第28話 収穫祭

 龍の里に、さくらんぼの収穫祭がやって来た。今年は、とても盛大になる。なぜなら、シェルター都市のワージシティーと、白門島、その先のだるま市の協賛で行われることになったからだ。

 祭りを行う城山は、頂上が平らになっている。瀬戸内海側に里長の家があるだけなので、とても広い。この広場の中央にやぐらを立てて、その上に太鼓を置いた。南側に、猪の主様に座っていただき、ゆっくりさつま芋を食べていただくことになっている。 主催者の里長や協賛の市長や島会長は、その脇に席が用意された。オズチ様が、城山から、瀬戸内海を見下ろしたいとおっしゃったからだ。だから、里長の家の屋上に上がれば、猪の主様を上から見ることができる。私の家も一部開放することになった。


 今年の収穫祭は、古式の演出をふんだんにしている。祭囃子に太鼓、提灯に盆踊り、出店に浴衣。浴衣を着てきた者には、出店で、何か一つタダになる優待券をもらえる。ワージシティからも、沢山のお客が来ることになり、その人達用の出店も立ったので、いつもの倍の規模になった。

 城山の北側にある城山神社は、大忙し。親戚の木野家は、神社で手いっぱいになりそうだと、アルバイトの巫女さんをいっぱい雇っていた。ところが、神主のおじさんが、オズチ様の傍にいると言い張ってきかないそうだ。私の聞いたところでは、神主のおじさんが、オズチ様に頭を撫でてもらったら、奥さんが、神社まで引っ張って帰ることになっている。神主が、祈祷をさぼることは許されないのだ。だから、みんなで、木野のおじさんを持ち上げて、最初にオズチ様に頭を撫でてもらえるようにと、お願いされている。



 夕方の6時までには、オズチ様が城山の頂上に登られる。西側のスロープをゆっくり登っていらっしゃる。オズチ様は、龍頭山の頂上までは、ちょくちょくいらしていたので、カイトとバップとMG2が迎えに行った。皆で頂上から龍頭山の車道を降りてきた。夕方の5時にそうなり、見物客が、龍頭山の麓に集まった。そこからは、祭囃子の車が先導することになる。道は、隅音川に沿って城山に向かうことになる。その沿道も見物客でいっぱいになった。私が夢見巫女だと言う事は、公になっていない。里長に目立つなと言われて、大人しくしていたが、さすがに、オズチ様を先導していた祭囃子の音が聞こえてくると、居てもたってもいられなくなった。


「すず、スズ。思った以上に、オズチ様の足音が大きくない。道が大丈夫か見ないで平気かな」


「姫様、ダメですよ。里長に目立つなと、きつく言われています」

 スズは、守り手モードに入って、私の話を受け付けない。


 実際は、ずいぶん前から、ズシン、ズシンという地響きが聞こえていた。


「城山に入ったら、迎えに行っていもいいって、言ってたでしょう。スロープも城山よ」


「仕方ありません。見に行くだけですよ」


 城山のスロープ横の斜面も人でいっぱいだ。私たちは、遠目から見るしかない。結局、頂上の西側でオズチ様を待った。




 ワージシティの放送局が来てネットに放映している。今は、地上人になってしまったが、元ワージシティの市民のカイトとバップが大きく映された。MG2は、オズチ様の下に入って、もし、道路が壊れたら、オズチ様を持ち上げることになっている。だから、道路状況をモニターしたり、ネオグランドの動向を警戒したりして、ムービーの前には現れなかった。


 レポーターが、「元ワージシティの市民が、猪の主様を先導しています」と、笑顔で、レポート。バップが呼ばれて、里の暮らしはどうですかと、インタビューを受けた。カメラが、オズチ様から外されたのを見計らって、カイトが、オズチ様に話しかける。


「どうですか、里は」

「ぶふぉ、ええの。懐かしい顔にあえて嬉しい」

「懐かしいって、主様もちょくちょく里に下りていたんですか」

「昔はの。カイトもちょっとは、サクから聞いたじゃろ。光体には、昔の記憶が残っとる。ワシは、少しそれがわかるんじゃ」

「前世のことですか」

「そうじゃ。例えば、わしからずっと離れん城山神社の神主がおるじゃろ。あれが、バップの直系じゃ」

「オーラが風系だし、なんとなく、わかります」

「そうじゃろ、落ち着きないじゃろ。進歩せん奴じゃ。じゃが、懐かしい」

「そうですね。主様に引っ付いたり離れたり。なんなんでしょうね」

「好きにさせてやってくれ。ぶふぉ、わしは、気分ええんじゃ」



 そんな話をしているとき、バップはレポーターから、さらに突っ込んだ話をされていた。


「ところで、今年のロケットレースに、バップさんのチームが、出るそうですが、勝算は、ありますか」

「それが、クルーザーを改造した、とても大きなファイターなので、よくわからないです」

「龍の里一番の女子が、パイロットだとか」

「スズですか、最高のパイロットですよ。そういう意味では期待してください」

「Mシリーズのメンテナンスロボットを率いての参戦ですもんね。ワージシティーを挙げて応援します」

 はは、やっぱりそっち。本当は、こっちが率いられているんだよな

「がんばります」



 そろそろ、城山に到着し、お囃子が、最高潮になる。


「ブフォ、提灯か。ええな」


 オズチ様がみあげた城山は、提灯で、赤く彩られていた。城山のスロープを登ると、途中開けたところがあり、瀬戸内海が一望できる。オズチ様は、そこで、立ち止まって、しばらく海を見ていた。


「そうじゃカイト、多分この時期なら、ポポワに会えるぞ。白門島に行ってみろ。ポポワは、わしの友達じゃ。よろしゅう言うてくれ」

「ソラじゃあなくですか」

「ソラは、マナの友達じゃ。ポポワは、お前さんの先祖と仲が良かった。きっと喜ぶ」

「分かりました」


 夕日を受けて、立ち止まる猪の主様をカメラが、ずっと捉えていたので、カイトは、突っ込んだ話ができなかった。



 城山の頂上に登ると日も沈み、提灯の明かりが際立ってくる。時間を押しての到着となった。


 ドドン、ドドン、ドンドンドン


 中央のやぐらから太鼓が鳴り響く。里長の城山立一は、ここにいる。白門島の桂木徹島会長との兄弟太鼓になる。オズチ様は、やぐらの横で立ち止まって、太鼓の音に耳を傾けた。


 そして行進。祭囃子と太鼓が同調した。多くの浴衣姿をした人の中を超巨大な猪が、ゆっくりと歩く。子供が、主様の前に飛び出しても困らないほどゆっくりと歩みを進めた。


 南側の舞台には、ワージシティの市長とだるま市の市長が待っている。猪の主様が、こくんと二人に一瞥したのを見た二人は、最敬礼して、主様を出迎えた。主様への祝辞と、祭りの祝辞は、この二人がやる。主様には、けがの全快祝いと、ここに来てくれたお礼。祭りは、さくらんぼの豊作祝いである。


 そして、里の子供たちによる、浜辺の歌。ここに、私とスズがいる。


 里の人たちは、主様に、お礼を言おうと、並んで待っている。かの凶作の年に、さつま芋で助けてもらったお礼に、みんな自分の畑で収穫したさつま芋を持ってきていた。その後ろには、どうしても、頭を撫でてもらいたい、白門島の島民が、いち早く並んでいる。その反対側にも長蛇の列。こちら側は、猪の主様に触ろうと思っている子供たちやその親だ。

 オズチ様も、このことは知っていて覚悟していたが、あまりの人の多さに閉口していた。しかし、里のみんながさつま芋をたくさん置いていくので、直ぐ機嫌が直った。


 コンは、留守番で来ない。私の家の屋上は、解放したが、ベランダは、立ち入り禁止。ここに、キツネのヤコと、タヌキのポンタがいる。二匹は、何匹か仲間を連れてきていたので、後で、ごちそうを出そうと思っている。


 さて、祝辞と歓迎の歌が終わり、メインイベントとなる。私たちは打ち合わせ通り、白山神社神主、木野潔おじさんをみんなで持ち上げて、主様に頭を鼻で撫でてもらった。そこで、潔おじさんが、とんだニアミスをしたので、そこで退場になった。


「ささ、木野さん、最初にどうぞ」と、だるま市の市長。


 恐る恐る、主様の前に出る、潔さん。主様は、懐かしそうに、潔さんの頭を鼻で撫でた。潔おじさんの感動は、頂点に。


「お・・・おっと、とと。主様、ありがとうございます」

 潔さんは、主様の名前をもう少しで、大衆の面前で言いそうになった。精霊の名前は公言してはならない。里長と、島会長に、これでもかというぐらいにらまれた潔おじさんは、奥さんに、耳を引っ張られて退場した。


 その後は、穏やかな感じで祭りが進んだ。島会長のテツおじさんも、無事頭を撫でられて感動していた。


 主賓席では、ワージシティの市長が、食事を始める。あらかじめ、局には、どんなごちそうが出るのか、情報が回っていた。そこで、その信ぴょう性を上げるために、天然ものの鯛が、養殖と、どのくらい違うのかを紹介するルポが、主賓席の裏で、生中継されていた。


 現在、地球は、無磁気状態だ。もう、二百年近くも、その状態が続いている。北と南を指す方位磁石は役に立たなくなり、渡り鳥たちは、南北を目指すのを止めた。太陽の放射線から地球を守っていた磁気は無くなり、大量の放射線が宇宙から地上に降り注いだ。今では空を仰ぐと、どこでもオーロラが見える。今夜は、太陽が一番活動していない日を選んでいるので、オーロラは見えないが、この高放射線を浴びた先祖たちの多くが死んだ。シェルターに住む人は、いまだに、地上人が食べる食事を怖がって食べたことがない。それを、市長自らやろうというのだ。シェルター人の本番は、これからである。


 市長の顔が、画面に大写しになった。ワージシティの市民が、興味津々で画面に見入っている。市長は、そのことをとてもよく理解していた。


「皆さん、今日私は、ワージシティの隣にある、龍の里に来ています。私たちは、地の物を食べなくなって200年経ちます。まだ、200年ですし、大した弊害は出ていませんが、宇宙に上がって、500年経つコロニーに住む人は、体力の衰えを訴えています。それは、無重力の影響が大きい性だと解っています。ですが、食べ物も、そうではないかと言われています。そこで、我がシティの学者や、市の職員が、龍の里の食料を持ち帰って検査しています。里の食べ物は、問題ないことがわかっています。そのことで、たびたび、議会に、地上人の食べ物を購入してはどうかと議題が上がります。皆さんも知っての通り、いつも、却下されています。私も、反対してきた一人です。ですが、誰かが、最初に食べて、感想を言わないのでは、本当の議会にならない。そんなわけで、今日、私が試すことにしたのです」


 おばあ様を先頭に、里の人が、ごちそうを持ってきた。真鯛の造り、祭り寿司、卵のお吸い物、酢レンコン、スイートポテトなど、地の物で作ったものばかりだ。


 市長が自分で取り分けた祭り寿司の上に、おばあ様が、のりを一撒きした。カメラと、市長は、それに吸い込まれた。


「海苔ですよね」

「そうです」

 海藻は、深層水を使えば培養できる。養殖は、青のりが主体で、黒い海苔(紅藻)は貴重品になっている。これは、白門島で、養殖している海苔。


「普通に天日干しですよね」

「そうです。寿司ネタも見てください。蝦蛄とかアナゴとか、具沢山でしょう。みんな白門島の漁師さんが持ってきたものです。どうぞ、お召し上がりください」


 これを見た市長が、慌てた。鯛とかスイートポテトは、初めからこんなものだろうと身構えていたが、祭り寿司は、地方によって具の内容が変わる。市長の目が、急に左右に動き出した。


「市長!」

 おばあ様の一言で、市長の手が動いた。覚悟を決めたらしい。海苔が多くかかっているところに箸を入れた。


「おいしい。美味しいと言うか、初めて食べたのに、懐かしいというか、体に染み渡ります」


 今回は、里の人が全部料理することになっていたので、バップのお母さんの敦子さんと、カイトのお母さんのセレナさんは、遠巻きに見ていた。敦子さんは、「やっぱりこうなっちゃったわね」と、頷いていた。


 市長は、「こんな、おいしい物、食べたことがない」と、泣き出した。

 敦子さんは、セレナさんに「この間、筑前煮を食べたときもそう言っていたのよ」と、あきれ顔。

 セレナさんは、「いいんじゃない」と、にこにこしていた。 


 スイートポテトは、私が作った。今度こそ、おいしいと言わせて見せる。この間のチョコレートケーキは、チョコが苦手と言って食べなかった。

 そんなに甘くなかったのに(心の憤り)


 当然、私が持って行った。

「スイートポテトです」


 市長は、これが気に入った。

「まなみちゃん、おいしいよ」


 本当は飛び上がって喜びたかったが、目立つなと言われている。

「ありがとうございます」

 さらりと言ったつもりだったが、スズが言うには、相当ニコニコ顔になっていたそうだ。

 調子に乗って、3つも市長の前に置いた。嬉しいことに、市長は、全部食べてくれた。オズチ様も、食欲が止まらない。ワージシティの市民は、龍の里産のさつま芋が気になって仕方なくなった。


 オズチ様の帰る時間になった。帰りは、来る時と違い、遠巻きにしていた人達も、オズチ様に近づいて、触っていた。


 ワージシティの人には配れなかったが、白門島から来た人には、さくらんぼをだるま市の人には、さつま芋をお土産に持って帰ってもらった。とても盛況で、よい祭りだった。

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