第25話 神聖林の動物たち

 夜の神聖林は、光って見える。私には、とても明るい林だ。でも、おばあさまやスズにとっては、真っ暗な、恐ろしい林になる。林は、夜中に徘徊している動物が、たくさんいる。私がオズチ様にお願いして、神聖林の入り口まで、出てきてもらうこともできるけど、オズチ様の寝床の場所は、里の者以外広めてはいけない。これは、元々、先祖から伝わる教えだ。今は、衛星軌道上から、地上を監視している衛星もあるし、そこに住んでいるコロニー人もいるので、私たちが主様を守らなくてはいけない。森の巨大生物を襲う、ネオグランドのような、危ない組織がある以上、主様を守って、私たちが、神聖林に入るしかない。


 おばあさまとスズは、光体の時の私が見えない。でも、コンが二人を迎えに来てくれる。コンは、100Kgある大狐と言っても人ぐらいの大きさだ。里でも、神聖林でも自由にしている。私は、寝るのが早く、10時には寝る。そして、夜中の12時ぐらいに光体になって歩き出す。おばあさまに、夢の中で起きたと知らせて、オズチ様に、今晩、おばあさまとスズがやってくると告げに行った。そして、コンと神聖林の入り口で、みんなを待つことになった。


 私は、光体を強化する光色という技をミミ様に教えてもらい、今では、指先だけを強化できるようになている。この光色の指をおばあさまとスズは、感じることができるので、モールス信号で、会話することができる。なので、二人がいれば、オズチ様の話を詳細に記録することができる。普段は、夢のことを忘れてしまう私を通して精霊様と迂遠に情報交換しているが、今回は、とても重要な話だと言う事だ。



 私は実は、夜の神聖林をみんなに紹介できると、とても興奮していた。コンがいても、夜中は、動物たちが近くまで、私たちを見に来るだろう。私が怖いのは、光サイドの住人に恐竜がいることだ。図鑑で見たような大きな恐竜ではないが、最初は怖くて、コンにしがみついて目をつむっていた。コンがいると、その恐竜たちは、ちょっと会釈するようなしぐさをして、通り過ぎる。最近は慣れて、私も会釈するようにしている。

 実際、神聖林の動物たちは、人にとって、馴染み深い動物が多い。ここには、いろいろな動物がいる。狐、狸、猪は怖くない。コンが狐をオズチ様が猪を抑えてくれるので、問題ない。狸は、一度話せるものなら話したいと思っている。狸は、里の者に興味津々だとオズチ様が言っていた。問題は、猩々や狼の方だ。彼らは、人間を嫌っている。いい顔をしないだろう。


 それとは別に、光の世界をみんなに解説したい。光の楽園と言えばいいのだろうか。見たことのない動植物や虫たち。ふよふよ浮かんでいる生き物は、ピコピコ光っているし、植物もゆっくり点滅している。胞子を飛ばすときなどは、一瞬ぱっと光る。とてもきれいな光景だ。


 たぶん、そんな余裕ないだろうな


 おばあ様は、おじい様を神聖林で亡くしている。お父さんとカブ爺は、おばあさまとスズの安全を優先して、真っ直ぐオズチ様の所に行くことになるだろう。


 お父様たちがやって来た。


「コン!元気だったか」

「わふっ」

 立一さんがコンに飛びついた。二人は、とても仲が良い。立一さんたちは、まだヘルメットを被っていない。コンが、立一さんの顔をぺろぺろ舐める。


「マナミは居るか」


 トントン


「居ますよ。マナミ、林に入ったら、コンに乗っているようにしなさい」


 トントン


「仕方ありません。スズと少しおしゃべりしていいです。スズ、守り手モードを解除しなさい。マナミの話を私たちにも解説してね。カブとリュウイチは、聞いていてもいいですが気を付けるのですよ」


 みんな了解して、コンを先頭に林の中に分け入った。



 早速、がさがさという音が聞こえる。


「スズ、何かいるのですか」


「狸がいるみたいです。狸は、里の人に興味津々だそうです」


「姫、猩々や、オオカミが近くにいたら、直ぐに教えて下さい」

 カブ爺は、まったく気を緩めることがない。



 コンが立ち止まった。ここは、窪地になっていて、背の低い植物ばかりだ。


「そうなの! ここ一帯は、光サイドだと、まったく違う植層になっているのね。ここでよく恐竜を見かけるそうです。でも、大きくても像ぐらいだって」


「ここに群生しているのはコケです」

「日本は、恐竜がいっぱい生息していたそうだぞ」

 お父さんもカブ爺も、結構話を聞いてくれてうれしい。



 ちょうど、窪地が切れ掛かった所に、バサッと、黒い影が4人の前に現れた。猩々だ。猩々は、人前には、ほとんど現れない。それに、オオカミもそうだが、集団で行動をする。1匹現れたのなら、周りに沢山いると思った方がいい。猩々は、攻撃するとき、石を投げたり、木の棒を振り回したりする。そして、掴む、嚙む、引っ搔く攻撃が得意だ。


 カブ爺が前面に、立一は最後衛についた。コンがおばあ様を守り、そのコンと、おばあ様をスズが守る。


「カブ!」

 おばあさまが、何かを感じたようだった。


 カブ爺は、その場で胡坐をかいて座り込んだ。

「太郎か?」


「太郎なのか」

 立一も後ろ向きに座り込む。そこで、コンも、スズも、おばあ様も座った。これは、戦わないという証だ。


 猩々は、恐る恐る、カブ爺の手をつついた。そして、カブ爺の手を握り、腕を触り、背中に回って抱き着いた。


「キャキー」

 その猩々が叫ぶと、林の中から20匹ほどの猩々が現れた。猩々は人より小さいが、ニホンザルの倍はあり、小人のような人のような袁人類だ。20匹の中には、子供を抱えた母親の猩々もいる。みんな、スズたちをつついたり触ったり握ったりして、敵ではないことを確かめた。


「みんな太郎の家族なのですか」


「うっきー」


「すごいな、群れのボスになったってことだろ」


「この窪地は、清浄です。ヘルメットを取りましょう」


 おばあ様らしからぬ決定だ。私とスズは、まだ、小さかったから、よく覚えていないが、神聖林に倒れていた猩々の子供を村の人が連れ帰った。どう見ても病気なのに暴れて、手のつけようがなかった。猩々の対処に困った立一が、だるま市の、おばあさまと、カブ爺に応援を求めた。二人は、里に帰って、この猩々の看病をした。おばあさまが、病気の対処法をさぐり、カブ爺が、この猩々に、太郎と名付けて看病した。猩々は、インフルエンザで、脱水症状を起こしていたが、一命をとりとめた。助かった後も、しばらく里にいたそうだ。


「太郎、スズです。一緒にいたでしょう」

「そうなのですか!」

 スズは、固まったまま動かない。

「そうです。姫様も一緒でした」

 太郎は、スズの顔をさすったり、頭をなでたりした。

「ワハハハハ、太郎は、覚えていたみたいだぞ」


 トントン

「マナも一緒にいたかったって」


 よく見ると、遠目だが、ずっと私たちの後をつけて来ていた狸が、草むらから姿を現して、こちらを見ていた。ものすごく胴長短足だが、立ってこちらを見ている。そして、カブ爺のまねをして、胡坐を掻いたが、胴が長すぎて転ぶ。それでも、何度も胡坐に挑戦していた。それも、よく見ると、4匹も5匹もいる。私は、そのしぐさがおかしくて笑った。スズにもその話をした。スズは、狸が居るのは分かったが、そこまでは見えなかった。人にとって夜の林の中は、暗い。空には、満天の星空。今日は、あまりオーロラが出ていない。月の光でも射せばもっと明るくなるのにとスズが残念がった。


「太郎、これから、主様に会いに行くのです。また、会いましょう」

 おばあ様は、先を急がなくてはと、太郎に別れを告げた。


「キー」

 一族の者は、ほとんど、その場から帰ったが、太郎と、若くて精悍な猩々が、ここに残って、私たちの横についた。

 それを見た狸も、一番大きな狸以外は、林の中に帰り、我々と少し離れて、ついてくる。


「みんなで主様に会いに行くのか、ばば様」

「そうなってしまいましたね」

「主様は、歓迎してくださいますよ」

 三人は、口々にそう言い、とても嬉しそうにした。


「マナ、今度、太郎と遊ぼうね」

 トントントントン

私としては、激しくイエスで、激しくトントンである。




 龍の里の神聖林には、大きな楠(クスノキ)がある。大きいといっても。樹齢は、さほどでもない、何本もの木が寄り添って一本に見えるだけである。しかし、中央の楠だけは、高齢で、根元は、ぽっかり穴が開いている。ここが、オズチ様の寝床だ。まるで、この中央の木に寄り添うように若い木が生えているおかげで、この老木も折れないで済んでいる。


 この、楠の前で、オズチ様が待っていてくれた。

「なんじゃ、猩々も狸も来たんか。サク、久しぶりじゃの」


「オズチ様も、お元気になられて。傷は、もう、痛みませんか」


「ぼちぼちじゃ。コン、どうせじゃ、林の代表をみんな呼んでくれ」


「コン」

 コンは、オズチ様の前に寝そべっていたが、ガバッと起き上がって、遠吠えした。

「グルルルルル、がおーーーーーーーん」


「おばあ様、林の代表が集まるそうです」


「分かりました。リュウイチ、あなたが代表になりなさい」


 お父さんが、みんなの前に座った。後ろで、遠めに見ていた狸もオズチ様の前に現れた。狸をはさんで、太郎が座る。


「サク、光の巫女様のことは急がんでよい。ブフォ、太郎、ポンタ、おぬしらも、肩を並べるのは初めてじゃろ。人と肩を並べれるのは、龍の里の人ぐらいだぞ。仲良くしろ」


「きっきー」

「ぎぃ」


「ポンタ、よろしくな。リュウイチじゃ」

「ぎぃぎぃ」


「オズチ様!光の巫女様の話は?」

「みんな集まったら、光の巫女様の話を少しする。マナ、それで、ええじゃろ」

「みんなって、オオカミも来るんですか」

「心配すな。銀は、頼りになるぞ。猪のヤズナもそうじゃ。光の巫女様は、世人の中に現れた。わしら、みんなで、世人を守らねばならん。今の話は、まだ、スズにせんでええぞ。みんなに聞かせるんじゃ」

「そうなんですか!」

「なんじゃ、マナ。そこを聞きに行ったんじゃろ」

「えーーーっと」

「大事なところが抜けたの。ミミに、いらんところは聞き流せと言われたじゃろ」

「ちょっと慣れていなかったです」



 しばらくして、ガサッと音がして、猪のヤズナが現れた。オズチ様が大きすぎるので、小さく見えるが、とても大きな猪だ。そして、音もなく銀髪の狼が現れた。コンより、二回りは、大きい狼だ。銀には顔に傷がある。忘れられない風貌をしている。そして、キツネのヤコが、この列に並んだ。


「コン、すまんの、触媒になってくれ」

「コン?」

「まあ、ええから、こっちにこい」


「ホホーちょっと待って」

「ミミ、遅いぞ」

「ヨキが遠出をしていたのよ。マナ、ヨキよ。ヨキ、立一の肩にでも止まりなさい」

「ホホー」


「長、梟が肩に止まります。梟の長のヨキ様です」

 スズが慌てて、お父さんに話す。


「ヨキ、リュウイチじゃ。よろしくな」

「ホーホホー」


「コン、やるぞ」

 そう言ってオズチ様が白く光りだした。その光が、コンに伝播する。コンの頭に、角が生え、足に白い炎が浮かぶ。オズチ様は、コンを通して言霊で話し出した。


「みんな、各々挨拶したな。今ワシは、禁を破り、言霊で全員に聞こえるよう話しかけとる。これは、光の巫女様が現れなさったからじゃ。みんな、光の巫女様を守ってくれ」


 この場にいる全員が神妙になる。


「今ここにはおらんが、ここにおるスズの仲間が、光の巫女様と友達になる。マナ、カイト、バップじゃ。彼らも、守ってくれ。巫女様の記憶は、まだ戻っておられん。じゃが、友は必要じゃ。特に、マナは、翼巫女じゃ。好きにさせて構わん。ブフォ、ええか、この話は、他言無用じゃ。ここに居る者は、みんな仲間じゃ。顔を匂いを覚えて帰れ」


「分かりましたぞ」

「ガォン」

「ホホー」

「ぎぃぎぃ」

「キッキー」

「こん」

「ブフォ」


「サク、龍の里にMG2とニナと言う夫婦のロボットがおるんじゃろ。多分、500年前に現れなさった光の巫女様の使いじゃ。彼らも味方じゃ。じゃが、騒ぎが大きゅうなる。今は、静観させるのじゃ。わしらが守る光の巫女様が、意識を戻したら、本人がどうするか決めるじゃろ」

「はい」


「銀、世人の村を守れ」

「ガオーーーン」

「ヨキ、すまんの、光の巫女様に寄り添ってくれ。巫女様が世人の村を出ても、ついていくんじゃ」

「ホホー」

「ブフォ、ヤズナ、無理言って済まんが、林を守れ」

「ぶふぉ?」

「わしがおらんようになっても守るんじゃ。なんかあったら、みんなに助けてもらえ」

「ブフォ、ブフォ」

「いや、どこにも行かんが、何があるかわからん」

「ぶふぉ」

「ホホー。私は、紀の国に行ってみます。マナは、サクに翼巫女の古文書を読ませてもらいなさい」

「分かりました」


「ヤコ、ここに居る者の伝達役をやってくれ」

「コン!」

「立一、お前が、ここの首長じゃ。全てを仕切れ」

「私ですか」

「世人は人じゃろ。何とか交流せい。ポンタもそうじゃが、ヤコは、人に化けることができる。ポンタ、ヤコを助けろ。立一、後でヤコとポンタと話してみい。ポンタは、ちゃんと人に化けれんから、その辺もよく知っておくんじゃ」

「分かりました」

「コーン」

「ぎゃ、ぎゃ」


「キッキキー、キキー」

「太郎は、世人の村に入り込んどるじゃろ。今まで通りで、ええじゃろ」


 お父さんは、龍の里の里長だけでなく、神聖林の長になってしまった。しばらくは、世人や神聖林の動物たちと仲良くするところから始めることになる。

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