よ(四)ノ歌

 見ていない訳ではなかった。 志乃しのはむしろ、さかきの動きを追っていたはずだった。

だが、ゆっくりと歩んでいたと思ったら、何時の間にか【眷属けんぞく】の目の前にいた。

さすがの【眷属】も驚いたのか、慌ててその腕を榊に向け手刀を繰り出す。


払えば薙刀なぎなた。 榊がその手に持った棒、白木の杖をその腕に対して払うと、【眷属】の腕を弾き体勢を崩させた。


突かば槍。 そのままその場で身体を回転させ、その勢いで杖を突き込む。 そしてそれは、【眷属】の腹に突き刺さる。


持たば太刀。 榊は杖の根本を親指、人差し指、中指のみで握っていたのを手を滑らせて少し上の所でグッと握りしめる。 そして、それを突き刺さしていた胴体から引き抜きざま、横一閃と振れば【眷属】の首がポンと飛んだ。


「……杖はかくにもはずれざりけり」


榊はそう呟いて【眷属】に背を向ける。


「さ、榊さんっ! あいつは凄い再生力で!」


慌てて静流しずるが声を掛けるが、榊はそっけなく。


「再生などしない」


と言った。


【眷属】はその言葉通り、再生しないばかりか、ゴボゴボと音を立てて身体が消滅しようとしている。

志乃達がそのあっけない最期に驚愕していると、榊は志乃の元へ向かった。



志乃はやっと終わったという思いと、あんなに強かった【眷属】があっけなく倒された事に気が抜けてしまい、床に崩れ落ちるように座り込んでいた。

そこに榊がやってくる。


「あ! 榊さん、わた……」


志乃がなにか言いならが立ち上がろうとするのを手で制し、しゃがみこむと志乃の右足首を指さし、触るぞと言い置いて軽く触れた。


「いたっ!?」


軽く触られただけなのに激痛が走る。


「捻ったか、挫じいたかしたようだな。 静流、保健室に連れて行ってやれ」


そうこうしている内に、前川まえかわ達教師陣もやってきた。


「無事かっ?」


外見からは分かりずらいが、護符やらマシマシの完全決戦装備である事に気付いた志乃は思わず吹き出してしまった。

そして、一つ頷くと、前川に告げる。


「足首を挫いたみたいです。 ……先生、保健室、連れてってください」




次に榊は、秋華あきかの側まで行き座り込んでいる秋華を見下ろす。


「恐ろしかった、いや違うな。 悔しかったか?」


秋華はそう言う榊の目を見て恐れを抱いた。

深い、なんて深い。 闇の奥の奥、榊の瞳に、秋華はそんな印象を受けた。

み、よどみ、そして疲れ果てた。 そんな目だと思った。

その恐ろしい瞳で自分を見つめている榊。

やがて榊は秋華にこう言った。


「悔しいなら強くなるしかない。 恐ろしいなら逃げるしかない。 少なくともここではな」


とだけ言い、再び踵を返すと、自分が吹き飛ばした戸まで行き、それを見降ろしため息を吐く。


秋華は俯き、先ほどの榊の言った事を考える。 強くなるしかない…… か。

私は、強くなれるのだろうか。

じっと自分の右手を見る。 この力を使いこなせればもしかしたら。

でもどうやって?

さっきだって全然出来なかったではないか。

秋華は戸を持ち上げようとしている榊を見、ついで志乃を見る。

志乃は、前川先生に保健室に連れて行ってもらうようだ。

ついでジョンを見、最期に静流を見て、静流が自分を見つめていることに気付いた。


「あっ」


思わず声が出てしまった。

それを聞いてか静流がこちらにやってくる。


「落ち着いた?」


今までは険がある態度だったが、今はとても気づかわし気で秋華はホッとした。


「は、はい、あの、すいませんでした……」


秋華はそう言うと俯く。

そんな秋華を見て、静流は逡巡しゅんじゅんしたが意を決するとソッと秋華の肩に手を置く。


「なあ、七霧ななきり。 もしよかったらさ、僕が力の使い方教えようか?」


「えっ?」


静流にそう言われ秋華はすぐに顔を上げる。

それは正直有り難い。 でもいいのだろうか?


「あの、ご迷惑しゃ……?」


「七霧はさ、そうやっていつも一歩引いたような態度だけど、さ。 いいんじゃないか? こんな時ぐらい、貪欲になってもさ」


「貪欲に……」


いいのだろうか? 自分なんかが。

でも…… 

静流の顔を見る。 コクリと頷いてくれた。

こんな時くらい。

秋華もこくりと頷き返し立ち上がる。

さあ、そうと決まればグズグズしていられない。


「よろしくお願いします。 静流先輩」


そう言って微笑み。

静流は真正面からその笑顔を見て、しばし呆然となり、やがて顔が熱くなるのを感じて我に返る。


「よ、よし! でもまずは保健室、いこうか?」




前川は志乃のお願いを聞き届け、保健室に連れて行くことになったが、ふとイタズラ心が沸き上がり。


「よし、判った。 じゃあ行くか!」


そう言ってニヤリと笑うと、突然志乃を抱き上げ、所謂いやゆるお姫様抱っこの体勢になる。


「ひゃああああ!? なっ、なに考えてんのよっこの変態っ!」


と、顔を真っ赤にして猛然と抗議する志乃をどこ吹く風とニヤニヤ笑いを押さえぬまま歩き出す。


「この変態、変態! ドスケベ教師っ!」


そう言って騒ぐが、それでも無理やり降りようとしないのは乙女心ゆえか。

その二人を見て、静流と秋華は顔を見合わせ、クスクスと笑い、会議室を出ようとして一度、榊達の方を振り返った。


榊と数人の教師はなにやら相談をしていたが、静流達が見ている事に気付いた榊が振り返りもせず。


「こっちはやっておく。 サッサと保健室に行ってこい」


そう言った榊に二人はお辞儀をすると、今度こそ会議室を後にした。






すでにHRホームルームも終わり、授業が始まっているであろう中、保健室で保健医である麻宮あさみやは、志乃を診てねん挫であると診断した。


「とりあえずこれでよしっと。 湿布の張替えは2~3時間ごと、学校の間はここに来なさい。 家での分は出しておくから放課後取りに来なさいね」


テキパキと手当を終え説明していく麻宮にデキる女を感じた志乃は感動しつつ、ねん挫が治る間の事を考え憂鬱になる。

そんな志乃を見て麻宮は軽く注意をする。


「いい? ねん挫だからって甘く見ない事! そこから大ケガに繋がる事はよくある事よ? 特に私達の仕事はね?」


ちょっとぐらいなら、などと考えていた志乃は諦めて大人しくしておく事にした。


「さて次は静流君ね」


そう言って手早く全員を診察し、問題なしと太鼓判を押した。


「それにしても【眷属】…… ね。 さっき軽く調べてみたけど、過去にもこの時期に、ましてや校舎に出て来たなんて記録はなかったわ」


「だろうな。 俺も聞いた事もない」


前川は、麻宮の入れてくれたコーヒーを飲みながら相槌を打つ。


「まったく、前回といい今回といいイレギュラーだらけねえ。 まあ前回は私は参加してなかったけどもね」


そう言って大げさに肩を竦めると立ち上がる。


「さて、一限目は間に合わないだろうから二限目までゆっくりしといていいわ。 私は見回りに行ってくるから」


そう言って保健室を出ていく寸前、クルリと振り返る。


「そうそう、松葉杖はここにあるから持っていきなさい。 それとも入って来た時みたいにお姫様抱っこで移動するからいらないかしら?」


そう言ってウフフと、人の悪そうな笑みを浮かべる。


「なぁーーーっ!? ちゃ、ちゃんと使いますっ!」


そう叫ぶ志乃の声を背に、笑いながら麻宮は出て行った。






特別棟にある小さな中庭。

校舎側と違い、建物の影になって日が差し込まないため、ほとんど人が寄り付かないこの中庭に麻宮は現れた。

その中庭の片隅にボロボロになった掲示板があった。

張り紙もなにもなく、それどころか型枠の一方が壊れ殆ど朽ちかけていると言ってもいい。

麻宮はその掲示板に近づくと、ノックするように三度・・叩く。

すると……

掲示板から一人の少女、”ことほぎ”に似た、しかしまったく印象の違う少女が現れる。

その少女は、仰向けの状態で掲示板から身体を突き出し、頭だけをだらりを下げニマニマとした表情で麻宮を見る。

”ことほぎ”と違う所は、表情がある事、髪が異常に長い事、そして服をなにも着ていない事だろうか。

そして。



「学内情報伝達システム ”ことさぎ” 正常に稼働ちゅー 指示をドゾー!」


「まったく、変な性格になったものねえ」


麻宮がため息を吐きつつそうぼやく。


「(´・ω・`)正直スマンカッタ」


器用に掲示板に顔文字まで表示させてくる”ことさぎ”に呆れる。


「どこで覚えてくるのよそんなの?」


「ネットとかdeath デスかねー? あと根性?」


あれは、たのしかったなあーと言う言葉をスルーし本題に入る。


「例の件だけど、進捗はどう?」


「げんじょー、55%ほどの稼働率デスねー。 精度を求めなければもっとイクかもー?」


しばし麻宮は考えたが、まだ3ヶ月ほどもあるのだ焦る事はないはず、と思う事にした。

焦りは禁物だ。 10年、10年掛かった計画なのだ。


「分かったわ。”ことさぎ” 終了しなさい」


クルリと掲示板に背を向けながら終了を宣言し立ち去っていく。


「了解。 学内情報非伝達システム ”ことさぎ” しゅうりょーしまっす!」


そう言うとズブズブと掲示板に沈んで、行く前にニタリと嗤うと。


「そう言えば、あのとき殺し損ねた少年元気にしてっかなー? ウヒャヒャヒャ」


そうひとしきりあざけりの笑いを上げると掲示板の中へと消えて行った。






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