第19話『作戦決行』

ポッポ屋が語った作戦は荒唐無稽だった。

今は他に方法を考えているゆとりもなく、短い協議の末、いちかばちかポッポ屋の作戦を試してみることになった。


「(本当に見たんだろうな?)」

「(間違いありません。ゴン太どのを見たとき、あのクマはバツの悪そうな顔をしました。そして、右腕をかばうようなしぐさをしたんですポ。向こうも出会いたくなかったに違いないですポ。)」

「(わかった! おう、ゴンの字! 口パクの方は頼んだぜ!)」

「(は、はい! ボ、ボボボ、ボク、ぜぜぜ、全然大丈夫!)」


 まったく大丈夫そうには見えなかったが、ワナワナと震えているアゴが、話しをしているように見えなくもなかった。

見合っていたクマが、ついに決心を固めたようにゴン太の方に向かってくる。


「(今です! デン助どの、お願いしますポ!)」


 デン助は、ゴン太の首元に隠れながら、クマに向かって大声を張り上げた。


「ようよう! めえさんよう!」


クマは首をかしげ、その足を止めた。クマの目には、今まで黙っていたオオカミが突然威勢いよくしゃべり出したように見えたのかもしれない。


「お前、口がきけたのか?」

「めえさんこそ、木彫りの置物じゃあなかったようだな?」

「……」


 クマの目つきが険しくなる。

 ゴン太がチビる。

デン助は作戦どおり、クマを自分の土俵へと乗せにかかった。


「やり合おうってえなら相手になってやろうじゃねえか。この季節だ。オレもハラはすいてる。だが、今なら見逃してやってもいい」

「誰にものを言っている……」


 クマの重々しい声が、デン助のおなかにズシリと響いた。気を抜けば、瞬時に押しつぶされるであろうすさまじい重圧だった。

デン助はそれをしのぎつつ、だてに場数はこなしてないぞとばかりに、逆に凄んでみせた。


「めえさんこそ、誰と口を聞いてるんでい?」

「……」

 クマは黙ってゴン太をしげしげと眺めた。


「めえさん、このあたりから出たことがねえクチかい? だったら知らねえのも無理はねえ」


 デン助は流れるようによどみなく、とうとうとしゃべり続けた。


「群れを離れて幾千里、売られた喧嘩はいざ知らず、買った喧嘩に負けはなし! ジャンケン山からグーチョキ山まで、男一匹ひとり旅、風の向くまま気の向くまま、クマに出会えば食い殺し、ついたあだ名が〝クマ殺し〟。今宵のオカズもクマの肉とは、なんともありがてえ話だぜ!」

「〝クマ殺し〟だと?」


 クマの目つきに、よりいっそう激しい敵意をみなぎっていく。


「おうよ、泣く子も黙る〝クマ殺し〟の〝ゴン〟とはオレさまのことよ。クマの肉ってのは少々クセは強いが、あれで食いつけると、どうにもやめられなくなっちまうから不思議なもんだぜ」


 仁王立ちになったクマから、すさまじい殺気がほとばしり始めた。

 間髪入れず、デン助が叫ぶ。


「やめときな! オレは手負いのクマだけは食いたかねえんだよ」

「!?」


 一瞬、クマの顔色が変わる。


「どうしてもやりてえなら、やり合わねえこともねえが……その痛々しい腕をかいくぐって、このデコでめえさんのアゴを叩き割るのは造作もねえ話だぜ?」

「……」


 クマが値踏みをするように、目を細めてゴン太を見る。


「なんなら、試しにあそこにはえてる木をへし折ってやろうじゃねえか。悪いことは言わねえ。それ見たらおとなしく帰んな」


 クマはチラリとその木を見て驚いたようだった。とてもオオカミの頭突きなどで倒せるような太さではなかった。

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