現代世界に錬金術は必要か?

紅崎赤彦

第1話 三十路前の錬金術師

 俺は錬金術が使える。大真面目に言うとかなり恥ずかしい名乗りだ。


 今年ついにアラサーの仲間入りを果たす俺は割りとどこにでもいる一般派遣社員の谷嶋聡介(26)だ。


 趣味は錬金術、特技は錬金術、なお、就活のときのエントリーシートには別のことを書いている模様、あたりまえだよな!


 別に祖先にそんなものがいた訳でもない農家の生まれで、異世界に行ってこちらに帰ってきたり、実は魔法学校に通っていた訳でもない普通の人生を送ってきた一般人である。


 俺がこの能力?に気づいたのは小学校の頃だ。漫画やアニメの影響で適当に魔方陣を描いて石やら金属やら置いてお祈りしたら不思議な現象が起こったのが最初かな。今更ながら小学生だから許されるようなもので、これが中学生だったらあの病に感染していなければ試すような事も無かっただろう。


 何はともあれ、その不思議な現象に多大な興味を持った俺は専ら実験に勤しんだ。元々一人遊びが苦痛ではなかった子供だったが、益々クラスメイトと遊ぶことが少なくなり、このことが災いしてか友達と言える存在はほとんどいなかった。まあ、この錬金術を利用した“手品”をクラスで頻繁に披露してたこともあって人気者ではあった。


 自分以外にも錬金術が使えないか気になり、クラスメイトに“手品”のやり方と称して教えてみたりもしたが、一人もそれらしき現象は起きなかった。


 中学生になっても錬金術熱は収まる気配を見せず、むしろ理科の授業が複雑化したことで科学的な要素も加わって益々実験に力をこめる様になった。手品同好会(内訳:部長=俺、部員=幽霊3名、引きこもり1名)を作ったり、なかなか充実した生活であった。


 高校では根っからの理系男子となりつつ、化学、物理、生物の要素も積極的に取り入れて益々錬金術を充実させた。通った高校に元々あったパフォーマンス部でも“手品”で活躍したし、文化祭等では引っ張りダコだった。ただ手品を教えてくれというのが多くなったのは大変だった。やり方を教えても馬鹿にしているのかと怒鳴られるのが目に見えている。小学生の頃のあれは小学生だから試すことが出来たのだ。


 理科系の教科は優秀、数学まあまあ、他平均以下という成績であったために三流の理工系の大学に進学することになった。“手品”で一芸入学も考えたが、俺はあくまで実験のヒントとなる科学的知識を学びたかったので芸大は選択肢からはずした。


 新たに工学の知識を取り入れて益々錬金術の幅が広がった俺だったが、4年生になって初めて気がついた。将来何になるのかまったく決めていなかった。


 できれば錬金術の研究をしたいが、俺の成績では大学院に進学することもできないため、研究職の道はかなり厳しい。そもそもそんな研究に予算を割いてくれるところがあると思えなかった。まあ、そんな簡単に趣味で食っていけるなら誰も苦労はしないか。


 そんなわけでせめて知識的に優位な理系か工学系の就職先に入社しようと奮闘したが就職難の余波もあって敢え無く撃沈。大幅にハードルを下げて製造メーカーや薬剤メーカー専門の人材派遣業に食いつき何とか就職し今に至る。


 まあ、満足できる職場かといえばなんとも言えぬ。元々将来何になりたいかを二十歳過ぎになるまで考えたことの無い人間がどんな職場なら満足できるかなど語れるはずも無い。正規社員さんの下で雑用とも言える業務に勤しむ毎日だ。錬金術はおろか大学に進学してまで学んだ知識を活かせてるかといわれればNOと言わざるを得ないが、派遣社員なんてこんなものかとも思う。


 遣り甲斐をまったく感じない業務を何十年も続けていかなければならないのかなと思うと暗澹たる気持ちも浮かんでくる。不満はないが漠然とした不安はあると言ったところか。


 仕事はいまいちだが、私生活は結構充実している。相変わらず特別親しい友人もガールズフレンドもいないが、自分の自由に出来るお金が増えたことと一人暮らしで好き勝手できる生活空間を手に入れたことで趣味の錬金術にも身が入る。高級な素材を使った錬金術にはかなりお金がかかるため頻繁には出来ないが意外なものが作れたりして結構楽しい。最近では薬局やホームセンターで手に入る薬品で実験することも多く、自室が実験室染みている。


 本当は爆薬や放射能物質を使った実験もしてみたいが、お金も物資も実験器具も場所もないため諦めている。生きている動物を使った実験もアパートがペット禁止のため断念している。


 これ傍から見たらかなりヤバイ趣味だな、と時折客観的な思考が生まれるが、別に周囲に迷惑を掛けているわけでもないと開き直る。いや、極稀に小規模な爆発を起こすことがあるから騒音や煙で注意されたことはあるな。なんとか誤魔化したが、申し訳ないことをしてしまった。改めて反省している。今後は爆発が起きないように可能な限り注意する(実験をしないという選択肢はないのだ!)。


 一応実験データはまとめていたりしてはいるが、俺はそれらを世間に公表したりするつもりはない。どうせ信じてはもらえんだろうし、今のままでも十分楽しんでいる。実験の材料のために給与は増えてほしいが、それも工夫次第でなんとかなってはいる。足るを知る者は富むというやつだ。











 そんな日々を送っていたある日、正規社員の上司が業務で失敗した愚痴を延々と聞かされるというパワハラすれすれの凶事に遭ったこともあって、珍しく居酒屋で飲んでいたときに声を掛けられた。



「お前もしかして谷嶋か?」



 カウンター席で焼き鳥を頬張る俺に話掛けたのは、俺と同じくらいの年齢のOLだった。化粧は別段厚くは無いが、釣り目のせいか少々キツめな印象を抱く。というかこの声とキツめの印象に既視感を覚え、すぐに思い出した。



「まさかとは思うが、新塚か?」

「やっぱり谷嶋か。というか、まさかとはなんだ、まさかとは」



 俺の予想は的中したようで、OLは俺の隣の席にドカッと荒っぽく座り、大声で店員に砂肝とビールを注文し出した。



「いやぁ、久しぶりだな。そのチリチリ天パは大人になっても直らなかったか」

「会って早々コンプレックスを弄りださないでくれませんかね」



 口端を上げて人相悪く笑うこの女は新塚理美、小中高と同じ学校だった。とはいえ、クラスが一緒になったことがあるのは二回のみで、クラスメイトだったときでも特別親しい訳ではなかった。というか友達自体がいな...とにかく、そんな関係だ。


 彼女は実に男勝りな性格で実に優秀だった。小学校低学年のときには高学年の男子相手にも怯まずに喧嘩を売ったり、中学では不良共を従えて番長のようなことをしていたし、高校では絡んできた他校のチンピラを病院送りにしていたらしい。おまけに騒動が原因で停学処分中にもかかわらず一人で世界一周旅行(渡海以外では陸路のみ)に行っていたりなど非常にアグレッシブ()であった。そのくせ成績は滅茶苦茶よかったらしく、定期テストでも常に総合一桁順位を維持し続けていた。ラノベの主人公かヒロインかなと疑うような超人だった。



「お前今何やってるんだ? マジシャン?」



 ジョッキで乾杯しながら新塚にそう尋ねられる。やはりそのイメージが強いか。学生時代に積極的に“手品”披露して人気者になったのは友達がいないことで虐めに遭わないようにするための防衛目的だったんだが。



「いや、ただの派遣、雑用係」

「ええ~、もったいねーな。お前のマジック今思い出しても結構すごかったぞ。少なくともよくバラエティ番組に出てる手品芸人よりはずっとスゲー」



 相変わらずヒデェ口調だな。こんなんで社会人やっていけるのか? まあ、こいつのことだから俺のような立場の低い派遣じゃなくエリートコースを突っ走っているんだろう。



「そうだ酒の肴にまた見せてくれよ。ここ奢るからさ」

「滅茶苦茶言うね。奢ってくれるならいいけど」



 学生時代でもよくこんな感じで無茶振りされることはよくあったし、今でも飲み会の一発芸などで求められることがあるので、別に苦慮するほどでもない。



「う~ん、そうだな。これにしようか」



 俺は先ほどまで焼き鳥が刺さっていた竹串を掲げた。



「あん、串でなにすんだ」



 竹串をお冷の入ったコップに花差しのように入れて、懐からペンとメモを取り出す。メモに陣をかいてコップの底に敷く。



「さあ、見てろよ」



 俺はメモの端に触れながら錬金術を実行する。俺が行うのは再誕と成長の術だ。


 コップの中の竹串は表面が徐々に青くなっていく、竹の皮の色だ。水に浸かっている部分からは細い糸のようなものが出始めた。これは竹の根でコップの中の水を吸い上げる。竹串の形が丸みを帯び、節目が出来始める。


節目の境部分から細い枝が出てきたと思ったら青々とした葉っぱが覆い始め、しばらくすると竹串は小さな竹へと回帰し、そこで成長は止まった。



「スゲー…」



 こいつこんな語彙力低かったっけ? なんか拍手までしてるし。



「これどうなってんだ? 目なんか離してないし、そもそも目の前で成長しやがった。作り物か? 形状記憶的な?」



 新塚はコップから生えたかのようになっている小さな竹をつまんで観察し始めた。細部を見たり、葉っぱの匂いを嗅いだり、竹を指で軽く撓らせたり、弄繰り回していた。


 俺は残っている焼き鳥に舌鼓を打つ。



「満足できたなら御捻りがほしいなあ」

「ははっ、わーったよ。どんな種があるのか皆目さっぱりだ」



 新塚は得上握り寿司一式を注文してくれた。寿司なんて久しぶりだ。



「ありがてぇ、マグロマグロマグロ」

「寿司くらいで大げさだな」



 うるせぇ、俺はお前(高給取り断定)と違って薄給なんだ。金のかかる趣味もしてるから慢性的に金欠だ。



「そう言えばそっちは今何してんの? 弁護士? 医者? 金融ウーマン?」

「おうおう、高学歴高収入の典型例を並び立てるとはよくわかってるじゃねーか。まあ、普通に起業家だよ。大学出てすぐに会社作ったんだ。一応マネジメント業務になるかな」



 ゲラゲラと笑いながら新塚は答える。一つだけ言わせてもらうと起業家ってのは新卒の就業先として普通ではない。



「マネジメントっていうと企画とか会社運営とか?」

「まあ、似たような感じかな。新たに起業したい奴や事業の新規開拓したい奴の代わりに情報収集をしたり助言したり、頭脳を売ってんのさ」



 ここよ、ここ。と自分の頭を差しながらニヤニヤと笑う新塚にイラつくが仕様が無い。実際、俺とこいつとでは頭の作りが違うのだろう。



「だが、最近は中国のあれのせいでめっきり仕事が減っちまったよ。客先にリスク分散の必要性を訴えるあたしらが逆にリスクを負っちまうとはな」



 曰く、中国市場へ参入したい企業に中国で仕事をするための知識や組織の作り方のマネジメント業務が大きい利益を上げていたそうだが、中国で起きた不買運動や打ちこわしなどの反日運動でそれらの仕事が減少したり受注キャンセルがあったりして、損失が出てしまったらしい。国内企業向けや他の地域である東南アジアや欧米進出の業務はあるが、損失を補い切れてはいないそうだ。



「羅刹の新塚でも失敗はあるのか」

「その呼び名をもう一回言ったら三途の川を見せてやるよ」



 青筋を浮かべながら笑みを浮かべる新塚に、ビビリながらも俺は例え超人、羅刹でもそれが世界や社会で通用する訳ではないんだなと納得していた。



「あー、一山当ててーなあ。あ、そうだ。谷嶋お前マジックで金出してみろよ」

「金?」

「そうそう、金」



 ニヤニヤしながら新塚がほざく。確かに錬金術の到達点は金の練成であるが、俺はそこまで到達していない。いや、いつかはできるようになりたいと思ってはいるが。って、こいつ俺に金を出させて何するつもりだ。カツアゲか?



「いや、さすがに金は無理だな」

「アハハハッそんなもんわかってるよ。ジョーダンだ」

「まあ、金は無理だけど白金ならできなくもないな」

「…ハァ?」



 呆けた顔をする新塚を見ながら俺は珍しいものが見れたなとご満悦だ。俺も言われっぱなしじゃつまらん。



「白金? プラチナだぞ?」

「うんできるぞ。ただ、プラチナの量の10倍の銀と20倍のアルミがいるがね」

「...」



 新塚が胡乱げな表情でこちらを見ている。まあ、アルミはともかく、10倍の銀がいるなんて言ったらさすがに黙るか。高いもんなあ銀。以前、福引で純金と純銀のメダルを手に入れたことがあるが、金はもちろんだったが、銀の方も高いものだったらしいしな。もちろんそのときに手に入れた金銀は錬金術の肥しとなったのだ。白金の練成もそのときに得られた成果だ。



「本気で言ってるのか?」



 やけに突っかかってくるな。確かに白金も貴金属だが、銀の10倍の価値は無いだろう。オリンピックのメダルも金銀銅だからな。金属類でなら金と銀でワンツーだ。さすがに銅より価値のある金属はあるだろうが。



「いいだろう、興が乗った。ちょいと待て」

「え?」



 新塚は携帯を取り出してどこかへと電話を掛け始めた。



「霜見、私だ。いや、仕事の話じゃない。だが急ぎだ。今から言うものを営業所の倉庫に用意してくれ。あと迎えをよこせ。人数は私ともう一人の二人だ。場所は...」



 あれよあれよ言う間に話を進めていく新塚にただただポカンと見つめることしかできなかった。そして「すぐ迎えが来るから」と残ってる寿司とビールを早く飲めを急かされ訳もわからぬまま胃袋に叩き込む。せっかくの寿司なんだからもっと味わいたいのに。



「ほれ、迎えが来た。とっとと行くぞ」

「首根っこを掴むな! 俺は猫じゃない!」



 新塚は女とは思えない腕力の強さに戦慄している俺を引き摺るように店を出た。店の前には某海外自動車メーカーブランドの高級車が停まっており、やけにイケメンなスーツ姿の男が後部座席のドアを開けて待っていた。



「準備できてるか?」

「恙無く」



 俺の意思など無視して車の中へ放り込んだ車がどこかへと発進し、目を白黒させている俺に新塚は面白そうに俺に微笑みかけた。



「このあたしにあそこまで豪語したんだ。逃げられると思うなよ」



 あれ? 俺ってもしかしてピンチ? 同級生だからって油断しすぎた? っていうかこれ拉致なんじゃ...。


 俺の未だに混乱の収まらない頭が後悔と恐怖に占められつつあった。

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