第5話『でえじな質問』
オオカミが目の前にくると、さすがに気の強そうなカエルからも、ジワッと妙な汗がでてきた。
カエルは「ええい、ままよ!」と覚悟したように、モジモジしてるオオカミに向かって話しかけた。
「めえさんに、ふたつみっつ確認してえことがある」
「え、そんなに!?」
心配そうに見つめてくるオオカミを安心させるようにカエルは言った。
「で、でえじょうぶだよ。そんなに難しい質問じゃねえ」
オオカミはホッとしたようだった。質問に答えるのはあまり得意ではないらしい。
「まず第一に、めえさんは……オオカミだよな?」
オオカミにしてはやけにでっぱったオデコと、ライオンのたてがみのようにフサフサした首周りの長い毛を眺めながらカエルは言った。
「は、はい。ボク、オオカミです。ゴン太っていいます」
「おう、ゴン太ってのか。道理でゴンゴンやかましいわけだ」
ゴン太は申し訳なさそうな顔をして、しょんぼりした。
「おっと、すまねえ」
カエルは、気をとりなすように慌てて自己紹介した。
「オレはデン助ってんだ。この沼地に住んでずいぶんになる」
「デン助さん?」
「おう、カエル相撲の世界じゃあ、そこそこ名は売れてる。口喧嘩ならいっぺんも負けたことはねえ」
「へえ~! すごいなあ!」
オオカミに素直にすごいと言われて、まんざら悪い気もしなかったデン助。だが、ふたつ目の質問を思い出して、ふと真剣な顔に戻る。
「オレの話は置いとくとして、でえじなのがふたつめの質問よ」
「は、はい!」
ゴン太も襟をただすように尾っぽをたたみ、しゃんと座りなおした。
「めえさん……オレを食いにきたのかい?」
ゴン太が小首をかしげる。
デン助は、あたりに残っている雪の量を確認するように、左右を見回してから先を続けた。
「この時分ともなりゃあ、そろそろ、めえさんがたオオカミが腹をすかせて騒ぎ出す頃だ」
ゴン太がハッとしたように、自分のおなかを前足で隠した。
冬の終わり、動きの鈍かった草食動物たちが体力を取り戻し始め、オオカミたちから逃げきれることが多くなっていた。
もっともゴン太は、獲物が十分にとれる冬の間でさえ、空腹になる日があった。群れで囲い込むことに成功した獲物を、自ら道を譲るようにしてとり逃がしてしまうために、罰として巣穴の洞窟に幽閉されることがあるのだ。
幽閉されている間は、みんなの食べ残しの骨をしゃぶらせてもらえればいい方で、基本的には飯抜きだった。おなかがすくのはとても苦しく、洞窟の中で涙を流しながらのたうちまわった日々も、一日や二日ではなかった。
だが、それよりつらいのは、群れから仲間はずれにされることだった。声をかけても無視されたり、からかわれたり、ときには、よってたかって噛みつかれたり……。
ゴン太は、一定時間、別の楽しいことを考えてやり過ごすと、空腹が気にならなくなることを発見していた。久々にありつけたときのご飯が、普段の何倍も何十倍も、涙がこぼれるくらいおいしく感じることも――けれど、いじめられる痛みは、胸の奥にこびりついたサビのように、取り除くことが難しかった。
空腹ならば、「おなかすいたなあ」と思い始めない限り、しばらくはおとなしくしていてくれる。
幽閉処分やいじめにさらされるたび、こんなことはもう絶対イヤだと思う。次こそは頑張ろう、役に立ってみせようと決意する。けれど、群れに包囲され、絶体絶命におちいった動物たちが見せる、あの必死な形相を目の当たりにすると、思わず道を譲らずにはいられなくなるのだった。
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