第17話 龍の祠
龍の祠は、龍頭山の頂上から西参道に少し下ったところにある。龍頭山という名前は、その昔、龍神様が天から落ちてしまわれた時の頭の部分だったのが、この山で、そこから名付けられた。龍神様は、海に帰りたかったがあきらめ、ここを守護し、次期龍神とそれを守護するものを見守った。しかし次期龍神さまは、山頂に近い清水池に閉じ込められて昇龍になることが出来なかった。千年前のご先祖様は、この次期龍神様を助けて名付け親になったと古文書に有る。それは、秘密の名前で、私しか知らない。でも、たぶんカイトも分かると直感していた。
今日は、朝からスズが張り切ってみんなを起こした。剣術道場でも、気合を上げていた。でも、お婆様に、裏参道に当たる春参道を通って、山菜を取ってきてといわれ、スズのメインがそっちに移った。スズは、張り詰めた肩の力が抜けたのか、龍の祠は、私にタッチだといって手をたたいてきた。私たちは、山菜収集用のネットを片手に龍頭山に向かった。
龍頭山は、むかし修験道の道場があった。そのため、東西南北の表参道のほかに春夏秋冬の裏参道がある。ここは、山菜の宝庫だ。バップたちに食べられるものを教えるのが、お婆様の目的だったのだが、スズの頑張り過ぎもくじいたようで、和やかな出発となった。
修験道の神社だが、今はない。表参道は、石段になっているが、裏参道はただの小道だ。でも、本当にいっぱい山菜が生っていた。スズは、少しずつそれを摘み取りながらバップとカイトに、食べられる山菜を教えて一緒に収穫した。でも、小道から外れないで、帰りにいっぱい採るのよと、言っていた。その割には多い収穫。これは、主様へのお見上げでもある。私たちはこれから、オズチ様に会いに行く。
山の頂上に登り、廃墟の町側にちょっと下った所に、龍の祠がある。入口は、見た目、ただの洞穴で、洞穴の突当りに龍神様が祭られている。中は、とっても暗い。なので夢の時は、一度も奥に行ったことがない。お父さんと入ったことがなかったら、祭壇の奥が鍾乳洞になっているなんて思いもしないだろう。今日は、私が案内役だ。
「ここが龍の祠よ」
「お供え物はあるわよ。さっき採った山菜」
「ありがと、じゃあ、出発」
懐中電灯を灯して奥に進んだ。
カイトは、綾見家にある文献でここを知っていた。ここは、綾見博士の実験場だった。彼女は、とても優しい人で、小動物や昆虫をここに保護していたことがある。しかし、ここに定住させることはなく、元の住処に返していた。唯一、ガーディアンだけは、ここに住まわせていた。ガーディアンといっても、たいそうな者ではなく、小さな蜘蛛だったとある。
洞窟の奥は暗くなり、途中少し曲がっていたので、外光が届かなくなった。突き当りには、祭壇があり、お供え物を置いてみんなで手を合わせた。カイトは、この祭壇の奥から漏れる光に胸を躍らせた。マナミは、カイトたちに振り返ってくぎを刺した。
「奥が鍾乳洞になっているんだけど、立ち入り禁止よ。わざわざここに、奥くがあるって話さないから、知らない人も多いと思うの。内緒ってわけでもないけど。人が、いっぱい入って荒らされるのは困る」
「城山家が守っていてくれてたんだね。ありがとう」
カイトにとって、ここは、先祖が築いた光素体の実験場だ。ここが、千年も保存されていたことに感謝した。
「中は、真っ暗ってわけじゃないの、きれいよ。天井は、ヒカリゴケで、夜空の星のようなの」
「そっか、マナは、ご先祖様の服を取りに、ここに来たことあるのよね」
「あーあーストップ。スズやめて」
「どうせカイトにばれるわよ」
「ナニ、なに?」
「バップは今度!」
「とにかく入ろ」
マナミが案内役だ。4人は、目の錯覚で壁にしか見えない祭壇の奥をすり抜けるように入って行った。洞窟はもう少し続いており、もう一度、祭壇の突き当りのような壁にしか見えない突き当りにぶつかり、もう一度その壁をすり抜けた。4人は、急に広いところに出た。そこで、マナミが、懐中電灯を切った。
「すごい」
「きれいだね」
スズとバップは、満天の星空を見ているようで息をのんだ。2度目のマナミもそうだ。だけど、ぼくは全く違う風景を見ていた。果樹や農作物がきれいに整理されて生い茂る箱庭。この広いところの奥が鍾乳洞になっているのか、そこから水の音も聞こえてくる。発光している植物は美しい。農作物は野生として雑然と生えているわけではない。そこは、庭園のような美しさを持っていた。ガーディアンに守られているという意味が分かる。
「はい、タッチ」
マナミが、手を高く上げてタッチしてきた。
「ここからは、カイトが案内役よ。カイトがいると道が切り開かれるってオズチ様が言ってたわ。桜の木に案内して」
「わかった。みんな、ぼくの後についてきてくれ。勝手に菜園に入って荒らさないでくれよ」
「ここ、道あるんだ」
「勝手に菜園に入るなって言われても・・・」
カイトは、光の庭園を歩き出した。3人は、おっかなびっくりカイトの後に続く。目はずいぶん慣れてきたが、3人にとって、ここは薄暗いところだ。
「あっ、そうそう、サクランボを持って帰る布が桜の木の下にあるの。たぶん、お父さんが教えてくれた廿樂の中。そこだけ、土を掘り起こした後になっているから、すぐわかると思う」
この庭園の中央に祠があり、光る皿が祭られていた。その右手に桜の木があった。桜の木の手前に、石の目印があり、ここに廿楽(つづら)を埋めているのがわかる。4人は、この庭園の祠にもう一度お参りしてつづらを掘り起こした。廿楽の中には、サクランボで染めた大きな桜色の布がある。これが、普通は、触れないし、見えないさくらんぼを持って帰ることができる布だ。その下にも、小さな布が4枚あった。これを各々持ってサクランボを収穫することになった。
「この大きな布、パレオになりそうね」
マナミとスズは、何やら相談中。何の話?と、バップが聞くので、スズに目くばせされたマナミが、観念したように夢の話を始めた。
「オズチ様に鍛えられたら、どうせ、わかることよ」
「うん、話す。廿楽の中にある物って、夢の中で触れるの。だから、えーっと、ここにあった服を着て寝ると、夢の中で起きたとき、服を着て起きることができるのよ」
「服って言っても、ビキニしかなかったんだって。だから、この大きな布をパレオにしようかなって話してたんだ」
「ビキニ姿なの!」
「あー、その反応。いやらしい」
「ごめん」
「それなら、服を作ってみる?これだけサクランボがあれば作れるさ」
カイトは、立派な桜の木に見とれていた。
「作れるの?」
「ここにあるさくらんぼで染めたら、同じことができるみたいだよ。今度、仕立てに使える布を持って来ようよ。神社の神殿にある布は、すぐ染められる」
「すぐ来たい」
マナミは、希望の目をカイトに向けた。ずっと、ビキニ姿だった。
「ここに埋まっていたものは、洗濯しても効果が続くけど。染めたものは、1年ぐらいしたら効果がなくなるよ。でも、また、ここにきて染めると、今度はもっと長持ちしたんだって」
「覚えとく」
「ここには、いろいろな植物が植えてあるから、いろいろな色に染められるんじゃないかな」
「嬉しい」
「マナは、もう、道が開けたって感じ」
マナミは、巫女装束を作る気だ。袴なら、下から覗かれることもない。その代り大量の布がいる
「祠に大皿があっただろ。あれで染めていたみたいだよ」
「皿なんてなかったわ」
「じゃあ、見えていないんだ。たぶん、みんな触れる。でも、貴重なものだから、見えるまでは、持ち上げないでくれよ。千年前のご先祖様より前からあった皿なんだ。龍神さまの皿なんじゃないかな」
「でも、カイトが染めてくれるんでしょ」
マナミは、必死だ。
「わかった、桜の木を傷つけるわけにいかないから脚立がいるね」
「ねえ、食べられるか試そうよ」
バップとスズは、食い気だ。カイトは3人を桜の木の下に連れて行って一人ずつサクランボに触らせた。
「木を折っちゃだめだよ」
「わー、なんかある。これかなー」
「正解!」
「うーん、全然におわない」
「そう?、ちょっとさくらんぼって感じよ」
各々、さくらんぼを食べだした。
「おいしい」
「本当!」
「さくらんぼだ」
スズが、なかなか良い反応をした。
「あっ、鼻に抜けた。いい匂い」
「サクランボは、いっぱいあるから。でも、食べすぎないでくれよ」
手の届かない所は、採れないから、好きなだけ食べても大丈夫か
三人は、食べるのに夢中だ。止まらないので、カイトは、ちょっと周りを見ながら散歩を始めた。
果樹は、枇杷や、ザクロ、イチジクもある。ぶどう棚もあるので、それも。だけど、気になったのは、野菜畑だ。もう、早生のトマトときゅうりをがある。カイトは食べられそうだと、この畑に入った。
トマトを捥ごうとしたとき、ガーディアンを見つけた。小さな蜘蛛だ。
「ずっと守ってくれていたんだね」
そう言って指をクモに近づけた。蜘蛛は、ちょこんと、カイトの指に触れて、どこかに行ってしまった。
「カイトー どこだ。おれたち動けないよ」
「ごめんごめん、トマトときゅうりを見つけたんだ」
慌てて捥いだ割にはトマトはうまく捥げた。だけど、きゅうりは、つたまで余分に取ってしまった。
やっぱり、もうちょっと生ってから収穫しないと、いけないな
トマトときゅうりを持って帰ると、スズとバップが目をこすって手に持った野菜を見ていた。
「あれ、赤くない?」
「緑だよ」
「二人とも、正解だけど」
マナミが気付いた。
「相性がいいの、見つかったんじゃない」
「食べてみる?」
カイトが、トマトときゅうりを差し出した。二人は大きく頷いた。
二人は美味しくいただいている。バップなどは上手にきゅうりのヘタを噛み切って食べている。その時、二人のオーラが少し膨らんだ気がした。
「うんぐ、おいしい」
「きゅうりだよ、これ、きゅうりだよ」
「それで、サクランボは収穫した?」
「全部食べた」
三人とも即答だ。仕方なく、みんなの分も収穫した。一人ひとり、サクランボの入ったハンカチを持つ。カイトは、10粒ずつみんなに分けた。
「じゃあ行こうか。みんな、また、ぼくの後をついてきてよ」
そういって出口を目指した。みんなを神棚側に案内すると「ガサッ」と、言う音がした。振り向くと、鍾乳洞側に、人ぐらい大きな蜘蛛が、こっちを見ていた。
ああ、だから、こんなにきちんとしてたんだ
カイトは、振り向いて、手を振った。よく見ると小さいのもいる。蜘蛛達が、同じしぐさをしていた。それを見て、たぶん、みんな、すぐ友達になれるだろうなと思った。ガーディアン達は、この1000年で繁栄していたんだ。その割には、びっくりするほどの数じゃあない。カイトたちが、これから、光の側の生き物を保護しても困らないようにと生きてきたんだろうな。と、容易に想像がつく。
蜘蛛は、マナたちを脅かしたくなかったんだ。みんなには、蜘蛛達が、ガーディアンになったいきさつを後で話そう
カイトは、ご先祖様に感謝した。
蜘蛛達は、光の子が帰ってきたと喜んだ。
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