第2話『目算』

 フブキの後ろで黙ってやりとりを聞いていた眼の細いオオカミが、面白くなさそうにフブキに言った。

「アネゴ、ゴン太のヤツ、ひとりで行かせて大丈夫ですかい。アイツは筋金入りの方向音痴ですぜ?」

「あたいが本気であの子なんぞに期待していると思うのかい、ハヤテ?」

 ハヤテと呼ばれたオオカミが、俄然興味をかきたてられたように身を乗り出し、フブキの隣に並んだ。

「と、おっしゃいやすと?」

「あの子がいたら、また作戦をだいなしにされかねじゃないか」

「確かに、それで痛い目にあったばかりでやしたね。あっしらまでお咎め食らっちまって……」

 ハヤテが細い目をさらに細める。

「だから、あの子には見当違いなところへ行ってもらわなきゃ困るんだよ」

「へ?」

「あの子がいないだけで、あたいらはチームの力を十二分に発揮できる。少なくとも、この間のような失敗はしなくて済むだろう?」

「それもそうでやすね」

「ケケケ」と笑って頷くハヤテをフブキがチラッと見やった。

「万が一、この作戦にしくじったときには、敵前逃亡前科百犯のあの子が、ひとり勝手に飛び出して、群れの統率を乱したせいにできる」

「なるほど」

 ハヤテがいっそう顔を輝かす。

[もっとも、あの子が本当に獲物を止められるっていうなら、あたいはそれでも構わないんだけどね」

「へ?」

 不敵な笑みを浮かべるフブキを見て、また曇り顔になるハヤテ。

「考えてごらん。あたいらは、驚いて舞い戻ってくる獲物をしとめるだけでいい。それだけでチームの格はあがって、分け前もたくさんもらえるんだよ」

「そ、そうでやすが……」

「そう。そんなことはまずありえない。けれど、これでどっちに転んでもあたいらに損はないじゃないか」

 フブキが舌なめずりして妖しく微笑む。

瞬間、ハヤテは恐ろしく美しいものを見た気がして、ゾクゾクするような興奮をおぼえた。

「さ、さすがはフブキのアネゴだ! 考えることがあっしらとは違いまさあ!」

「世辞はいいから。ここで獲物を見失ったら元も子もないよ」

「へへ、そうでござんした!」

「さあ、行くよッ!」

 まるで一匹のイキモノのごとく、きれいにまとまっていたオオカミの一群が、フブキの掛け声でいっせいに横に広がり、必死に逃げ惑うはぐれ鹿を包み込みにかかった。

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