第9話 やせうつぼ
今朝は、朝練の後、養蜂場に行くことになった。
日本ミツバチは、以前の倍の大きさになっているが、私達に優しい蜂たちだ。春の花を前にして、スズメバチに襲われた。私達が駆除しなくてはいけないが、どうやら、神聖林の中から来ている様なので、危険なことになっている。大人達は、駆除の準備を始めた。蜂球から出てきたスズメバチは、五センチも有る大スズメバチだ。今スズメバチを抑えておけば、この後の繫殖が随分抑えられる。普段は、樹液を好んでいるはずなのに、なにかおかしい。ミツバチを襲う時期も早すぎる。だから、私が、夢で、スズメバチの巣を一度見に行ったほうがいいと、お婆様が判断した。そのためには、巣の場所を有る程度特定しなくてはいけない。大人達は大変だ。スズメバチの巣を探す捜査網を展開することになった。
私達は、養蜂場の様子を見に行った。
蜂達は、せわしなく飛び回っていた。ここには、巣箱が三十もある。1箱三万匹としても九十万、百万匹はいるコロニーだ。しかし、たった十数匹のスズメバチに二千匹がやられた。その後蜜蜂達は、蜂球というスズメバチ撃退法を使い、スズメバチを全滅させている。これは、日本ミツバチにしかない技だ。スズメバチは、高温に弱い、ところがミツバチは、摂氏五十度まで耐えられる。自分の体温を四十八度まで上げて、百匹ぐらいの集団で、スズメバチ一体に襲いかかって仕留めている。しかし、スズメバチが、十数匹集団になって、ミツバチに襲い掛かると、一箱丸ごと全滅しても不思議ない。養蜂場の惨状を見て、嫌な予感がした。子供達の朝練を終えて、カブ爺も養蜂場にやってきた。私達の側に来て、同じ違和感を持ったようだった。
「大スズメバチですね。こんなにいて、弱すぎる」
「カブ爺もおかしいと思った?」
「どの辺りから、スズメバチが来たか、見当つきましたか」と、スズを見る。
スズも神妙だ。
「これからみたい、でも、里に巣が確認されていないから、神聖林じゃないかって。おじいちゃん、スズメバチを退治したこと有るよね。私、見学できないかな」
スズは、守り手の修行を終えているが、こういう実践経験は無い。
「神聖林での駆除になりそうですから、まず、林の中を普通に歩けるようになってからにしなさい。スズも、姫も来週は、入れるのです。急がないように」
「うん分かった」
里の北、神聖林近くで、スズメバチを発見したと合図があった。この子を捕まえて、足にスダレのような紙の目印をつけ、後を追って巣を探す。神聖林侵入用の防護服を着た人と、里の中で追跡する人に別れての、大追跡が始まった。カブ爺のコムリンクを聞くと、どうやら、里から、北に真直ぐのびた中央道をひたすら北に登っていったところから神聖林に抜ける道辺りを追いかけているらしい。
「ここを真直ぐ行くと、いばら町だったところに出るんじゃない」
「あの町は、神聖林に埋没しています。あまり入りたくないですね」
「どちらかというと、菌類の多いところね。私も嫌いかも」と、私。
「だからって、最近侵食された所でしょ。怖い生き物はいないよ」
「スズの言う事は正しいですが、何が有るかわかりません。神聖林に入る者の無事を祈りましょう」
神聖林に侵入する連絡が、コムリンクから流れた。やはり、北の入り口のようだ。
・ヘルメット着用
声を掛け合っている。
・アナライザーに毒反応
大きな声がコムリンクから響く。
・足元に粘菌
・踏むな
・なんだこれは
・離脱、離脱だ。B班後を頼む
ガガガガ
「一班撤退しましたね。後二班」
「粘菌に毒性は無いでしょ。もしかしたら、溶解能力が有るのかもしれないわ」
「そうでしょうか」
カブ爺は、飄々としている。
・こちらA班。すいません動けなくなった者のブーツを脱がせて脱出。粘菌に絡め取られただけです。被害者を担いで帰ります
「よかった」
「でも、毒の方は、大丈夫かしら。気密服って、脱いだら役に立たないから」
「救護班が、入り口に控えています。きっと大丈夫でしょう」
カブ爺が請合う。
でも、スズも、私も祈るような気持ちになった。
「粘菌に攻撃性は無いはずです。答えは、あわてて動かなければよかった、です。パニックになって、逆に毒の危険を呼んだかもしれません」
カブ爺は、手厳しい。スズメバチの捜査はなおも続く。巣に辿り着けなくても、近くまでわかれば、今回は目的を達したことになるのだから、無理しないでと祈る。
・いばら町の奥まで侵入、行き過ぎたと思われます。帰還しますC班終了
「後一班ですね」
B班が、神聖林に入って三時間近く経つ。そろそろ撤退かと思われたとき通信が入った。
・スズメバチ多数。巣のそばです
・なんだ、この数は
・ハチを刺激するな
・B班撤退、蜂の巣が有ると思われる地域を特定、GPS確認任まかせます
カブ爺のブックを見ると、さっき粘菌がいた先に巣がありそうだった。思ったより、入り口近くだ。B班は、一度目印をつけたスズメバチを見失ったが、その後、別のスズメバチを見つけてマーキングしなおし目的を達した。
「後は姫に任せるしか有りません。よろしいですか」
「任せて」
深夜、私はベランダに出て海を見ていた。夢の海は、とても明るい。どうしたのだろう、星空が騒がしくなった。ただ、天頂の北極星近くにある星々は、大丈夫だといっている。私は、手を広げて、その星々をつかもうとした。すると体が軽くなり、ふわっと浮く。そうだ、飛ぼう。マナは、翼を広げた。
もう、あんなに家から上昇している。
バサ
羽を広げると、空気の厚い層を感じた。空気を感じると、羽が勝手に羽ばたく。エーテルの風を受けて、わたしは舞い上がった。そうだ、今日は、中央道をひたすら北へ向い。そこから神聖林に入る。いばら町は、もう、林の中に沈んだのだ。風は、まだ、陸側から吹いている。向かい風を滑空するように神聖林に向かった。
神聖林の手前にある桜並木をみると、チラホラ花が開花していた。満開になるのは、一週間ぐらい先だろう。神聖林北入り口を左に曲がったところに、里の人が、脱ぎ捨てた、防護服のブーツがあった。粘菌は、まだそこに留まっている。良く見ると、巨大な粘菌単体ではなく、手の平ぐらいの粘菌たちが寄り集まっているようだ。
何かに怯えているみたい
防護服のブーツを寄り代にまだ少しずつ増えている。この先にスズメバチの巣がある。羽を畳んで、ふわふわ浮きながら粘菌の溜まり場を越えてスズメバチの巣を探した。巣は、あっけなく見つかった。夜中なのにスズメバチ達が、羽音を鳴らしていたからだ。木の根元に巣を作っているのは間違いないのだが、数がおびただしい。巣の外に溢れている。それも、巣が有る木に群がっていた。これでは、木が持たない。木は、見るからに弱々しい光しか放っていなかった。
なぜ? 自分の巣なのに、木がかわいそう
桑の木にも見えるが、この木が何の木なのか、もう、良くわからない。広葉樹だろうが、もう葉が一枚も残っていなかったからだ。この木の横に、緑色の部分が全くない一メートルぐらいの植物が生えていた。赤色なので、気味が悪い。良く見ると、同じような草が、あたり一面に生えていた。スズメバチ達は、菌類も食べる、粘菌達は、異常繁殖したスズメバチを嫌ったのかもしれない。この状況を梟のミミ様に知らせなければと思った。ミミ様の巣は、山の上に有るので、一度、飛び上がって向った方が早い。この枯れそうな木の上空に出てミミ様の巣を目指した。
ミミ様は、私の長々とした話しを聞いて、一言いった。
「ホウホォー やせうつぼね」
「やせうつぼ?」
「寄生植物よ。植物の根に寄生して根から養分を吸うの ホゥフォホウ 普通マメ科の植物などに寄生するのに、木に寄生したのが現われたのね。それも、群生している フォホウ、フォホウ」
ミミ様の目が、せわしなく動く
「とてもまずい状況よ。スズメバチは、やせうつぼに影響されたのかもしれない。そうでないと、やせうつぼが寄生しているとはいえ巣にしている木を枯らすまで攻撃しない。それに、やせうつぼの繫殖を許したら、里の作物も被害を受けるでしょう。フォホウ、フォホウ 最低でも、木に寄生した突然変異のやせうつぼは、駆除しないと、神聖林も被害を受ける」
ミミ様のただ事ではない様子に、わたしは怖くなった。
「フォホウ、フォホウ。マナ。サクにこのことを伝えて。そうね、突然変異のやせうつぼが、スズメバチの巣が有る木に寄生した。元凶は、やせうつぼ。いい、元凶は、やせうつぼよ」
サクとは、城山さくら、お婆様の名前だ。私は、この言葉を胸に刻んで、帰宅した。
翌朝、目が覚めると、お婆様とスズが、私を覗き込んでいた。どうもうなされていたみたいだ。
私は、ガバッとおきた。
「元凶は、やせうつぼ。元凶は、やせうつぼ」
私は繰り返した。
「マナミ、落ち着きなさい。今なら、もっと憶えているでしょう」
お婆様に肩をゆすられて少し落ち着いた。
「ミミ様に聞いたの。突然変異のやせうつぼが、スズメバチの巣が有る木に寄生した。元凶は、やせうつぼ、元凶は、やせうつぼだって、お婆様に言いなさいって」
「分かりました。はい、お水。飲んで気持ちを落ち着けるのよ。スズメバチは、どうでした」
「大量にいた。狂ったように自分の巣にしている木に集っていたの、それも、巣に入りきれないぐらい。それより、やせうつぼの群生の方が危険なの。粘菌は、スズメバチの大量発生を嫌っただけ。そこが、近道よ」
スズが私の奔放な言葉を一生懸命丁寧な言葉にしてノートに書いていく。お婆様は、困った顔をした。
「ふー やせうつぼは、世界中に分布しています。突然変異がここだけなら、良いのだけれど。スズ、リュウイチ(立一)に聞き取りノートをすぐもって行って。スズメバチは、やせうつぼを全部狩るために邪魔よ。どちらも全て排除してくださいと、言ってきなさい。それで様子を見ましょう」
「はい、おばあ様。姫、顔を洗って目を覚ましてくださいね。リビングで待っています」
スズは、守り手モードに入っていた。私と違って、感情を殺す訓練を受けている。急ぐ時などは、このモードの方が、正確に現状把握をして仕事をこなせる頼りになる守り手になる。お婆様は、やさしい顔になって私の頭をなでた。
「お疲れ様、明日は、バルコニーで待っています。もう一度、ミミ様のところに飛んで頂戴。詳しく話しを聞く必要があります」
私は、「うん」と頷いた。
里では、スズメバチ討伐衆と、やせうつぼ伐採衆が組織され、翌日、全ての仕事を済ませた。それは、里をあげての仕事になった。これで、やせうつぼの件は、全て終わったと私達は、思っていた。やせうつぼ事件は、この後、里で起きることになる。そのときカイトの機転で、事なきを得ている。カイトはこれを切っ掛けに里の者と仲良くなった。バップはもっと大変。スズの取り巻きは、里より白門島にいる。その話は、夏の白門島までお預け。
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