第13話『わら一筋の』
ゴン太はドキッとしたまま、息を吸うのも苦しくなって、その場から一ミリも動けずにいた。
ポッポ屋は、あいかわらずどこをみているのかわからない目でじっと正面を見据えていた。
デン助は、場の空気を変えようと明るい口調で先を続けた。
「ヘン! オタマジャクシの頃はよかったぜ! 自慢じゃねえが、仲間うちでも泳ぐのは早かった方さ!」
記憶のないポッポ屋が、まるで自分の過去を振り返るようにしてその黒い目を閉じた。
「ところがよ、両手両足がはえ出して、尻尾が短くなってきた途端だい、どうにもこうにも水中でバランスが取れなくなっちまった」
ゴン太の目には、もう涙がにじんでいた。
「ほら、見てくれよ。こんなに立派な水かきだってあるんだぜ?」
デン助が水かきを、ぼんやりとした陽ざしに透かしてみせる。
「ところがどっこい、かけばかくほどどんどん沈んでいきやがる! 気がつきゃ仲間に助けられ、泥の岸辺で青空をおがんでた」
「デン助さん……」
ゴン太の目からとめどもなく、大粒の涙がこぼれ落ちてゆく。
「それからは、この泥んこだけが終の住みかよ」
デン助は、涙こそ見せなかったものの、一度だけ鼻水をすすって、照れくさそうにポリポリと鼻の頭をかいた。
「デン助さん……ボ、ボク……ごめんなさい」
「なんでゴンの字が謝ってんだよ」
「だってボク……」
「確かにオレは泳げねえ。当時は悩みに悩んだもんだが、こいつばかりはどうしようもねえ。けどよ、オレはカエル相撲の世界じゃあ本当に名が売れてるんだぜ?」
デン助がさっぱりとした口調で言う。
「それに前にも言ったが、オレは口喧嘩ではいっぺんも負けたことはねえ。もしも口喧嘩の大会がありゃあ、必ず天下とってみせるぜ!」
ようやく、ゴン太の顔に少しだけ笑顔が戻る。
「まあ、わら一筋の自負ってヤツかもしれねえがな」
デン助がまた鼻の頭をポリポリとかく。
「さあ、ポッポ屋。これでわかったろう? めえさんには悪いが、オレにはできねえ相談ってこった」
ずっと目を閉じていたポッポ屋が目を開く。やはり、どこを見ているのかわからない目だった。そのポッポ屋が、ひとつ大きな息をついて言った。
「デン助どの、わたくしの勘が間違っていたら申し訳ないのですが……ひょっとすると、今のはつらい話だったのでしょうか?」
ゴン太とデン助は思いっきりずっこけた。
「ポ?」
ポッポ屋がキョトンとした顔で首をかしげる。デン助はそれを見て、ほとほとあきれ、しまいにはなぜか笑いたくなった。
「ったく、頭がいいのか悪いのかわからねえ野郎だな!」
ゴン太も笑った。
しかし、ポッポ屋は笑うどころから、どこを見つめているかわからないその目を珍しくキリッとさせ、デン助に向けた。
「デン助どの、わたくし、今のお話に感動してしまったんですポ!」
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