第2話 廃墟の街

 砂金探査衆は、父を先頭に六人が手を上げた。私の方は、スズとカブ爺が、選ばれた。カブ爺は、うちの家人でスズの祖父だ。植物に詳しく頼りになる。神聖林ほどではないが、廃墟の植物にも毒性のあるものが有り、知らないと、被れたり、炎症を起したりする。今日は、そういう植物の見分け方を教えてもらって、そのうちスズとだけでも行ける様になりなさいというのが、父の勧めだ。

 廃墟の街だったら重装備の父達と違い、有る程度軽装でいけると思っていたが、そこは、お婆様にチェックされてしまった。元は、宇宙船用のパイロットスーツだったその服は、通気性も有る防護服に改造されていた。神聖林に入る時必ず着用しているものだ。危険な植物の胞子や種を簡単に払う事ができる。それに獰猛な動物に出会っても、身を守ってくれる。とっても役に立つ防護服なのだが、動き辛いのが難点だ。


 しかし、父も、この防護服を勧めてくれた。

「神聖林にも入りたいんだろ。今から馴れておきなさい」


 そう言われて、納得して防護服を装着した。私達は、砂金探査衆に神聖林の外縁まで連れて行ってもらい引き返すコースを取ることになった。神聖林に行くには、最初に、龍頭山南登山道から150メートルの頂上まで登り、西登山道を下る。山頂からちょっと西登山道側にある龍の祠に寄り、旅の安全を全員で祈った。そこから、西登山道を下ると平野に出る。ここが、廃墟の街だ。こうなる前は、栄えていた街で、今でも高いビルの跡がある。街はシダやコケに侵食されていた。

 私達の里は、この難を逃れている。里には、元々桜の木がたくさん植えてあった。桜が、防護林の役目を果たして、このような惨状にならなくて済んだ。桜は、この時代の守護木だ。対岸の町も同ような理由で生き残っている。少し西に進むと広い道路に出るので、そこから北に向かうと神聖林がある。この広い道路は、何もないが,一番安全な道だ。私も夢のときは、ここを通る。森は、アスファルトが嫌いらしい。廃墟の街は、林や森ほど極端な変化をしていない。林の外縁部に到達すると、コンが私達を待っていてくれた。全員コンをなでて喜んだ。


「コン、久しぶりだな」

 お父さんなどは、大きくなったコンに飛びついた。昔は、逆にコンがお父さんに飛びついてじゃれていたが、あるとき大きさが逆転して、お父さんがケガをしたので、それ以来、お父さんにも、みんなにも飛びつくのを止めた。コンは昔より、逞しくなっている。


「今日は、マナミに付いて行くんだろう。ご苦労さん」

 お父さんは、そう言うが、コンは、私にすまなそうな顔をした。やはり危険な林に入る父達を見過ごせないのだろう。私は、コンの首に抱きついた。


「コン、お父さん達をよろしくね」

 コンは、私のほっぺをなめた。そして砂金探査衆を先導する様に林に入って行く。父が私の肩に手を置きコンの後に付いて行った。

「夕食までには、帰るからな」

「分かった、みんなも気を付けて。コン!」

 コンは、ちょっと振り向いたが、そのまま林の中に入って行った。


 カブ爺がショッピングモール跡を案内するというので、私達も移動することになった。ここには、かつて、客寄せ用のガラス張りの植物園があったところで、今でも多種多様な植物を見る事ができる。今日は、ここで実地勉強だ。ショッピングモールの中を抜けて、植物園に行くのだが、コケやシダが、中まで侵食していて、洞窟の様になっていた。


「ここの植物は、安全なのですが、植物園の植物には、亜熱帯のものが多くあります。突然変異して毒を含むものも増えたのです」

 カブ爺は、元々お婆様の守護者だったから、とても定丁寧な話し方をする。私とスズは、植物園に入って驚いた。殆どジャングルだ。巨大ではないが、変わった植物ばかりだった。

「マナも、ここ、初めてなの」

「うん、夜のショッピングモールって、洞窟みたいで、ちょっと怖いのよ。ちゃんと羽で高く飛んでいないから、外からちょっと眺めたことしかないの」

「そうなんだ」

「神聖林に行くと、コンが待っていてくれるの。だからどうしてもそっちに行きたくなっちゃうのよ」

 スズは、うん、うんと、頷いている。


 カブ爺の講義が始まった。カブ爺は、大事なことは、二度言いますからねと、さっき言った事をもう一度話した。


「いいですか、太古の日本人は、自分達も、自然の一部だと思っていました。ですから、千年前までは、自然と云う言葉すらなかったのです。自然と仲良くしていたおかげで、日本本来の太古植物は、私達を傷つける様な突然変異をしていません。ですが、外来種や、ここにあるような亜熱帯植物は、外敵から身を守らなければいけないので、この様な異形になったのです」


「はい、はーい」

「はい、姫」

「何から身を守ろうしたの」


「昆虫達です。今の地球は、ここ千年以来ないぐらい、酸素濃度が上がっています。昆虫は、酸素濃度が高いと巨大化するのですが、そのために食欲も旺盛になります。種まで食べてしまう昆虫が現われたため、自分達を守ることにしたのでしょう」


「そう言えば大きい蚊を見たこと有る」


「スズ、質問があったら手を上げてください。亜熱帯の蚊は、凶暴になったと聞きますが、日本の蚊は、絶滅危惧種です。環境の変化に遅れを取ったのです」


 今度は、二人共手を上げた。見たことある花なのに、毒性があると聞いたからだ。


「これ、アザミよね」

「アメリカオニアザミです」

「綺麗な花、蘭でしょう」

「蘭は、亜熱帯植物です」

「タンポポは?」

「在来種は、随分少なくなりましたね」


 聞いていたら、太古からある在来種は、随分少ないのだと分かった。マナミは、また、手を上げた。


「もし、太古植物を見つけたら、持ち帰ってもいいの?」


「なかなか、いい質問ですね、姫。すぐにと言うわけには行きませんが、桜の木で囲った試験場がここの海際にあります。ここで様子を見て、持ち帰っても良いと判断されたら持ち帰る事が出来ます」


 持ち帰れると聞いて、二人の目に星がいっぱい出たので、カブ爺は、釘を差すことにした。


「問題が、ないわけでは有りません。植物同士の相性があります。ですから、なんでもかんでも、持ち帰っていいと言うことにはならないのです。持ち帰るときは、長の許可がいる事になります」


 残念そうな顔の二人を見て、一通り話したと思ったカブ爺は、廃墟の街を案内してくれた。丁度大きなビルに差し掛かったとき、空で爆音がして黒煙が見えた。



 ボフン


「スカイモービルだ」


 私達は、慌てて、スカイモービルの落下地点に急いだ。スカイモービルは、反重力を使った乗り物で、落下事故など聞いた事が無い。行って見ると、電子部品が焼けた臭いがした。老朽化した、スカイモービルを無理に使いすぎたのだろう。ショートして火災が起きていた。エンジン部分は健在のようだったが、黒煙で真っ黒になっている。中から、パイロット姿の少年が、出てきた。


「ごほっ、ごほっ、すいません。お騒がせしちゃって。ここ、どのあたりですか?ひやーまいった」


 黒煙で、真っ黒な顔をしているが、少年は自分達と同じ年のようだ。


「神聖林前の廃墟の街よ。あなたは?」


「うわ、遠くでやっちゃたな。ワージシティーのカイトです。綾瀬カイト(海杜)」


 カブ爺がちょっと割って入った。

「シェルターの未成年が一人で、遠出をして大丈夫ですか」


 カイトは、頭をかいてごまかすわけでもなく素直に話した。

「分かります?でも、あとちょっとで、成人です。それで、遠出を企画して、コイツをテスト飛行していたんです。おれ、日本を旅したいんです」


「エンジン以外は、壊滅ですよ。それ」

「はい、最悪の結果だけは免れました」

「カブ爺、里に帰らないと、通信設備はないわ」

「皆さん、地上人ですか」

「そうよ。私達の里に来るしかないでしょ。どうしたい?」

「行く、行きます。通信お願いします」

「いいわ、私は、長の娘で、マナミよ。よろしく」


 カイトは、私に手を出され、思いっきりテレながら真っ黒になったグローブを外して握手した。カブ爺は、仕方ないかという顔をしている。スズも、ちょっと珍しい、シェルターの子供を見て興味津々のようだ。私達は、カイトを連れて里に帰ることにした。

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