さよなら三角、また来て四角
うたがわ きしみ(詩河 軋)
第1話『冬のオオカミ』
グーチョキ山の冬が終わろうとしていた。
山頂の雪解け水が、谷間を縫って流れ出し、モッサモサに茂ったモッサレラの森を潤しながらふもとの沼へと注がれてゆく。
沼はクッサレラの沼と呼ばれ、底に溜まった泥が腐って強烈な異臭を放っていた。鼻が曲がりそうなほどひどくにおったが、栄養は豊富らしく、黒々とした樹木が周囲に密生していた。
モッサレラの森のはずれ、オオカミの群れが一匹のはぐれ鹿を追っていた。
冬が終わりに近づくにつれ、オオカミたちの天下は色あせる。食べる草もろくになく、降りしきる雪と寒さに体温を奪われ、動きのにぶっていた草食動物たちも、春になればいっせいに息を吹き返す。その兆しはすでに現れ始めていた。
「クッ! すばしっこい野郎だ!」
あと一歩のところではぐれ鹿を追いこめず、イラだった声をあげるリーダーのギンジ。ひときわ大きい体を持ち、後頭部から背にかけて針金のように尖った銀毛がはえている。ギンジがはぐれ鹿から目を離さず、鋭い声で仲間に指示を飛ばした。
「コテツ! お前らはあっちから回り込め!」
「ヘイ」
眉間に三日月型の傷のあるこわもてのオオカミが、一群の仲間を引き連れ、指示された方角へと素早く回り込んでいった。
「フブキ! お前らは向こう側から追い立てろ!」
「あいよ」
全身真っ白な毛に覆われ、利発そうな顔をしたオオカミが、別の一群を引き連れて、コテツとは反対の方角へと折れ曲がっていく。
フブキが速度を落とさないまま、一番後ろを走っていたオオカミを呼んだ。
「ゴン太! ちょっとおいで」
オデコのでっぱった不器量なオオカミが、ぐんとスピードをあげて、一瞬でフブキの隣に並んだ。首まわりの灰色の毛が異常に長く、ライオンのたてがみのようにフサフサしている。
「はい! ゴン太、来ました!」
「ゴン太、おまえは仲間うちじゃあ、一番泣き虫で臆病なオオカミだ」
フブキの後ろにピッタリとつけていた目の細いオオカミが「ケケケ」と笑った。
ゴン太は、また説教されるのかと思ってシュンとした。
「けれど……足は誰よりも速いし、その気になれば大木だって倒せる石頭を持ってる」
ゴン太はクイッと自分の突き出たオデコを見上げ、口元をだらんとほころばせた。しまりの悪くなった口元から大量のヨダレが流れ出す。ヨダレは風の抵抗を受け、ゴン太の顔にベトベトと張りついていった。
眉間に小さなしわを寄せて、フブキが先を続けた。
「春はもうそこまで来てる。そうなれば、獲物はますます狩りにくくなる。獲物がとれなきゃ飢えて死ぬのはあたいたちだ。言ってることがわかるかい?」
「はい! ゴン太! 全然わかります!」
顔中をヨダレまみれにしながら、ゴン太はこたえた。
フブキがあきれたように首を振る。
「この狩りに失敗は許されない。だから念には念を入れる。お前は森を迂回して、反対側から獲物をせき止めるんだ。やれるね?」
「ゴン太、全然できます! 森を回り込めばいいんですね!」
ゴン太はスピードをあげ、そのまま森の茂みへ突っ込もうとした。
「お待ち! もっと向こうからひそかに回り込むんだよ!」
フブキが慌てて声をかける。
「え!? あ、はい! 向こうですね!」
ゴン太は茂みの前で急転回し、遠回りするようにして森の中へ入っていった。
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