第14話『悟り』
「……あ、あん?」
発言の意味がわからず一瞬、目が点になるデン助。
「いやあ、カエルのくせに泳げない、そんなカエルがまさかいるとは思いもよりませんでした」
「ほっとけてんだこんチクショーが!」
「待ってデン助さん!」
ポッポ屋につかみかかりに行ったデン助を、ゴン太が必死に押しとどめる。
「ゴ、ゴンの字?」
デン助が不思議そうにゴン太を振り返る。ゴン太は「お願い!」という顔で瞳をうるませていた。
ポッポ屋は、どこを見ているかわからない黒い目を一度だけクルクルさせたあと、妙に響く声で先を続けた。
「デン助どのにしてみれば、泳げないことは死活問題だったはずですポ。しかし、今のデン助どのを見てください!」
「ぁん?」
デン助は、なにか自分におかしなところがないか、体のあちこちを確認し、泥だらけの足の裏のにおいまで嗅いだ。
「なんでえ、いつもとおりじゃねえか」
「そう! それがすごいんですポ!」
ポッポ屋がバサッと羽根を広げて叫んだ。
「デン助どのは、泳げないカエルのくせに、図々しく、短気でワガママで、むしろ泳げるカエル以上に堂々として、実にあっけらかんと生きておりますポ!」
「てめえ! 全然褒めてねえじゃねえか!」
「ポッポッポッポッ、デン助どの、これ以上の褒め言葉はないですポ」
「バカにしてんのかコンチクショー!」
「デ、デン助さん!」
こらえ切れずに気色ばむデン助をゴン太が再び押し留め、ポッポ屋に目顔で先を促す。
「いやあ……なぜなんでしょうねえ」
ポッポ屋は首をわずかにかしげ、感慨深いため息を吐き出すように語り始めた。
「……気がつくと、そうなってるんですよねえ。ええ、〝できること〟より〝できない〟ことに目を向けちゃってるんですポ。どうして今までこんな単純なことに気がつかなったんでしょうねえ……」
「あ、あん……? なんだおい……急にどうしちまったんだ?」
ポッポ屋の目が熱を帯びたように潤み、ただでさえどこを見ているかわからない目がますます焦点があわなくなっている。戸惑うデン助にはかまわず、自分の世界に深く入れ込んだ様子で話を続けるポッポ屋。
「……本当になぜなんでしょうねえ。せっかく生まれてきて、なぜわざわざ苦しくなる方、悲しくなる方を見つめて生きてしまうんですポ? それでは、ますます自分がミジメになるばかりですポ……」
デン助は肩をすくめ、「あ~あ、だめだこりゃ」のポーズをしてゴン太に目配せしてみせた。ゴン太は同調するどころか、ポッポ屋を食い入るように見つめていた。
ポッポ屋が、そのどこを見ているのかわからない目を、さらに果てしなく遠いまなざしにしてつぶやいた。
「……本当の『幸せ』というものは、どこか遠くにあるものじゃなく、今、ここいいる自分をあるがままに生きてゆく――そのたくましさの中にあったということでしょうねえ……」
もはや突っ込むのも億劫になったデン助は、降参のポーズをとった。
――と。
「……決めました!」
「あぁ?」
デン助が、面倒くさそうポッポ屋を振り返った。
ゴン太は、身を乗り出してその先の言葉を待っていた。
「わたくし、このままで生きていきますポ!」
「……?」
「記憶をなくしたのもなにかの縁でしょう。ないものを追い求めて嘆き暮らすより、いさぎよく、今の自分を受け止めて、このままで楽しく生きれるよう目指してみますポ!」
ゴン太が感激したように言った。
「すごいすごい! ポッポ屋さん、勇気あるなあ! さっきの話も感動しちゃったもん。ボク、できないことばっかり考えていつも悲しくなってたから……」
「ポッポッポッ、ゴン太どの。デン助どのを見習って、ともに図々しく、たくましく生きていきましょう!」
「うん!」
疲れきって黙ってしまったと思っていたデン助が、突然大声で怒鳴った。
「ふざけるんじゃねえッ!」
ビクッとしてゴン太が振り返る。
ポッポ屋も、「おや?」という顔でデン助を見た。
「黙って聞いてりゃ、利いた風な口を叩きやがって!」
デン助は目を血走らせて本気で怒っていた。
「デ、デン助さん……?」
「いいかッ! オレは、死ぬほど悩んで苦しんで、さんざん暴れてのたうちまわって、それでも……それでも、どうしようもねえから、ジタバタもがいたあげくにここにいるんでえ! めえさんは、まだなんにも苦しんでねえじゃねえか!」
「……」
「なんにも苦しまねえうちから、わかったような口をきくんじゃねえッ!」
デン助が肩で息をする息遣いだけが、沼のほとりに響いていた。
ポッポ屋が黙って目を閉じる。
ゴン太はシュンとしてうつむいたまま、また大粒の涙をこぼしていた。
三匹の間に、鉛のように重い時間が流れた。
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