おいしいゾンビの食べ方

笹間ささみ

第1話 ゾンビのステーキ

シェルターの換気機構が故障し、暮らしていけなくなった故郷から飛び出した私は今、荒野のど真ん中で行き倒れていた。


はじめて見た直射日光がじりじりと肌を焼く。私の肌は地下暮らしで真っ白だが、このままでは見る影もなく真っ黒になってしまうだろう。


もしくはその前に干からびてしまうだろうか? 私は小さい頃ビデオで見たエジプトのミイラを思い出した。やだなあ。瑞々しさが惜しい。


そうならないためにも、早いとこ立ち上がって日陰を探したり、飲み水を探したりしねければいけないのだがそうもいかない。足に力が入らないし、頭もぼうっとしている。


つまり、おなかが減って力が出ないのだ。


シェルターの食料合成機から持ち出した、粘土のような合成食料はぜんぶ食べてしまった。もっと持って来ればよかった気もするけれど、あの時は外の食べ物を食べるから大丈夫だと思っていたんだった。まずい合成食料をもう食べたくない、という気持ちもあった。


まさかシェルター最寄りの街がこんなに遠かったとは……地図で見るのと実際に歩くのでは大違いだ。次があったら気を付けよう。


「ぐあー……」


口から言葉にならない呻きが出る。まるでゾンビの声みたいだ。


私も死んだらゾンビになるのだろうか? そんな事を思った。


「グア……」


呻き声。今度は私じゃない。


なかば固まった首から上をぎりぎりと動かし、声がした方向に目を向ける。


そこにはゾンビが一匹。こちらに向かって歩いてくる。右足を引きずっているが、少なくとも行き倒れの私より元気そうだ。


このままだと私のところに来る。そして私を食べるのだろう。


やだなあ、食べられたくないなあ。肉が惜しい。そう思っているうちにも、体内の水分が直射日光の攻撃を受けどんどん失われていく。空腹と脱水症状で体の自由が利かなくなる。


「ガア……」


そうしている間にもゾンビは近づいてくる。それに対して私は身体が動かず、もう立ち上がることもできない。ああこれ死ぬな。


おとうさん。おかあさん。私ももうすぐそっちに行くことになりそうです……。


ゾンビがついに私の横に立った。ソレの体が日光を遮り、私の上に少しの日影を生む。ああ、死ぬ前にちょっとだけ気分がよくなった。ありがとうゾンビ。


そしてゾンビは私の体を貪るため身をかがめようとし……その頭が吹き飛んだ。


ぱあん。遅れて聞こえてくる破裂音。銃声だろうか。そして、


「ぐえっ」


そして私の上に倒れ込む首なし死体。とても重い。身体が潰れてしまいそうだが、どけるだけの体力は私に残されていない。困ったなあ。


一応助かったらしいが、これからどうしたらいいのだろう……?



++++++++++



「うあー……ぐうー……」


「なに、まだ頭がハッキリしない?」


ゾンビの下敷きになっていた私を助けてくれたのは、私と同年代くらいの少女だった。ボサボサの短髪と沢山のポーチがついたジャケット、それと背中に担いだライフル銃の組み合わせはまるで映画のキャラクターのようで格好いい。


話を聞くところによると、さきほどのゾンビを撃ったのも彼女らしい。つまり命の恩人だ。私は感謝の言葉を述べたが、彼女にその気はなかったらしい。曰く、ゾンビを撃ったらおまけがついてきた、だそうな。私はおまけか。


しかし彼女はそんなおまけにも優しかった。助け起こされた私は今、彼女のキャンピングカーまで連れて来てもらい、飲み水まで貰ったのだった。


「えっ、いや……その、大丈夫です」


「そう? ならいいんだけど。ほら」


彼女はそう言うと、私に皿をよこした。上にはこんがりと焼けた肉が乗っている。


「?」


「どしたの、食べない?」


「……食べていいんですか?」


「そりゃまあ、食べていいけど」


食べていいらしい。


そういう事なら食べよう。お腹も空いているし。私は皿を受け取り、フォークを手に取る。


合成じゃない肉を食べるのは初めてだが、何事も挑戦あるのみ。私は握りこぶしより大きい肉にフォークを突き刺し、そのまま噛りついた。


もっきゅもっきゅ、もっきゅもっきゅ。


さすがは天然肉、筋が固くて簡単には噛みきれないが、しかし噛むたびに肉汁があふれ出す。合成よりも断然ジューシーで飽きることはない。


一口目を呑み込み、息をつく間もなく二口目。内側はほどよく火が通っており少し柔らかめだ。溶け出た脂身が舌先を覆い、途切れることのない旨味をもたらす。


三口目。うまい。もはやそれしか考えられない。


「そんなに腹減ってたの?」


彼女が心配そうにこちらをのぞき込んでいる。しまった、空腹とはいえ流石にがつがつと食べ過ぎた。母が居れば行儀が悪いと叱られていることだろう。


「えっと、はい、うん。それで」


「もっと食べる?」


「はい!」


もっきゅもっきゅ、もっきゅもっきゅ。


受け取った二皿目もたいらげたあと、ようやく私は我に返った。しまった。貴重な食料をこんなに食べてしまった。それに対して、私には彼女に返せるものが何もない。


どうしよう、このままだと食い逃げになってしまう……。


「えっと、その」


「なに? おかわり?」


「いえ、あの……こんなに食べてよかったんでしょうか……? 私、お代になりそうな物を持ってないんですけど……」


「なんだそんなこと? ああ、別に構わないよ!」


私がおずおずと訊ねると、彼女はからからと笑いながらそう言ってくれた。ああよかった、無銭飲食にならずに済んだ。


「あの肉だってアンタのおかげで獲れたようなもんだし、アンタにも食べる権利はあるよ。働いた人間が食べるのは当たり前のことさ」


「?」


彼女は笑顔で、なんだか不思議な事を言った。私は終始彼女に助けられっぱなしで、働いた覚えなどないのだけれど。


それに、私のおかげで獲れた……?


「その、あの、ひとつ聞きたいんですが」


「んー? なに?」


「あの肉、なんの肉なんですか……?」


恐る恐るそう訊ねると、彼女は笑顔のまま答えてくれた。


「そりゃ、ゾンビの肉だよ」



……私は彼女の顔面に、思いっきり噴き出してしまったのだった。




つづく

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