第13話 粗忽屋

 朝食後、城山神社の麓にある道場に二人を連れて行った。里の皆に変な目で見られるかと思ったが、蓋を開けてみると、案外歓迎されているように見える。実際は、握手して痛がったりしていたから、ちくちくは、やられているのかもしれないが、その程度は、友達の内だ。基本稽古を見取りしたあと、師範代に練習を任せたカブ爺が、二人の体力を見てくれることになった。結果、大まかに言って、二人共、体を鍛えていない人の平均より十パーセント体力が劣る事が判明した。


「これぐらいなら、大したことはない。鍛えられます」

 カブ爺が、何とかなると請け負ってくれた。

「やっぱり、シェルター人は、体力が落ちてるね」

「そうかな、私達の体力が上がったんじゃない」


 スズが言いたいこともわかる。実際は、この二人、私の三分の二しか体力がない。スズから見たら二分の一だ。スズは、特別としても、もう少し強くなってもらわないと、神聖林に連れていけない。ちょっと残念だ。


「主様に連れて行くって約束したんだけど、ちょっと様子見ね」

「じゃあ、先に私と二人で行く?」

「スカイクルーザーで、入り口まで行けば、何とかなるんじゃないかな」

 バップが食い下がった。スズと歩みを同じにしたかったのだろう。

 スズが、バップに気を使った。

「あーでも、龍の祠が先よね」

「そうよ、主様と話そうと思ったら、修行しなくっちゃいけないのね。そのために、見えない光の食べ物がいるそうなの。それがないと危険だって」

「とりあえず、龍の祠にいこう」

「カイトが居れば、道が開ける」


 道場の帰り道、カイトとバップに龍の祠のはなしをした。

「龍の祠に、見えない光の食べ物があるんだ。実際は、自分に合う物しか食べられないけど、見つかると精霊様と話せる修行が出来るようになるの。だから、食べ物を探したいのよ。私は、行ったことないんだ。龍の祠に付き合ってくれない」と、スズ。

「いく、いく」

 バップは、単純で良かった。

「いいけど、こっちもお願いが有るんだ。市場に行きたいんだけど、いいかな」

 私達は目を合わせて、ニコッとした。その計画もしていたからだ。

「いいわよ」

「お金も少しはあるんだ。おごるから」

「今の話し、二言無いよね」

「スズのは、バップが受け持つよ」


 バップが、カイトをつついている。スズは、私の倍は、食べる。

「後で、折半するからいいだろ」

「それなら納得」

 丸聞こえだが、こそこそやっているので、スズが怒った。

「なに、それどういう意味」

「いえいえー、スズ様に喜んでもらおうと思っているだけで」

「ふーん、バップ覚悟して、お昼は、市場で食べるっておばあ様に言っとくから」

「お手柔らかに頼みますよ」

 里最強女子を前に二人共たじたじだ。


「そう言えば、MG2も、マナとスズの体力測定したがってたな。母さんが言うには、MG2のおめがねにかなうと、火星のロケットレースに出ろって言い出すそうだよ」

「学習機が完成したら、測れるよ。スズは、いい線行くかもね」

「宇宙艇!操縦してみたい」

「ファイターだって言ってたけど。MG2の一番得意なのが、ファイターのメンテナンスと補佐なんだって」

「じゃあ、早く作ってよ。学習機」

「まかせてよ」

 結局仲の良い二人だ。本当にお昼は、市場で食べることになり四人で出かける事になった。




 里の海側には、市場が立つ。近くの島や対岸の町からも人が来て賑やかになる。漁師さんは、今朝上がったばかりの魚を並べ、里の北からは、農家の人達が山菜を取ってやってくる。魚を見ているバップが、養殖物とあまり違わない鯛を見つけて頭をひねった。


「養殖物と天然物は、どこが違うんだろ」

「食べてみれば分かるんじゃない。ここで買った魚は、市場の食堂に持って行くと調理してもらえるよ」

「どれがおいしいのかな。スズが選んでよ」

 スズとバップは、食べる事中心に市場を回っている。


 カイトは、対岸の町がやっている海外との貿易品を珍しそうに見ていた。


「対岸の町って、大きい町なんだろ。ここにあるのは、日本の物じゃあないよね」

「そうよ、私達の里は農業中心だけど、対岸の町は、他の里や町と貿易している貿易の町よ。あそこには、シェルターと同じ機材や乗り物もある。でも、一回森を焼いているから、大地の恵みが少ないわ。農産物は、私の里に頼っているのよ」

「それ、習ったよ。森を焼いてしまうと、もっと厳しい自然が、芽吹いた。それも、すごい勢いで、焼けた森に出現したんだろ」

「私達から見れば、まだ、なんとかなる森なのよ。だから、これ以上森とケンカをしなくていいように、スズのお父さんとお母さんが、派遣されているの。対岸の町の人達は、自然のことで、なにか有ったら、いつも私達を頼るんだけど、本当は、自分達で、仲良くやってもらいたいのね。スズのお父さんが、対岸の人にいろいろ教えているのよ」

「貿易の町か、一度行きたいな。シェルター人のことは、分かるんだけど、地上人の事は、ちゃんと伝わってこないんだ」

「対岸の町に行けば、いろいろ分かるわよ」

 カイトは、対岸の町、だるま市からやって来て店を出している人と話し出した。市場ではなく、ちゃんとしたお店を何件か紹介してもらっていた。



「カイト、マナ、食べる魚が決まったよ。お刺身にしてもらうんだ。食堂に行こうよ」

 スズが六匹もボラを その他には、サザエや、蝦蛄をいっぱい買っていた。支払ったのは、もちろんバップだ。

「青海島のボラが、六匹も手に入ったわ、今日は、市場に来て良かった。三匹はお土産にする」

 ボラは、海底をあさる魚だ。青海島は、天然の岩海苔の宝庫で、ボラは、その海苔を食べて育つ。里では、香魚として珍重されている。香りが良く、味も抜群だ。


「魚の値段は、シェルターの半額なんだ。買い放題だよ」

「まだ、どうやって稼ぐか決まっていないんだ。無駄遣いできないよ」

「とにかく、里のものを試すほうが先だろ。食べるのが一番」

 上機嫌の二人について行き食事になった。カイトも、ぼらを食べて、里に来て良かったと実感していた。

 スズやるなー



 私は、地上人のネットワークを持っている粗忽屋という、何でも屋さんをカイトに紹介することにした。市場のすぐ側にあるこのお店は、里の人がやっているお店で、対岸の町からだけでなく、独自のルートで仕入れをしている。マスターの先祖は、地磁気がなくなって、森林の自然が、人に厳しくなった時、宇宙艇で、世界中を回って桜を植林するよう呼びかけた人で、いろいろな里や町にコネクションがある。ただ、マスターは、偏屈な人で、里の人とあまり仲良くしているようには見えない。里長の立一さんだけは、幼馴染で、とても仲が良い。立一さんは良くお酒をのみにここに来ている。スズとバップは、荷物が有るからと先に帰った。


 チャラチャラン


 店内には、コーヒーやそのセット、エスニックな小物や服と、アジアンテイストにまとまっているが、奥にカウンターがあり、昼間は喫茶店、夜は、お酒を出すバーになっている。カイトは、店の品物を見たがったが、私は、先にカウンターに手を引いて連れて行った。カイトは手を引くと大人しくついてくる。子供の手をとっている気分で、言う事を聞かせたいときは、市場でもそうしていた。


「コウおじさんいるー」

 奥から、ちょっと派手な、南方の民族衣装を普段着にしているマスターのコウが出てきた。奥さんは、学校の先生で、私も教えて貰ったことがある。静さんは、ごく普通の人だが、コウおじさんと結婚した所が、変わっている所かな。


「マナミちゃん、彼を連れてきたのかい」

 第一声がこれだ。

「変なこと言わないで友達よ」

「だって、ほら、手を繋いでる」

「こ、これは、ここに連れてくるために、引っ張っただけよ」

「仲がいいんだから、気にすることないよ。彼を紹介するために来たんだろ」

「もう、知らない」


 コウは、人の雑音とか嫌いなくせに、私をからかうことだけは、好きみたい。


「悪かった。いい紅茶が手に入ったんだ、飲んでいくかい。彼も座って」

 カイトは、大人しくカウンターに着いた。

「綾見カイト君。昨日から、私の家に居候なの」

「カイトです。ここ、変わった物がいっぱいあるんですね」

「リュウイチから、聞いているよ。ワージシティーを出てきたんだって。マナミちゃん可愛いもんな」


 また変な事を言って


「マナなんですが、最初天使に見えました。でも、それよりも、なんだかホッとしたんです。それは、スズにも、カブ爺にも感じました」

 そう言われ、少し顔を赤くしたと思う。でも、コウおじさんは突っ込んでこなかった。


「龍の里にようこそ、歓迎する」

 珍しく嬉しそうな顔をして、カイトに握手を求めた。

「今日市場を見て、地上人の生活の方が、豊かに感じました。ボラの刺身美味しかったです」

「ここは、穏やかな里だからね。南方の里は、大変だよ。少しでも助けになればと思って、品物を売っているけど、自分の所しか知らない奴は、分かっちゃあいない」

「そういうの、オレ、知りたいです」

「桜の木があるから、里は、穏やかなのよ。コウおじさんのご先祖様は、それを世界中に知らせた人よ」

「うむ。南方は、コーヒーの木がいいみたいだよ。後、ナツメヤシだったかな。北は、そんなにひどくない。ヨーロッパのブドウ園は無事だぞ、バラが咲いているからな」

「オレ、コーヒー飲んでみたいです」

「いい事言うね。マナミちゃんは、紅茶でいいかい」

「いい紅茶が手に入ったんでしょ。私は、それ」

「さっき言ったの憶えていたか。いいよ、今日は、おじさんのおごりだ」

「ナオは、学校?」

「今年から中学だろう見学会に行ったよ」

「静さんがオペレーターなんでしょう」

「静がやっているから、文句は言えんが、あの学習機は嫌いだな。頭でっかちになって、体験とアンバランスすぎるぞ」

「カイトの友達が、シュミュレーションも出来る学習機を製作するそうよ」

「本当か、そっちで、学習させたい」

「出来上がって見ないと、なんとも言えませんが、シュミュレーション側でやると最初立てないぐらい消耗するそうです」

「なんだ、それ、習ったことある。普通の人用ではないな」

「どうかな、MG2は、何てことない感じでオレ達に勧めてきたけど」

「MG2!うーむ。まっ、なんだ、地上人の情報が知りたいんだったな。またここに遊びに来なさい。分かる事は、わしの解説付きで、教えてやる」

「ありがとうございます。最初は、国内でいいんです。でも、南方が大変なんですよね」

「そう、せっつくな。まずは、ここの里だろう。ここを理解しないで、外に行っても意味無いぞ。助けになりたいんだろリュウイチから聞いた」

「はい。それにオレは、父さんと、火星や疲弊したコロニーを幾つも見てきました。地上人の事が分かると。その人達も元気になると思うんです」

「やっぱり、宇宙に行きたいのね」と、マナミ。

「ワシなんか、地上で、手一杯さ。マナミちゃんの彼だからな。出来るだけ、話しをする」

「だから、彼じゃないって、言ってるでしょ」

「ワハハハハ、紅茶冷めるよ」

「知らない」

「それで、仕事は、どうする。喰うための仕事だよ」

「まだ、何するかは。でも、父さんと一緒で、交易かな。その為には、いろいろ見て回りたい」

「マナミちゃんも、彼について行きたいのか」

「カイトよ」

「ばば様は、許してくれないだろう」

「まだ良くわからない。でも、ついて行きたいのかな。私の遠いご先祖様が、精霊様と喧嘩しているって聞いたの。修行を終えたら、そこには、絶対行って見たい」

「和歌山だったな。リュウイチにも聞かれたよ。山の主様と喧嘩しているそうだ」

「梟の精霊様も山の精霊様じゃあないかって言ってた」

「分かった、詳しく調べてあげよう」


 カイトは、苦いと思ったコーヒーに意外と甘みがあるので、美味しくいただいている。多分、今夜は、寝られないだろう。ここのお店は、バックグランドに、ジャズを流している。買い物客があまり来ないので、カフェのような気分になる。コウがカウンターを離れたので、カイトと話す。


「マナ、ありがとう。コウさんいい人で良かった。仕事も何とかなりそうな気がして来たよ」

「そう思ったのなら、私達も連れて行くのよ」

「約束する。バップは初めからその気で、スカイクルーザーにマナたちの部屋を用意してる。でも、今日思ったよ。交易するにはクルーザーだと小さすぎるよね。宇宙艇が必要だ。MG2に相談するよ」

「うん」

 カイトがやりたい事が、ちょっと分かって嬉しくなった。私とあまり変わらない。お婆様の言うとおり、私のパートナーだと思った。

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