第6話 綾見家の遺産
トントン
夜中に窓をたたく奴は、バップしかいない。カイトは、笑顔になって窓を開けた。
「なんだ、寝られないのか」
「母ちゃんと喧嘩したんだ。もう、鬼かと思ったぞ。でも、また親父が、味方になってくれたんだ」
「いきなり、龍の里に住みたいって、言ったんだろ普通怒るよ」
「それでさ、夕食抜きなんだ。なんか食べる物ないか」
「ちょっと待ってろよ。台所に行って見る」
「飲み物も頼むよ」
バップは、手を合わせて拝むようにした。
台所に向かうと、リビングには、母親のセレナしか居なかった。
「母さん一人! 父さんは? まだ、倉庫なの」
「そうなのよ。探し物が有るって言ったっきり、こもっているの。さすがに夕食は食べに来たけど、ちゃんと食べていないのよ。夜食も食べないかって誘ってくれない」
「オレも夜食が欲しいんだ」
「いいけど、ビスケットよ。蜂蜜たっぷりだから、いっぱい食べないでね」
カイトは、地下の倉庫に降りていき、ヒデオに声を掛けた。
「父さんまだ探し物?」
「カイトか、ちょっと面白い物を見つけたんだ。明日見せるよ。例のロケットも有ったぞ」
「母さんが、夜食どうかって」
「そうだな、ちょっと休むか」
ヒデオは、よっぽど面白い物を見つけたのだろう。全く疲れを知らないように見える。一緒に台所に行き、自分は自室に、父さんは、ビスケットを持って、母さんが居るリビングに向かった。バップは、待ちきれないと言った感じで居たが、綾見家特製のビスケットを見て機嫌が直った。セレナが作るビスケットは、蜂蜜の入ったイーストビスケットだ。ビスケット生地主体のボリュウムのあるもので、紅茶と相性が良い。
「ごめん、紅茶は、入れるの面倒だったから、水でいいだろ」
「助かるよ。これ、龍の里でも食べられるかな」
「ワージシティーと里は近いんだから、オレの母さんに頼めばいいんじゃないか。それより、収入は、どうするつもりだ。いくら、スズに一目ぼれだからって、急に里に住むのは、ムリがないか」
「そこだけど、親父が味方についてくれたんだ。ちゃんと収入が得られるように出来るなら、母ちゃんを説得してくれる。それまでは、内緒で、助けてくれるって言うんだ」
「バップの父さん、理解あるなー」
「だろ、親父もぼくぐらいの頃、同じ事をしようとして、あきらめた事が有るんだって。だから、ぼくが、親父のあだ討ち戦をやるってことで、絶対、シェルターの外に、生活ベースを作れって言うんだよ。カイトのほうはどうだい」
「まだ話し合っていない。父さんは、あれから倉庫にこもりっきりなんだ」
「銀のロケット探しか。古い物なんだろ。うちも、それなら、あるってさ」
「それは、もう、見つけたみたいだよ。ロケットを探していて、なにか面白い物を見つけたみたいなんだ」
「里に関係あるものかな、ちょっと興味ある。どんな物か知らないけど、ぼくも、見ていいか聞いといてよ」
「わかった。それよりも明日は、メンテナンスロボット作るの、手伝ってくれよ」
「そうだな、母ちゃん怖いし、カイトの母ちゃんの飯を食わして貰おうかな」
「かまわないけど、喧嘩しっぱなしはまずくないか。とりあえず、『良く考える』とか言って謝っとけよ。お前んところの母さん怖いけど、すぐ泣いちゃうじゃないか」
「良く考えても、里に行くけどね。そうするよ」
バップは、ビスケットを食べて満足したのか明日来ると言って、又、窓から出て行った。
翌日、なかなかバップが来ないので、バップの家に誘いに行ったら、大変なことになっていた。バップは、母親と修復するどころか、大喧嘩をしていて、母親は、大泣きしてバップを引き止めているところだった。カイトは、修羅場を離脱しようとしたが、バップと母親双方に引き止められ、仕方なくその場に留まった。これは、自分の事でもある。それに、バップのお母さん、敦子さんの話しも、最もだと思って話しを聞いた。
「カイト君も、分かるでしょ。大人になって、たまに里に行くのは、かまわないの。だけど、住んでしまったら、もう、シェルターには、戻れないのよ。遊びに帰ってくることも出来なくなるわ」
「こんな箱庭、もう、用は無いよ」
「母さんにも会えなくなるのよ」
「母ちゃんが、会いに来ればいいだろ。近いんだから」
「仕事は、どうするの。里は、殆ど農業しかしていないじゃない。今から農業なんて出来るの」
「ちがう、ほかの仕事をする」
「仕事って、何するか言って御覧なさい」
「ぐっ!」
「ほら、言えないじゃない」
「それは、これから考える。じゃあ聞くけど、できる事を見つけたら、里に住んでいいんだ」
「それと、これとは、別の話でしょ。里で、出来るんなら、ここでも出来るって事じゃない」
敦子さんは、バップがシェルターを出る事を嫌がっている。
「そうでしょう、カイト君」
「おばさんの言う事もわかるなー」
「カイト、どっちの味方だよ」
「だって、おばさんの方が、筋が、通っているから。でも、地磁気が戻って、シェルターに住む必要がなくなった時の事を考えると。バップかな」
「どうして。それは、地磁気が戻ってから考えることよ」
「おばさんは、スペースコロニーの人の事を無視しているよ。八百年もコロニーで生活している人は、短命になっているよね。地の物を食べていないからだって、父さんが言ってた。オレ達だって、食料プラントの物ばかり食べてる。今だって地上人より、体力が劣り出しているじゃないか。オレ、知ってるよ、里の農作物は、セーフだって。なのに、ここに居たら食べられない。スペースコロニーの二の舞は、ごめんだよ」
敦子さんは、黙ってしまった。
「とにかく、どうやって、食べていくのか分かるまで、この話しは、無しですからね」
敦子さんは、それ以上バップを攻めなくなったので、バップも肩の力を抜いた。
「助かったよ。母ちゃんが泣き出すと、手がつけられないんだ。親父は、早々に仕事に出かけたよ」
「朝飯は食えたのか」
「なんとかね。お昼は難しそうかな」
「とりあえず、オレん家に来いよ。メンテナンスロボット作ろうぜ」
家に帰るとヒデオが、てぐすね引いて待っていた。セレナが、ヒデオの仕事部屋に行けと言うので、バップも一緒に、仕事部屋に直行した。ここには、中性子レーザー通信が出来る星間通信施設とヒデオが趣味で組み立てているスカイクルーザーがある工房になっている。手作りで、スカイクルーザーを作れるのは、ワージシティーでも、ヒデオだけだ。バップは、エンジニアを目指している。ヒデオがいるときは、殆ど弟子のように、ここに通っては、ここにある設備をいじらせてもらっている。
「やっと来たか、バップもこっちに来い。すごいぞ、このロケットのひも。結び目がどうしてもほどけないから、ロケットを壊そうと思っていたところだ」
「どういうこと、父さん」
「光素の反発フィールドを天然で出しているんだ。エーテルフィールドみたいにアンチエーテルフィールド(反光素場)と違うぞ」
「ふーん、良くわからないけど、壊そうとしているロケットも、ひもと一緒で青く光っているよ」
「なんだって・・・・・」
ヒデオは、顔にすごい冷や汗をかいてロケットを壊すのをやめた。
「ちょ、ちょっと急ぎすぎたかな。ロケットが光っているのなら、結び目がほどけない理由になるからな」
「おじさん、説明してくださいよ。そのロケットは、カイトに渡すんじゃなかったんですか?」
ヒデオは、頭をかきながら、ロケットをカイトに渡した。
「やっぱり、理論構築が先だな。今度でいいから、そのロケットを貸してくれ。光素体が見えないオレが、いじったら、取り返しがつかないことになるかもしれないからな。それともカイトに、研究してもらった方が安全か!」
カイトは何気なく銀のペンダントを首にかけた。カイトのオーラは青だ。ロケットを首に掛けたら、オーラが強くなった。体が光っていただけだったのが、青い光が体全体を包み込むように光っている。不思議な感覚だ。
「カイトには話したが、バップも聞いてくれ。うちの(綾見家)ご先祖様は、エーテル(光素)理論を構築した人だって言うのは、知っているだろう」
「宇宙船や、戦艦に使われている、バリアーの基礎理論を構築した人ですよね」
「そうだ、宇宙移民が始まる二百年前、今から千年も前に、その可能性を指摘していた人だ。当時は、見向きもされなかったけど、今じゃあなくてはならない機能だろバリアーは。だけど、本当に研究していたのは、光素のみで構築された世界観だったんだよ。ここに、現物が有ったんだ、研究が進んだわけだ」
ヒデオは、興奮気味に話した。学習機で、情報は詰め込まれているので、言っている事は、聞き覚えあるのだが、発想の転換や、応用は、これから自分達で、何とかすることなので、その先を話しているヒデオに、ついていけないのが本音だ。
「ごめん、父さん。何言っているのかわかんないや」
「とりあえず、ご先祖様の研究は、理解するんだぞ。多分うちと、城山家にしかないし、データーチップになっていないから、本を読め。一つだけ、ヒントをやろう。カイトが見ている、見えない世界は、触れないだろ」
「光だからね」
「ロケットのひもの絹糸をよって見えない光の糸だけにしてみろ。触れるから。引っ張ってみてもいいぞ、切れないからな」
ロケットのひもには、青く透明な糸が一本混ざっていた。
「この青い糸?」
「そうだ、それは、龍の髭なんだ。とても丈夫で、切れる事が無いとある。このロケットは、全部で、四つ有るそうだ」
「ぼくにも、見せてよ」
バップにロケットを貸した。バップは目を凝らして見ているが、この青い糸は、見えない。
「見えないけど、触れるね」
「だろ。見えない光の世界の物を触れるという例だ。光素の反発フィールドを天然で出しているのはわかるが、ただ触れるだけじゃあ、なさそうなんだ。さっき失敗しそうになったからな。カイトにこいつの仕組みを解明してもらう方が安全だ。頼めるか」
「分かった。すぐにと言う訳には行かないよ。オレも、バップも、もうすぐ成人だからね。将来どうするか考えたいんだ」
「そうだな、やっと学習機から、開放されたばかりだ。好きにしなさい」
教育課程は、義務教育で、全員学習機で、今ある知識を十六歳までに、ほぼ詰め込まれる。その後、自分が何をしたいのか選択して実地で、勉強することになる。学習機教育終了から三年間は、なりたいものを試行錯誤する時間を与えられるが、それを越えると、ストレートに行きたい進路にいけなくなる。やりたい事を早く決めた人は、パイロットになるためにバーム軍(宇宙軍)アカデミーに入ったり、家業を継いだりしている。ところがカイトとバップは、この教育課程から外れてもいいと思っている変わり者だ。いくら好きなところに行っていいといっても、卒業する人数が決まっているので、バーム軍のアカデミーなどは、大半の人が、その後苦労することになる。カイトとバップは、宇宙より地球をどうにかしたいと思っている。故郷が、おかしくなって、二百年。地磁気消失が、自然災害だといえばそれまでだが、ベース有っての宇宙開発だ。だから、地球を見る旅に出ようとバップと話し合っていた。その拠点が、ワージシティーである必要はない。なぜなら、ヒデオが、ぼく達を支援してくれる。物資は、どうにかなるからだ。シェルターに閉じこもっているより、むしろ、いいかもしれない。
「父さん。母さんに話すことにした。もっと、世界を見たいんだ」
「ぼくは、カイトのバックアップ。エンジニアが、船の要なんだよね」
「そうだぞ。お前達は、二人で一人だ。チームを組んだのなら、とことんやれ。それで二人共、今日は、どうするんだ。バップが組み立てているスカイクルーザーもそろそろ完成だろう。カイト、すまないが、父さんは、これから仕事だ。砂金と、里の作物の貿易を何とかしなくちゃいかん。早く完成させて、次の段階に行けよ」
「分かった。そのために、メンテナンスロボットを完成させるつもりさ」
「おじさんのメンテナンスロボットを そのまま転用できそうなんだけどダメだよね」
「こういうのは、自分でやってこそ、面白いんだぞ」
さっきバップがオレに言っていた事を父さんに言われた。バップは、父さんにそういわれて、やる気に火をつけた。
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