む(六)ノ歌

 次の日もまた、放課後に見回りの予定であった。

秋華あきかはカバンに教科書などを仕舞い、席を立つ。

待ち合わせの時間までなにしてよう、と思いながら教室を出ようとした所。


「あ! 七霧ななきりさん、ちょっといい?」


そう声を掛けて来たのは同じクラスの子であった。


「あ、はい。 なんですか?」


その子は眉をしかめジッと秋華を見つめる。 そして。


「固い! 固いよ。 七霧ちゃん!」


いきなり砕けた口調で話し始めた。


「と言うか、七霧ちゃん、あたしの名前まだ覚えてないでしょ?」


と、言われドキッとする。 たしかに、今だクラスの全員の名前を覚えきれてはいない。


「あ、あの、ご、ごめんなさい」


そう言って頭を下げる秋華を慌てて止める。


「ああ! 違う違うっ別にそんな事言いたかった訳じゃ…… ゴホンッ! あー改めて、あたしは坂下さかした 恵夢めぐむ


恵夢と名乗った少女は、黒髪を背中まで伸ばし額の真ん中で分けて流している。 顔は美人と言って問題ないレベルであり、背も秋華よりもよほど高く、スタイルもいい。

そのブレザーを押し上げる見事な胸は、秋華と比べるべくもない。 同年代に比べてもかなり大人っぽい。

恵夢はそれでね。 と続ける。


「七霧ちゃんはまだクラブとか入ってないでしょ?」


「はい、まだ」


その秋華の返事に、よしっとばかりに頷き続ける。


「でさ、七霧ちゃん、オカルトとか興味ない?」


「へ? オ、オカルト?」


思ってもみなかった言葉に困惑する。

恵夢はそんな秋華を見て、話を続ける。


「あたしはオカ研、オカルト研究部の部長なんだけど。よかったら七霧ちゃん入ってくれないかなあと思ってね?」


オカルト研究部。 この学校にはそんな部もあるのか、と秋華は感心した。

しかも一年であるのに部長とは、彼女はすごい人なのだろうか?


「あ! オカ研って言っても、この学校じゃ創立当初からある由緒正しい部なんだよ?」


それはたしかにすごい。 そもそもほとんどの学校ではそういった活動は同好会止まりなことが多く、なかなか部にはなれないのが現状だろう。

それを考えるに、このオカ研はきちんとした成果や研究をマジメにしているのだろう。


「どう? どう? 入りたくなってきた?」


まだろくに説明もしていないのにグイグイ攻めてくる恵夢。

秋華はタジタジになりながらなんとか答える。


「あ、あの急には決められなくて……」


「えーそうなのぅ? じゃあ、じゃあ何時ならいい?」


最初、ガッカリした様子だったがすぐさま表情を明るくさせ聞いてきた。

なんとも表情がクルクル変わる子である。


「え、えーと」


なんと答えたものかと秋華が悩んでいると、恵夢の背後から彼女の友達らしい子からお呼びがかかった。


「はーいっ、すぐ行くっ! じゃあさ入りたくなったら声かけてよねっ! じゃあね~♪」


と、秋華にヒラヒラと手を振りながら去っていった。

それを見送りながら、秋華はそのパワフルさに苦笑する。


「元気な人だなあ……」


「なにが?」


「ひゃああっ!?」


いきなり耳元で声を掛けられ、思わず悲鳴を上げてしまう。

下校や部活に行くために、廊下に出て来た生徒達が何事かと秋華を見る。


「あーごめんごめん、なんでもないわよ」


そう言って生徒達に大した事じゃないからと説明するのは、燕子花かきつばたの双子の姉、志乃しのであった。

志乃は松葉杖を突きながら、わざわざ三階にある一年の教室に来たのだろうか?


「まだ待ち合わせには時間あるでしょ? ちょっと付き合ってよ」


志乃はそう言って秋華を見る。

秋華は頷きを返した。 それを見て志乃はクルリと踵を返し、顔を顰める


「いたた」


「だ、大丈夫ですかっ?」


慌てて秋華が尋ねると。志乃は苦笑を返しながら大丈夫と言う。

そうこうしながら、二人は三階の校舎同士を繋ぐ通路にある自販機のある休憩場で、設置してあるベンチに腰を下ろす。



「なにか飲む? 奢るわよ?」


「あ、い、いえ、いいです」


飲み物を奢ると言う志乃を断って申し訳なさそうに見る。


「そう? えーとね、まあ大した事じゃないんだけど。 秋華さん、貴女の保護者の、空音そらねさん。 お元気?」


その言葉に秋華の表情が固まる。

それを見た志乃は、これはなにかあると気を引き締めた。


「秋華さん大丈夫?」


志乃は秋華の肩に手を置くと優しく語り掛ける。


「あ、あの。 そ、空ちゃんはその……」


「あれ? 志乃? どうしたこんな所で?」


と、そこで声を掛けて来たのは静流しずるだった。


「静流こそどうしたのよ?」


「僕は時間潰しでジュース飲みに来たんだけど。 七霧も一緒にどうしたの?」


「別に世間話でもってね」


「ふーん。」


志乃の目は、後で話すと言っているので今はいいだろうと、双子の以心伝心で考える。


「よしっ私は行くわ。 見回りがんばってね」


そう言うと松葉杖を使って器用に立ち上がる。


「おい大丈夫かよ」


静流が心配そうに言うが。


「もう慣れたわよ、じゃあね」


と、去っていった。

後に残された秋華と静流は顔を見合わせ肩を竦めるのだった。

その後、なんか飲む? という静流の好意を申し訳なく思いながら断りしばし逡巡しゅんじゅんした後、声を掛けた。


「あ、あの、静流先輩、ご相談というか、なんというか……」


最期の方はゴニョゴニョ言ってて聞こえなかったが、相談と言われ静流は秋華に向き直る。


「うん、なに?」


「あの、えっと、実はオカルト研究部? に誘われまして、それで」


それを聞いて静流は驚き、いいかもしれないと思った。


「七霧はどうしたい?」


そう静流に問われ、秋華は考える。

私はどうしたいんだろう……

考え込んだ秋華に静流は話しておく事にした。


「七霧、出来るなら入ってもらうほうが助かるかな」


「えっ? そうなんですか? 助かる?」


なぜオカ研に入ると助かるのか?


「悪霊浄化のシステムは話したよね?」


それに頷く。 それを見て再び静流は説明を続ける。


「学校に集まった雑多な霊がカタチを持って、それを僕達が浄化するって事なんだけど、霊の状態にも色々あって、なんの意思も存在しない無害な浮遊霊、意思を獲得し現世に干渉できるようになった悪霊、霊が実体を持った呪霊。 その中で呪霊なんだけど、霊が実体を持つ方法として受肉、つまりヤツの影響を受けての事だけど。 それともう一つ、人の思いや伝承、もしくは怪談話。 これらの思念を吸収する事で実体となる霊もいるんだ」


それは噂に左右されるが、それによって話の内容によっては強力な悪霊が生まれる、もしくは呪霊か。 なのかもしれないという事だった。


「そこで、僕達は噂を操作する事にしたんだ」


噂を操作する。 そんな事が出来るのだろうか。


「と言っても、精々出てくる場所を戦いやすい場所にするとか、どんな攻撃も効かない。 なんて噂を消すとかくらいだけどね」


それは、確かに重要であるかもしれない。 話によっては100匹の化け物が現れる。 なんて話が出てくるかもしれないのだ。


「で、学校はオカ研を作って噂、怪談のたぐいだね。 を誘導、操作してきた訳なんだけど。 今年になって、部長が入れ替わってから情報が入らなくなったんだ」


部長、坂下さんになってから? 秋華は坂下の顔を思い浮かべた。

あの時は明るくて裏表のない人物に見えたのだが。


「学校のHPホームページ内にオカルト掲示板があるんだけど、今学校側から管理画面を見れないんだ」

 

HPが見れなくなったのは、坂下が部長になってからすぐだと言う。

元々部長は組織の者が勤めるようになっていたのだが、昨今の人手不足により実働部隊を優先したため、こういった裏方の人員の確保が遅れた。

それにより、此方の者でない坂下 恵夢が部長に選ばれてしまった。

つまり、現在のオカ研に組織の人員は一人もいない。


「さらに、今のオカ研は部長のお眼鏡に適った生徒じゃないと入部出来ないんだ」


「それは……」


「まあつまり、七霧には怪談の事前情報なんかを期待してるって事だな」


部活の相談が、思いもかけず大げさな話になってしまったと、内心秋華はため息を吐くのであった。







前川まえかわは、喫煙室で一人タバコを美味そうに吸っていた。

今日はシフトに入っていないため、この後帰宅する予定だが、その前にとここへ来た。

イスに座り窓から外を眺めながら、昨日の事を、さらに言うなら志乃の言葉を、いや、その表情を思い出していた。

あの表情はどこかで見たような…… バカか、忘れられる訳がない。

あれは、あの表情は。


須藤すどう……」


ため息と共に吐き出す名前、それは彼にとって忘れる事など出来ない名前だった。


『先生、お願いがあります。 私と、私を……』


もし、もしも、あの”お願い”を聞かなかったら? 今頃彼女は……

いや、それだとあの子はどうなるというのだろう。


「今更言っても、な」


一本目のタバコが尽き、前川は二本目を取りだし火を着ける。

なにかを振り切るかの様に深く深くタバコを吸い込み、むせた。


「ゲホッゴホッ、ああ畜生。 シリアスはガラじゃないってか?」


「そうだね先生にシリアスは似合わないよ。 てか無理?」


突然背後からの声に慌てて振り向く。

それはとても懐かしい、懐かしい声だったのだ。


「いやー、相変わらず煙臭いね、ここ」


喫煙室の扉に寄りかかるようにして立っていたのは。


「オマエ……」








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