いつ(五)ノ歌

 放課後の見回りは静流しずる秋華あきか、そしてジョンの三人で暫くしばら行うことになった。

志乃しのは家の者が迎えに来て帰っていった。

ジョンは先ほどの戦闘での反省と、前衛がいなくなった事で、一度教会に戻り防御に優れた人形である聖バルバラを用意して戻って来た。

この学校は18時以降の生徒の居残りを禁止している。

それはもちろん悪霊に出会わない為の措置ではあるが、こういった見回りとの遭遇を防ぐためでもある。

自分達はそんなに見た目に異常はないが、人によっては刀などで武装している場合もあり見つかれば問題となるだろう。

まあ、と秋赤は思う。 ジョンの人形を見たら映画の撮影だと思われそうだけど。

そんな秋華に静流が話しかけて来た。


「じゃあ七霧ななきり、色々レクチャーしようと思うんだけどいいかな?」


「あ、は、はい。 お願いします」


そう言われ気を引き締める。


「じゃあ、基本的な所から。 僕らの使う力とは一般的に魔術、呪術なんて呼ばれる力の事で、基本的には体内にある呪の力を力ある言葉に乗せて体外に放出する現象の事。 ここまではいい?」


「え? あの魔術と呪術の違いはどう……?」


「ああ、それはね、乱暴な言い方だけど力ある言葉が世間でいう魔術ぽいのか、真言マントラぽいので呪術だとかで区別されるかな。 要は基礎となる力はまったく区別がないって事」


そう言われて秋華は混乱した。

え、え? どういう事?

そんな秋華を見て静流、ジョンは苦笑する。 まあ幼少時より修行していた自分達は常識だが一般人だった彼女は仕方ないだろうと。


「まあ難しく考える事はないよ。 自分が納得出来れば魔術の勉強をする必要すらないしね」


「は、はあ……」


なんか思ってたのと違うと、肩透かしを食らった気分である。


「それで、なんだけど、七霧はさなんか気になる呪文とかない?」


そう言われ少し考える。 呪文と言われても…… そうだ。 夢の中で空音そらねが唱えていた。


「えっと、おん、あびらうんけんそわか?」


それを聞いた静流はよく知った呪文だと言う。


大日如来の五字真言だいにちにょらいごじしんごんだね。 真言系ならウチは詳しいよ。 志乃も使ってたろ?」


そう言われれば確かに。


「えっと、まりしえいそわか?」


「うん、摩利支天真言まりしてんしんごんだね」


なるほど、あれは真言と言うらしい。


「じゃあその呪文にする?」


空ちゃんも使っていた事だし、いいかもしれない。


「はい、そうします」


ジョンを先頭に、三人は廊下を歩きながら術の手ほどきを始める。


「まず、その言葉が自分にとってすごい物だと、悪霊を滅ぼす力だと信じる事」


信じる……


「そして、その言葉に乗せて自分の力が外に放たれる姿を想像する」


イメージ……


「呪文を唱え、そして力が放出される」


「おん、あびらうんけんそわか」


すると、秋華のかざした手のひらに小さな光が灯り、すぐに消えてしまった。


「ああ……」


それを見て秋華はがっかりするが、静流達は驚いて喜んだ。。


「すごいな。 もう出来るなんて」


「そうですネ! 普通は何年も修行しないとですノニ」


そう言われ、お世辞だと分かっていてもうれしかった。

その後何度か繰り返してようやく小さいながらも光の弾を飛ばすことに成功したのだった。





志乃は車の中、何時もの家、実家ではなく学校に通うために借りた家。 とは違う道であることに疑問に思い運転手に尋ねた。


「ねえ、どこ行くつもり?」


少し険のある質問に、運転手は淀み居なく答える。


「ご当主様より本宅へお連れせよとのお達しです」


そう言われ志乃は困惑する。


「お父様が?」


「そう伺っております」


父が自分を呼び寄せた。 一年以上も離れて暮らしていてまったく連絡すらしてこなかった父が?

もちろん邪険に扱われていた訳ではない。 学校に通うために、近い所に家を借りたいと言ったのは自分達なのだ。

まあそれから一年以上も本宅によりついていないのだが。

まあ着けばわかるか、と志乃は呑気に構えた。

やがて、車は大きな日本家屋、燕子花かきつばた邸へたどり着いた。

門が自動で開き、そのまま中へ車が入っていく。

その広い庭をゆっくりと走り、ようやく屋敷の玄関にたどり着く。

玄関口には、数人の使用人が並び志乃を出迎える。


「おかえりなさいませ。 志乃お嬢様」


志乃が降りてすぐに挨拶してきたのは、長年燕子花家に仕えてくれているお手伝いさんの幸恵ゆきえさんだ。


「お久しぶり幸恵さん。 お父様は?」


「書斎でお待ちですよ」


それではと、他のお手伝いさんに手伝われ屋敷の中を進む。


「足の方は大丈夫なんですか?」


幸恵は心配そうにケガの具合を聞いてくる。


「大した事ないわよ」


自分の未熟さを指摘されたようでつい肩ひじを張ってしまう。

幸恵はそんな志乃を見、懐かしさを覚えた。

そうして少しの間思いで話に花を咲かせていると、書斎の前に到着する。


「お父様、志乃です」


「入りなさい」


志乃が部屋の前で声を掛けると、すぐに応答があったのでそのまま中に。

中に入ると壮年の男性が椅子に座っていた。

燕子花家の当主である燕子花 和人かずとである。


「ねん挫だったな。 しばらく安静にしてるがいい」


志乃の足をちらりと見てそう告げると、すぐに本題に入った。


「学校に七霧の養い子が転校してきたそうだな?」


予想外の質問に志乃は困惑する。

養い子? 秋華の事?

だとしてもなぜ? まさか疑体の事を知っている?

考えていても仕様がないので聞く事にする。


「それは秋華さんの事ですか?」


「そんな名前だったな」


「ええ、最近転校してきましたけど?」


それを聞いて和人はしばし考え。


「そうか…… 志乃は空音に会ったか?」


空音さん? 


「いえ、まだお会いしてません」


前回の封縛ふうばくの巫女、会えるものなら会ってはみたいが。


「なんなんですか、お父様、まどろっこしい!」


そう志乃が言った瞬間和人は噴き出した。


「ブハッ、すまんすまん! そうだな。 まどろっこしいのはやめだ」


「志乃は空音の事は覚えていないか?」


「だからどういう事ですって?」


「昔、空音はウチで修行していたんだぞ?」


そう言われ志乃は驚く。

ええ!? 初耳なんですけどっ!?


「お父様、く、詳しくっ!! ってあいたっ!?」


思わず父に詰め寄りかけて、痛めた足を床に付いてしまい激痛にあえぐ事に。


「まったく安静にしろと言ったばかりだろうに。 まあいい。 空音の事だったな。 たしか、お前らが生まれた時に出て行ったんだったなそう言えば。 子供が生まれて大変だろうから居候は邪魔になるとかいって消えたが…… アイツの事だ、赤子の世話をさせられるのがイヤで出て行ったに違いないな」


そう懐かしそうに言う父親から、本当に空音はここにいたのだと感じた。

なんて狭い世間なんだろうと少し呆れてしまったではないか。


「まあつまり、空音はオマエの姉弟子と言う事になるな」


そうなるのか!

志乃は考えてもいなかった事実に驚くが、でもそれがどう?


「秋華くんを助けてあげなさい。 あの子はつらく厳しい運命に捕らえられている」


「それは一体どういう事です?」


「それは今は言えん。 だが、再封印委員会には気を付けろ」


そう言うと、部屋に戻って休みなさいと言って志乃に退出を促す。

こうなると、なにを言っても口を割らない事は知り尽くしている。

志乃は不承不承自分の部屋に戻った。


一体どういう事? 秋華さんを助けてやれ。 は、まあ分かるけど。 再封印委員会?

彼らがどう関係するのかしら?

その内考えても分からない事は考えないと、夕飯まで休むこと事にしたのだった。






ー お母さんできた! -


ー こーら!お母さんじゃないだろ? -


ー あ! そらちゃんできた! -


ー おー! うまいもんだね。 秋華は才能あるよ。 -


ー えへへ もっともーっとうまくなってそらちゃんをまもってあげるねっ! -


ー そうかーたのしみにしてる。 ー


「空ちゃん…… 私、化け物なの?」


「どうした秋華?」


「夕くんが言ったの、こんなに早く大きくなるやつは化け物だって!」


「秋華……」


「ねえ! 私まだ4歳だよね? でも皆15歳くらいに見えるって! 気持ち悪いって!」


「あのな、秋……」


「空ちゃんは、私を捨てるの?」




……空ちゃんはその時なんて答えたんだっけ?

あれから見回りも無事終わり、本来はこんなものらしいが。 家に帰り、疲れからかすぐに寝てしまっていた。

懐かしい夢。

夕くん…… か。

もう顔も思い出せない、幼馴染の事を思いだし苦笑する。

あれが自分が化け物だって自覚した日だったかな?

あれから二年経ったのか。

夕くんは今は6歳だよね。

私も6歳だ。 6歳の高校生ってすごいよね?

そしてガバッと布団を頭からかぶり寝ようとしたが。


「お風呂入ってこよう。」


そう言ってお風呂の準備をしに向かうのだった。

 

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