第15話 ネオグランドの悪事

 その夜、中国湖南省の火災がワールドニュースに取り上げられた。ここには、巨大な鳥が生息していると話題になっていた。でも、生息場所がとても深い森なので、誰も、映像を撮る等の確認をしなかった。最近になって、コロニー人が、衛星軌道上から、この巨鳥の撮影に成功し、ニュースになったばかりだ。それは、赤い鳥で、とても神聖に見えた。

 中国は、この鳥を天然記念物に指定するとともに、国鳥にしないかと思案しているところだった。何故なら、その赤い巨鳥は、中国の神話にある鳳凰にそっくりだったからだ。鳳凰の伝説は日本にもある。だから、この森の火災は、中国のみならず。日本人の心も痛めた。


 実は、スズの家は、白門島の朱雀と関係が深い。朱雀は、のちに鳳凰になると白門島の口伝にある。ニュースで、ネオグランドが、この巨鳥を襲撃したという話を聞き、カブ爺が、激怒した。私は、カブ爺が激怒したのを初めて見た。


 ネオグランドの悪事は、人の世界のニュースでは収まらない。公になっていない事件を次々と起こしていた。



 地球衛星軌道上には、7基のスペースコロニーがある。また、地球公転周期上に、14基のスペースコロニーがあり、これら全てを含めて、地球のコロニー人と呼んでいる。太陽系内では、現在50基近くスペースコロニーがあるが、スペースコロニーのみの集まりで、国として認められているのは、この地球圏のスペースコロニー群だけだ。彼らは最初、スカイアイランドとスペースアイランドの二つに分かれていたが、国家として認められ、ジオシティー合衆国と改名した。このスペースコロニー群は、すべて回転しており、大地付近は、1Gの重力がある。ところが、コロニー中心付近は、無重力状態になり、ここで、無重力でしか作れない薬や品物を生産して地球と交易している。また、地上では、シャトル級以上の宇宙船を作っていはいけない決まりになっているから、多くのスペースコロニーが、宇宙船のドッグを持っており、この宇宙船製造やメンテナンスが彼らの大きな収入源となっている。

 MG2とニナの宇宙艇は、超法規外。


 このスペースドッグが、ネオグランドの取り締まりを難しくしていた。ジオシティの基幹収入になっているスペースドッグの技術は、外に漏らせないので、秘密主義だ。ネオグランドは、それを利用して、スペースドッグを隠れ蓑に、地球の森を攻撃していた。


 ネオグランドの、合言葉は、地球を人類の手に取り戻そうだ。しかし、彼らが焼き払った森の後には、更に、厳しい森が誕生して、人は、もう、ここに入れなくなってしまった。これは、犯罪である。その上、結果が悲惨だ。その為、最近では、森よりも、先祖帰りした、巨大生物を襲うという方針に変えたようだった。だが、森の主級の動物襲撃は、自然から、大きな抵抗を受けた。今回の巨鳥襲撃がいい例で、結局森も焼き払っている。


「もう、この森に人は、立ち入ることが出来ないだろう」と、カブ爺が言っていた。



 そして、今度は、南米が狙われた。メキシコの山奥に、神聖な森がある。ここには、先祖返りした巨大な虎がいる。





 衛星軌道上から見る地球は、ただの青い地球ではなくなっていた。世界のいたるところで、オーロラが舞う様に浮かんでは消えている。 


 スペースドッグの最突端にあるこの、オフィスの明り取りは、強烈な太陽光を遮断して、地球の反射光を取り込むスタイルを取っている。だから、こんなところに長くいると、地球が恋しくなる。

 スペースドッグは、技術屋の集まりで、パイロットスーツを常用しているのが当たり前なのに、このオフィスにいるやせぎすの男は、ずっとスーツを着ていた。ドッグの事務方だと言えばそれまでだが、大した仕事をしていない会社だ。親の莫大な資産で、暇を持て余しているようなドッグだった。ここに側近のパロがやって来た。


「ネオ様、サーベルタイガーの目撃情報の裏が取れました」

「総督と呼ばないか。また、先祖返りか。その森に人は住んでいるのか」

「2家族います。ですが、サーベルタイガーの住処から、相当離れています。とにかく映像を見てください」


 それは、サーベルタイガーが、このスペースコロニーの悪意に気付いて吠えているような映像だった。それまで、上空からでは、長い牙が確認できなかったが、この映像で、サーベルタイガーであることが分かった。


「地上を我が物顔だな。メキシコは、このことを知っているのか」

「まだです。知っていれば、今頃ニュースになっているはずです」

「昔を恋しがる人間が現れる前に、始末する必要がある」

「しかし、ネオ様」

「総督だ」

「総督、我々は、中国政府に指名手配されています。今、事を起こすのはまずいのではないですか」

「理不尽な話だ。まだ、あの鳥が、自然保護認定されたわけでも、国鳥になったわけでもないのに、国際指名手配はない。自然を人の手に取り戻す気がない腑抜けを恐れてどうする」

「では、決行で」

「当然だ。大きな猫を排除してやる」


「はっ」

 軍服っぽいパイロットスーツを着た部下のパロは、ちょっと、だらしない敬礼をしてほかの仲間にネオの指示を知らせに行った。


 ネオは、一人になると、ぽつっと本音を言った。

「悲しいな、戻ることが出来ても住めない」


 ネオは強化用の補助具をつけないと1Gの環境下で活動することが出来ない。補助具をつけても長時間はむりである。なぜなら、骨が脆くなっており高重力に耐えられないからだ。これは、コロニー人全体に言えることで、コロニーの基礎重力を今の80%しないかという議論まで起きている。ネオは、その中でも極端な例だ。

 だからと言って、1/2の重力しかない火星に行きたいとは思わない。地球に帰りたいのだ。


 ネオは、部下たちが、

「いつまでネオに付き合うんだ。おれ達やばくないか」

「でもなー、つるんでいるといい金くれるし」

「ドックの仕事は、ほとんどないから楽だしな」

 などと囁いているのは知らない。



 宇宙艇のドッグに行くと、いつもの宇宙艇3艘の準備が終わっていた。宇宙艇のパイロットと地上部隊が18名。衛星のオペレーター9名。総勢27名。が揃っていた。


「ネオ様、また、地上部隊に入るおつもりですか」

 一番の側近であるパロが心配する。

「私が陣頭指揮しないでどうする」

 でもなー、その後、動けなくなって大変なんだよな

「パロ、銃を持ってこい」

「火炎放射器も必要です。奴ら、火に動揺する」

「スマートじゃないが仕方ないか」


 パロはやせぎすのネロと違って小太りだ。走るのが苦手で、つい楽をしようとする。四方を焼き払って、追い詰めるのがいつものやり方だ。



 サーベルタイガーが住んでいるのは、人里近くの林で、実際の住処は、小さい竹林の中にある。古い地球を知っている人は、その竹林だけ正常に見えるだろう。


 ここに、先祖返りしたサーベルタイガー夫婦と、生まれたての赤ちゃん5匹が仲睦まじく生活している。


 そして、子供の中に、精霊から転生したサーベルタイガーの赤ちゃんが、まだ、精霊時代の記憶を全部取り戻せないで、ボーっと母親の愛情にすがって、乳を飲んでいた。


 近所に住む人は、元々ここに住んでいた人達だ。親のサーベルタイガーは、何度か、この住民に林の中で会っているが、食べようとしたことはない。それは、遠い先祖の記憶がそうさせる。サーベルタイガー全盛のころ、一緒に森に棲んでいた猩々が、何かと自分たちの世話を焼いてくれていた。毛こそないが、人は、その、猩々に似ている。


 あるとき、昔を思い出したサーベルタイガーが、野兎を出会った人の目の前に置いてみた。すると、次の日、今度は人が、果物を同じ場所にいっぱい置いて行ってくれた。


 ああそうだ、そうして一緒に生活していた


 こうして、サーベルタイガーと、2つの家の人は、距離こそ置いていたが、いがみ合うことなく同じ地域で生活していた。



 このサーベルタイガーの森のたもとに住む、リベラ家とブレンコ家は、旧家で、街に住めばそれなりの資産で優雅に暮らせるのだが、先祖代々の土地を離れない人たちだ。多くの村人が、子供を持てなくなって、村を後にした。地下に簡易のシェルター住居を作ってやったのに、その有様だ。勿体ないので、シェルターを繋いで、小さな地下世界を作っている。


 その、過疎化した村に、春が訪れた。街に出していたリベラ家の嫡男が、地上人の嫁を連れて帰って来た。一次的だとは、言っていたが、街の環境より、この村のシェルターの方がよっぽど産まれてくる子に良いと、嫁を説得した。


 二人は、赤ちゃんが生まれても、この村を離れない。赤ちゃんの為だというが、親は、期待せずにはいられなかった。


 祖父のロロは、赤ちゃんを見て、ある決断をした。森の主に赤ちゃんを見せて、祝福してもらおうと思ったのだ。息子夫婦には内緒で、いつもの場所に赤ちゃんを連れて行った。恐る恐るサーベルタイガーに近づいたロロに、サーベルタイガーは、赤ちゃんをなめて森に去っていった。

 次の日、逆にサーベルタイガーが、自分の赤ちゃんを銜えて来た。ロロが、その赤ちゃんを撫でると、「ごうん」と、あくびするように吠えて、また、森に姿を消した。


 それ以上のことは、なにも無いのだが、その日からロロは、息子に、ここで生活しないかと真剣に相談するようになった。息子も、ここで何かできそうだと言っていた矢先に事件が起きた。




 とても晴れた夜中。サーベルタイガーの森上空に3機の宇宙艇が、反重力ホバリングして止まっていた。

 小太りのパロが、準備できたとネロを呼びに行った。

「ネロ様ー 準備完了です」

「だから何度も言わすな。総督だ」

「はい、総督。みんな待っています。作戦開始の指示をしてください」


 ネロは、オープンパネルに向かって作戦開始の指示をした。

「みんな聞け、作戦はいつも通りだ。3方向から、森を焼いて中央に、けだものを追い立てる。そこで、この私が、銃で仕留める。良いかな」

「ネオグランド万歳」


 地上部隊は、1小隊3人の3小隊に、リーダーのネロになる。パロは、宇宙艇をあまり出ない、地上を歩くのがしんどいからだ。

 地上部隊は、森が火災になって、その中にいても、活動できる外宇宙船外用スーツを着て地上に降下した。全身黒で統一しており、まるでロボット部隊のようないでたち。森を焼くのは不評ため、範囲を最小限にしようと、全く風がない今夜を選んだ。3人が横一列に大きく広がって、林を焼き、サーベルタイガーの退路を断つ。


「ゴウキュイジン(作戦開始)」



 サーベルタイガーは、夜行性だが、子供が小さい。食べ物は、人が持ってきた果物もあるので、子供を夫婦であやしていた。風がない日なので、匂いが流れてこないのだが、何かおかしい。三方が、明るくなっていた。


 父親が、様子を見に竹林を出ると、そこはもう、火の海だった。その火の中を陽炎のようにふらふらしながら、火をまき散らす黒い影。その全く異質な化物は、火の中を出ようとしない。


「がう」

 サーベルタイガーが、家族を連れて避難しようと思った矢先に銃声が鳴った。


 バゴン、バゴン、バゴン。


「がおーーーーん」

 サーベルタイガーは、森の住人に避難しろと大きく吠えた。そして、いやな予感を感じて、急いで家族の元に帰った。


 そこには、散弾銃で殺された妻と、子供たちがいた。そして、硝煙と、変な鉄の匂い。


「グギャオーーー」

 狂ったように、その臭い鉄の匂いを追ったが、途中で、消えていた。空には、黒い影。ネロは、攻撃力の高い雄を裂けて、上空に逃げていた。


「バカな化物ですね。空に飛んだら匂いが途切れるのは当たり前です。そこで、何もしないで死になさい」

 ネロに、一撃で相手を殺傷する腕はない。そう言って、バーズーカー砲の弾が尽きるまで打ちまくった。


 爆炎で黒くなって倒れているサーベルタイガーをしり目に、ネロは、笑いながら、そこを去った。




 リベラ家と、ブレンコ家は、夜中、この火災で目を覚ました。ロロは、息子と隣のブロンコに消化を頼み、主様を心配して森のたもとに急いだ。息子たちは、宇宙艇で森を消化した。火事自体は、早い消化に、大規模なものには至らなかった。


 しかし、ロロは、いつも主様と会っている場所に行って愕然とした。真っ黒なサーベルタイガーがそこに横たわっていたからだ。ロロは、慌ててサーベルタイガーに駆け寄った。


「主様!」

「わふん」

「生きておられた・・」


 しかし、ロロは、そこで、もう一度愕然とした。サーベルタイガーの腹から、内臓が飛び出ていたからだ。


「なんてことだ・・」


 ロロは、サーベルタイガーの内蔵をお腹に押し込もうとした。そこに、2匹の赤ん坊か、親に守られるようにお腹の下にいた。しかし1匹は絶命していた。ロロは生きている方の赤ん坊を取り上げて主様に見せた。


「主様、赤ん坊は、お預かりします」


 それを見たサーベルタイガーは、もう、吠える力もなかったが、口を動かして何かを言い絶命した。



 この事件は、ネオグランドが、公言しなかったのでニュースにならなかった。人の世界では知られていない話だ。


 しかし、精霊の間で、口伝えに広がった。生きのこった赤ん坊は、精霊の生まれ変わりだった。

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