



「錬金術だ」



 さすがに本当にやらかしたら冗談じゃすまなそうなので正直に答えた。


 そして俺は幼い頃から錬金術を使えること。学生時代に披露していた“手品”もこれによるものであること。さっきの白金も錬金術で錬金したことなどを話した。



「まあ、信じるかどうかは新塚次第さ」

「一応、部下にアレが本当に白金なのか、種や仕掛けはあったのかは調べさせてはいるが」



 ちょうどそのとき、新塚の部下らしき男が倉庫から出てきて彼女に耳打ちをする。



「机や道具にもそれらしきものはなく、アレも本物の白金に間違いは無いか。しかも律儀に1キロ分」

「俺がこっそり入れ替えたのかもしれないぞ?」

「お前は気づかなかっただろうが、倉庫には監視カメラもあって作業中のお前の様子をあらゆる角度から観察していた。あと、倉庫を出入りした際にお前の体を簡単に金属探知機で調べていた。1キロの白金なんて持っていたら確実にわかる」



 こいつ手品を暴くのにどんだけ労力を割いているんだ。しかもあんな短時間で、アホなのか。



「でも10キロの銀だぞ。なら結構頭を捻ってばれないようにするかもだぞ?」

「それで1キロの白金を置いていくのか? 割に合わんな」



 ん? どういうことだ?



「やはり知らなかったか。白金、プラチナは時価相場にして銀の約50倍はするものだ。10キロの銀のために1キロのプラチナを犠牲にするなど話にならん。アルミ20キロなど鼻糞のようなものだしな」



 仮にも20代の女が鼻糞なんぞ言うな。


 マジか。知らなかった。白金ってそんなにするもんなんだな。あ? とすればだ。



「俺が銀とアルミを購入して白金にして売却すれば大金持ちになれた?」

「うまくやらないと相当怪しまれるだろうが、そのとおりだろうな」



 ……なんだか、宝くじを換金期限が過ぎるまで放置していたら実は一等に当たっていたような気分だ。後悔とかよりも無気力感が溢れ出てくる。



「……」

「おい、いつまで呆けている」

「え? ああ」

「まあ、いい。お前も貴金属相場くらい見ろよ」

「いや、普通の派遣社員は金属相場はおろか株にも興味を抱かないと思うぞ」



 というか家にいるときは大体錬金術の実験について考えているしな。俺がそう答えると新塚は少し考えた後に俺に話しかけてきた。



「お前、これからこれで金を稼ぐ気か?」

「ん? う~ん、明日からすぐってことはないかな。金に困ったらやるかもしれないけど」



 慢性的な金欠生活を送っている俺にとって金はあればあるほどいいが、かといってそれで生計を立てるつもりは無い。言ってみればズルのようなものだし、それをやりだすと俺自身が銀を白金に換える一種の機械みたいになって錬金術が楽しくなくなりそうだから切羽詰らない限りやろうとは思えないな。



「ふん、お前あたしのところで働かないか?」

「何をやらせるか想像はつくがそのつもりは無いぞ」



 こいつなら手足を縛ってマジの機械にしかねない。某喜劇王の歯車になって働く人間なんぞになるつもりは無い。



「お前はあたしが白金を作るように言うかと思っているようだが違うぞ」



 どうやら違うらしい。新塚が俺に働かせる内容はそれくらいしか見つからないが、他にもあるのか?



「あたしが興味があるのは白金を作るなんてつまらないことじゃない」

「つまらないことって...」

「つまらんさ、確かに巨万の富を築くことは出来るかも知れんが、そればっかりやって楽しいとは言えないだろう」



 俺が考えていたことと一致することを新塚の口から出たことに驚いた。



「お前、今仕事が楽しくないだろう」

「まあ、楽しいとは言えないが...」

「お前はお前の持つ知識や技術を活かせない現状に不満を抱いている。違うか?」



 不満、そうなのだろうか。確かに仕事に遣り甲斐も生き甲斐も感じたことは無い。ただただ楽しい錬金術の実験費用のためにやっているだけに過ぎない。錬金術が楽しい。それが俺の人生の満足になっているのは確かだ。しかし、それはあくまで自己満足のものだ。


 俺の錬金術を世間に認めてほしいという感情が俺にもあるんだろうか。どうせとやる前から諦めていた錬金術を。



「どうせならもっと大きいことに使わないか? お前の錬金術を」

「もっと大きいこと?」

「そう、今まで誰も成し得なかったことや指を咥えていることしかできなかった問題をお前の錬金術でぱぱっと解決して賞賛されるんだ」



 賞賛か。こいつが大きいことなんていうくらいだから、“手品”で「わーすごーい」なんていう歓声なんて比べ物にならないくらいなんだろうな。



「お前が十数年間磨き続けた錬金術で世の中を変えてみないか? そのときお前は堂々と名乗れるんだ。俺は錬金術師だと」



 なかなか夢のあることをいうものだ。今俺の中では冷静な俺が「そんなうまい話は無い」と嗜める一方、「こんなチャンスは後にはないぞ」と嗾ける燃えている俺が鬩ぎ合っている。


 その後「よく考えるといい」と新塚は俺を解放した。無事、アパートに帰宅した俺は新しい錬金術のアイディアを考えることも出来ず、とっとと寝ることにしたが、新塚の言葉が頭から離れず、しばらく寝付くことが出来なかった。

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