第24話 翼巫女の領域

 月光に亀沼が、青く浮かんで見える。オキは、森聖森側の葦が、うっそうと茂った藪の中で寝ている。そこを出たところに、大きな一枚石があって昼間は、そこで甲羅干しをしている。一枚石の所だと沼の中央あたりになるので、オズチ様が、対岸から大声を出した。私以外みんな実態だ。沼には、入れない。


「オキ、わしじゃ。マナを連れてきたぞ」


 ドガン、という感じで、大きな声。それも、言霊を使って、大声を出した。


「うわー」


 茂みの中で、緑の光がピコピコしている。よっぽど、びっくりしたのだろう。でも、茂みからゆっくり出てきた。


「ホ、ホー。あれで、慌てて出てきたのよ」

「わふっ」


 オキは、沼に映る月光の帯の中をゆっくり、私たちの方にやってきながら、しきりにぶつぶつ言っていた。みんなそれを無視した。言っていたことは、「来るなら、先に言っていてくれたらいいものを」とか、「なんだ、コンも、ミミ様もいるのか」とか、「オズチ様の声は、大きいのだから、普通で聞こえる」とか、ミミ様の言うように聞き流して構わないことばかりだった。


「オキ様、こんばんわ」


「マナ、オキでええぞ」

「そうよ」

「こん」


「うわー、マナは、いい子だね」


「ホッ、ホー調子に乗るから、呼び捨てでいいのよ」


「ミミ様、それはないでしょ」で、はじまり、その話だけで、10分ぐらいかかった。結局、私も、オキと、呼び捨てにすることになった。


 やっとひと段落したと思って、つい

「あの葦、立派ですね」

 と、褒めてしまった。


「でしょう。あれで、船が作れるんだよ。世人たちは、葦の船で、漁をするんだ」


「神聖林の民の人って、世人(よじん)っていうんですか」


「そうそう、主の僕がいるから、ここ一帯は、結構清浄なんだ。沼の周囲には、薬草が、何種類か群生しているから、みんなよくここに来るよ」


 世人の話が聞きたかったから、さらに突っ込んでしまったので、この後、この話で、1時間も、オキ一人で盛り上がった。


 要約すると、世人は、180年前までシェルター人だったけど、町を森に飲み込まれてしまった。そこで、この亀沼まで、避難してきたそうだ。亀沼に群生していた薬草が、幼子たちの命を救ったことで、ここに留まるようになった。その森には、今でも放棄されたシェルターがある。今は、廃墟になっているそうだ。


「じゃあ、元は、シェルター人だったんですか」


「そうだよ。周りが森聖森になったものだから、怖くなったんだろうね。180年前の話だよ。他のシェルターに余裕があるわけない。そこから地上人になったから、大変だったんだよ。人口は、ほんの少しになったけど、今は、安定してる。エッヘン、ぼくのおかげだね」


「な、呼び捨てでいいじゃろ」

「そんなこと自慢しないの」

「くうん」


 ミミ様が、私の背中をつついてくれた。やっと本題だ。


「それで、今日は、お聞きしたいことがあってきました。光の巫女様ってどんな方ですか」


「知らない。前任者の話でいいかな」


「ホ、ホー 前任者っていうのは、前の四神様のことよ。私たちから見ると、5000年前に現れた方が、光の巫女様。オキたちは、2800年前に代替わりしたでしょう。だから、知らないのよ」


「精霊様も死ぬんですか」


「ブフォ、何と言ったらええかの。大地と一体化するんじゃ」

「フォウ、ホホー 地球の意思になるのよ」


「コンなんか、ずっと、地球の意思って感じだけどね」


「ええっ?」


「コンは、白虎でしょう。フォフォー。白虎は、すべての意思とつながることができるのよ」

「よく言ったらそうじゃ。簡単に言うと野生ちゅうことじゃ」

「コン?」


「そのうち分かるよ。それで、話していいかな」


 みんなうなずいた。ここから、また話が長い。


「本当は、地龍達と交代するはずだったんだ。なのに、地磁気が無いままでしょ。交替の四神が現れてくれない。だから、僕たちが巫女様を守ることになるのかな。中途半端なんだ」


 本当に話が長いので、私は、家に帰らなければならなくなった。私は、朝起きたら、光体だった時の記憶をほとんど忘れてしまう。でも、オズチ様とミミ様が言ったことは鮮明に覚えていた。


「マナミ、起きなさい」

「マナ、大丈夫。ものすごく、眉間にしわが寄ってたよ」


 私はガバッと起きた。

「光の巫女様の話は、翼巫女の領域。他言無用よ。これだけは、忘れないでって」


 これを聞いたスズが、ガツンと、守り手モードに入った。


「姫、お話を」


「光の巫女様は、転生しているわ。でも、穏やかな人生を送りたいみたい。私たちとは、友達になりたいけど、騒がれたくないの。でも、地磁気が消失しているのはおかしいそうよ。これは、オキの推察」


「オキとは誰です」


「玄武のこと。光の巫女様の話も、地磁気の話もオキから聞いたの」


「地磁気消失は、おかしいのですね」

「光の巫女様は、私たちと、友達になりたいのですね」


「うん」


 おばあさまとスズは、顔を見合わせた。光の巫女様の話はともかく、地磁気消失がおかしいというのは、最重要な話だという感じ。


「地磁気消失の話を詳しく話せますか」


「光の巫女様は、精霊様よ。聞けば、詳しくわかると思うけど。まだ、記憶が戻っていない」


「光の巫女様は、精霊様なのですか!」

 二人は、また、顔を見合わせた。これは、翼巫女の領域だ。他言できない。


 私は、覚えていることをできるだけ話したが、オキの話が長すぎて、ちゃんと、おばあ様たちに話せなかった。この話をカイトたちにはできないので、スズと、おばあ様が私に付き添って、夜中に、オズチ様の所に行くことになった。スズは、モールス信号をマスターしていた。二人は、私の話を聞き取ることができる。この、スズと、おばあさまの守り手として、お父さんとカブ爺が一緒に来てくれる。カイトとバップには、翼巫女の領域だとだけ、おばあさまに説明してもらった。カイトは、うなずいていたが、バップは、「話せる時が来たら話してね」と言っていた。

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