第6話『イカレルドブロクガエル』

 おなかを押さえてうつむいているゴン太を見つめ、デン助はさもありなんという風に頷いた。


「……やっぱりそうかい。めえさんがたオオカミが、いざとなりゃあなんでも食っちまうのは、オタマジャクシだって知ってるこった」


 デン助は、地下にあるマグマのせいで一年中凍ることなく、ボコボコッとくさい泡を吐き出し続けるクッサレラの沼を一度だけ振り返り、大きな息をひとつ吐いた。

ただでさえ、寝起きで動きのにぶいカエルが、目の前にいるオオカミから逃げられるわけはない。それに……どこに逃げろというのだ、この俺に。

 デン助が、でんとあぐらをかいて座り込んだ。


「煮るなり焼くなり好きにしろい! と言いたいところだが、黙って食われるほど俺は甘くもねえし、うまくもねえ」


 デン助がキッとゴン太をにらみつけると、ゴン太はゾッとして後ずさった。


「ここいらに住むカエルはな、〝ドブロクガエル〟といって、攻撃された瞬間、猛毒をお見舞いできるカエルだ。嘘だと思うなら噛みついてみな。巨象も一撃――とまではいわねえが、めえさんがたオオカミの百匹や二百匹、冥途に道連れにするくれえ――」

「ち、違います違います!」


 ゴン太は、ブルブルッと激しく首を横に振った。


「あん?」


 デン助が怪訝な顔でゴン太を見る。


「あ、あの、ボク、確かにおなかはちょっぴり減ってますけど、そ、そういうアレで、ここに来たんじゃありません!」


 必死に弁解するゴン太。

 デン助が、ホッと肩をなでおろし、「そうかいそうかい」と、微笑みながらうんうんと頷いた。

ゴン太も、ニコニコしながら一緒に頷く。

次の瞬間、ギョロッと大きな目をむき、デン助が怒鳴った。


「だったら、いってえなんのようでえッ!」


 ゴン太が驚いて飛び上がる。


「確かに目覚めの春はすぐそこでえ! そんなことは言われなくたってわかってらあ!」


 目を見開いたまま生つばを飲み込んでいるゴン太を尻目に、デン助は水かきのついた指と指で小さな隙間を作って見せた。


「でえじなのは、このあと少し! あと少し眠れる時分が一番気持ちいいってことよ!」


 よく寝坊をするゴン太にも、その気持ちはよくわかった。


「めえさんはそれを邪魔しやがったんだ! 一体どういう了見してんでえ!」


 いつのまにか、ゴン太の目には涙があふれ出していた。ボロボロと大粒の涙がこぼれてゆく。


「ご、ごめんなさい……ボク、認めてもらいたくて……一生懸命走ったら、とっても臭くて……誰もいなくなってて……」


 まさかこんなに大泣きするオオカミがいるとは思ってなかったデン助。面食らいながらも慌てて声をかける。


「よ、よう! なにもカエルに怒鳴られたくらいで泣くことはねえだろうが」

「だって……だって……」


 それでも、ヒックヒックと涙が止まらない。


「めえさんの話は、どうもチンプンカンプンでさっぱりわからねえんだがよ。つまりなにかい、群れからはぐれちまったってのかい?」


 ゴン太がコクンと頷く。


「だったら悩むことはねえやな。縄張りに戻りゃあすむ話じゃねえか」

「無理です」

「は?」

「だって、わからないんだもん……」

「わからねえってことがあるかい。来た道を戻りゃあいいんだからよ」

「それがわからないんだもん! ウォ~ン! ウォ~ン!」


 ゴン太が、とうとう遠吠えするように本格的に泣き出してしまう。

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