急:女は灰となり、死体は息を吹き返す
黒よりも暗い濃灰色の空を、目を灼くような赤い光が照らし出した。
それを見上げた人々は何を思っただろう。またトチ狂った大企業の広告プロジェクトか、更なる天変地異か、はたまた待ちに待った最終戦争の幕開けか。あるいは、もしかすると、この暗澹たる煉獄にあっても信仰心を失わなかった、稀有で敬虔な信仰者――もしくは、とうに正気を捨て去った狂人なら、こう思ったかもしれない。
神が起こした奇跡だと。
果たして、それは、その全てであり――逆に、そのどれでもないと言えた。
科学的な見地から言えば、それは単なる一生命体である。更に言えば、極めて強靭で知的な――客観的指標に基づいて評価すれば、人類より遥かに優れた生存力を持つ異種知性体である。
すなわち真の霊長類、食物連鎖の頂きに立つ地上の王。全てを喰らい尽くす貪欲なる悪魔。あるいはもっと端的に“
かつて人類を破滅の縁へと追いやり、今なお脅かし続ける“
成層圏に広がる低高度デブリ帯の中でも、一際大きな残骸――かつて人類が隆盛を極めていた時代、戯れに造り出した空中プラットフォームで目を覚ました、
それは、その極めて優れた知覚能力によって、すぐさま“獲物”の捜索を再開する。
『彼』は人間で言うところの、苛立ち、あるいは興奮に近い状態にあった。
“眠り”に就く前、あと少しという所で逃した“獲物”。通常の食餌とは異なる、激しい抵抗。変化のない食餌と平穏な生活が乱されたことへの怒りと喜び、通常とは異なる態度と能力を示す“獲物”に対する興味、そして征服欲。『彼』に心臓があれば間違いなく高鳴っていただろう。分泌腺があれば唾液の量も増えていたに違いない。アドレナリンのような興奮物質の増加もあったかもしれない。
昂りに応じて、上昇したのは体温だ――体表を包むプラズマが音も無く弾ける。
『彼』は、その首を地上へ向けて巡らせた。“獲物”の気配を感じる。
距離は遠くない。どうやら、発見した場所からほとんど移動していないらしい。幸い、死んではいない。まだ楽しめるようだった。
『彼』は、喜びのようなものを感じ、喉を鳴らした。プラズマが吼え猛り、嘶きのような高音を発する。
それからおもむろに翼を広げ、地表へ――地表に存在する“獲物”へ向かって、“ジャンプ”する――
――例えるなら、
とにかく、最初に襲いかかって来たのは光である。瞼を閉じてなお視界が白く染まるほどの。続いて衝撃波――総重量一トンを超える
骨伝導スピーカーを介した重蔵の号令が、それに拍車をかけた。
『目標は地表到達ッ! 被害状況を確認せよ――』
「――るっ、せぇ、な――」
ナナミは三半規管の混乱を無視して、エアバッグの隙間から物理スイッチを殴りつけた。三度目のパンチで、ようやく爆砕ボルトが起動し、変形した装甲が吹き飛ぶ。まだ余波に揺らぐ空気の中、彼女は
『――アルファからチャーリー、反応消失ッ』
案の定、外部の景色は一変していた。元々、『大災厄』時に破壊されてから数十年、予算不足を理由に放置されていた無人地域である。人の影はもちろん生き物の気配すらなかった廃ビル群が、原型すら失っていた。
『デルタ残存、エコーのみ健在ですッ』
そして。
ほんの数百メートル向こうに、それがいる。
「……なんだアレ」
思わず呟く。
その姿は、あまりにも予想通り過ぎて、逆に現実感が抜け落ちていた。
形状は孔雀に似ている。長い首、大きな翼、伸びた尾――嘴から尾の先まで、十メートルといったところか。その全てが炎のような――見るだけで眼を灼かれそうな、熱と光の集合体によって形造られている。
『
ナインの答えに、ナナミは首を振った。
「それはさっき聞いた」
『口腔から噴射する超高温のプラズマが最大の武器。移動速度も極めて早いが、滑走距離が不十分な近距離戦闘であれば、“E
「それも知ってる」
『すまない、ミズ・マツシタ。これ以上のデータはスタンドアローンでは提供できない』
彼女は溜め息を吐く。可能と推測される、とは随分なデータである。検証の為に、一体何人が黒焦げのハンバーグになればいいのか。
『――総員行動開始ッ! すぐに来るぞ!!』
「はいはい。分かってるよ、チーフ殿」
通信機ごしに毒づいて、ブーツを固定具から引き抜く。
全高三メートル程度ある強化装甲の
(まったく怖いもの知らずだね――怖いぐらいに)
事前に注射した“
抜刀――右に『岩切』、左に『首切』。頑丈さと切れ味だけが取り柄のカタナである。稀代の名工忌部業宗の真作だと前の使い手は語っていたが、果たして真偽はいかばかりか。
(嘘だったら恨むよ、先生)
正面から押し寄せる熱波は、ただそれだけで人類を煮え立たせるほどに激しい。耐熱をはじめとして、十数種類の抗魔咒式を刻んであるはずの
『
不意に、空気の流れが変わった。熱を伴って押し寄せる大気が、一瞬の滞留を経て、今度は熱波の中心へと舞い戻っていく。
ナナミは咄嗟に、崩れ落ちたビルの外壁に身を隠した。
それは、ただの勘による行動だったが、間違いではなかった。
着弾の熱と衝撃によって爆散、融解、あるいは灰燼となった死体達が、あの巨大な嘴へと吸い込まれていくのを、彼女は見た。
まるでミキサーからぶちまけたスムージーを吸い取るような気軽さで、人を啜る。
“
人類にとって、正しく不倶戴天の敵――恐るべき荒ぶる神にして、無慈悲で傲慢な殺戮者。この滅びかけた世界と死にかけた人類を喰らい尽くさんとする略奪者。
彼女は戦意を支える“
彼の方でも、同じくこちらを見つけたようだった。
その青い眼と、束の間視線が絡んでしまう。
(馬鹿。こっちを見るな――鈍っちまう)
間もなく風が収まると、『
それは危機であり――同時にチャンスでもあった。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉッ――」
彼女は手近な壁を蹴って跳び上がると、ほとんど融解したビルの残骸を駆け上がり、ぐにゃりと捻くれた鉄骨の端を蹴りつけ、大きく跳躍した。
振り下ろす二刀で狙うは、翼の付け根――まずは敵の機動力を削ぐ。チタンさえ溶け落ちる高熱でも、刃は耐えるだろう――
『鳥』の反応は早かった。プラズマカッターじみた嘴を、咄嗟に重ねた剣で受け止める。だが、空中にあった身体はそのまま吹き飛ばされた。
「ぐぁ――」
ひび割れるほどの勢いでビルの残骸に叩きつけられ、剥き出しの鉄骨の林を二転三転する。全身の骨が砕けたり内臓が破裂したりしなかったのは、
痛みを感じても、動揺はない。すぐさま起き上がろうとするが、視界には既にばっくりと開いた『
(死ぬ)
ドラッグに浸った脳が、ただ機械のように判断を下した。
しかし。
横合いから飛んで来た咒式苦無――葛葉流によって耐熱、抗魔が付与された特注品――十本の内、二本がかろうじて『鳥』の頭部に突き立った――それ以外は飴のように融解する。
「立つんだッ、ナナミさん!!」
「分かってるよッ」
注意が逸れた一瞬で、彼女は跳ねるように立ち上がった。勢いのまま駆け出して、嘴を刎ね飛ばす――そう上手くはいかなかったが。
滑り込んできた重蔵が、咒式短刀を首元に突き立てようとして、嘴に脇腹を抉られた。身を捻るが、食いつかれて解けない。分子編列積層装甲が見る見るプラズマ化して、光を放ち始める。
「この――ッ」
ナナミは振り上げる『首切』と振り下ろす『岩切』で首筋を狙った――手応えは固い。だが、僅かに緩んだ拘束を振り解いて、重蔵は何とか抜けだした。
「これでイーブンだからな!」
「助かったよ――」
そして、光が降り注ぐような凄まじい速度の反撃を、逸らし、かわしながら、彼女は考える。
(まったく最悪だ――どこに勝ち目があるんだ、こんなモンッ)
久住チーフが捻りだした戦術は以下の通り――目標は『
彼女は羽ばたく翼の一撃を剣でいなした。僅かに触れた肩が、一瞬にして赤熱する。
(一つ。接触した全てをプラズマ化するほどの超高熱の体表)
大抵の重金属を溶解させ、運動エネルギーさえ無効化される熱では、攻撃のしようもない――肉眼で捉えられる距離に立った時点で血液が沸騰しかねない。ただ、
ナナミは焼ける肌の痛みに毒づきながら、後方へ宙返りを打った。続く嘴の一突きが、残光を残しながら彼女の胸元を掠める。
(二つ。マッハ二〇に達するほどの高速機動)
これはナインが言った通り、近接戦闘であれば対応可能なレベルに抑えられる――本当に、かろうじて対応可能なレベルに。
「喰らえ――ッ」
入れ違いで重蔵が襲いかかる――七人の重蔵が。久住流忍術“多重分身”を用いた全方位攻撃。文字通り無数の咒式短刀が、『
煩わしそうに振り回された長い首に巻き込まれて、三人の重蔵が蒸発した――
(三つ。あらゆる負傷を治癒する超再生能力)
この力こそが、かの『鳥』に、忌々しき“
連中は重傷を追うと、急激な熱の放射を行い――記録に拠れば、幾つかの軍事施設と核シェルターを影すら残らない状態に仕立てたらしい――休眠状態に入る。その際、体温は外気温と同等まで低下し、卵のように丸くなった肉体は、荷電粒子砲でも分解できないほど硬化安定するという。
果たして、その対策は。
五人目の重蔵が、死角から叩きつけられた三本の尾で沸騰する。ナナミは煮えた体液を被るより早く、『鳥』の後ろへと回り込んだ。返す尻尾を仰け反って躱し、戻る勢いで二本の剣を振るう。剣閃が交差した瞬間、奇妙な手応えを感じた。
肉を斬るのとも、骨を斬るのとも、鉄を斬るのとも違う――何か得体の知れない、形の無いものを斬り捨てたような実感。
輝きと共に撒き散らされる羽根を、飛び込んで来た重蔵の“分身”達が掴み取った――
「――――」
悲鳴は無かった。少なくとも人間の耳に捉えられるものでは無かった。
ただ、明らかに苛立ったような拙速さで、『
広げられた翼をカタナで受け流し、燃える頭突きには蹴りを合わせた。衝撃を殺す為に、自ら宙を舞う――
そこを、もう一枚の翼で叩き落とされた。
それこそ悲鳴など挙げられるはずもない。複合術式が無効化出来なかった分のダメージだけで、全身の骨が砕ける。身体の奥で何かが潰れる嫌な感触。
「ナナミさん――ッ」
重蔵の叫びが遠く聞こえる。
彼女は身体を転がして追撃を避けようとしたが、そんなことは出来るはずもなかったし、その必要も無かった。
『
視線の先にいるのは、やはりナインだった。
一体何のつもりか――ステルスモードで瓦礫の内部に待機しているはずの、彼が。
何故か向き合っている。
あの恐るべき怪物と。
「ク、ソッ……たれ――」
『
眼差しを遮って立ち塞がるのは、二機のアンドロイド。
ナインの同型機、
「やれ――早くしてくれッ、ガラクタども!!」
――それが、“
「
二機は指令を復唱しながら、手にした“
「
――徐ろに、喰い千切った。
閃光が溢れて、ナナミの眼を灼く。
一瞬の白い闇が終わると。
二機の
「……あれ――が?」
「ああ――EEシリーズの真価。“
『
強いて言うなら、中世ヨーロッパの甲冑というのが近いだろうか。焦熱を湛えた外骨格は
頭部らしき部位には、正に複眼めいた巨大なセンサードームが張り付いている。やはり『
“
それは、姿を変じた二機の
かのように見えた。
紅蓮の翼を広げたのは、恐らく
そして糸が解れるように――光線は眩い熱の奔流へと変わる。
“
『
ナナミも出来ることなら、叫び、立ち上がり、そしてナインの元へと駆け出したかった。
だが、指どころか髪の一筋すら動かせそうにないのは、分かっている。
喉元に競り上がってきた違和感が、そのまま血塊となって吐き出された。
(……どれがやられた?)
内臓の一つや二つでは済むまい――いずれにせよ、この出血では長く持たない。
「――ッ、ナナ――……て、ナナミさんッ!」
駆け寄ってきた重蔵が、こちらを担ぎあげながら、何かを喚いている。酸素不足の脳が、情報の処理を拒んでいるようだった。彼の手で代謝促進霊符を巻かれているが、やはりそれも気休めでしかない。
(クソ……ざまあないね、ホント)
気紛れで――奇跡のような偶然で拾った、あの死体の為に、自らが死体になるとは。
否。もうずっと前から、彼女は死体だったのかもしれない。
家族と
職も誇りも全てを捨てて、ただ敵を見つけ出し縊り殺す為だけに動いてきた。綻ぶ心と体を薬で誤魔化しながら、ただ必死に。
取り戻せるものなど無いと知っていたのに――改めて、気付かされたというのに。
(頼む。頼むよ、神様)
それは祈りのような、願いのような。この世界には、恐るべき隣人しかなく、天なる父など、どこにもいないと知っていたのに。
(もう二度と、アレックスを死なせないで)
「――
彼は――ナインは、光り輝く「尾羽根」を握りしめたまま。
思考の方向性を著しく狭め、同時に圧倒的な加速をもたらすその内的運動の名を、内部データベースで検索した。
情報に
一つは
龍泉寺重工調査部特殊対応課所属、久住重蔵チーフに担がれたナナミ・マツシタ元警部は、外観から確認出来るだけでも二十を超える損傷を負っており――うち三箇所は極めて重大な臓器の損傷と思われる――、その生命活動の維持は最早不可能と思われた。
視界の端に浮かぶHUDに、彼女の生命活動の残存予測時間が表示される。
ナインは
だが、それでも『
戦術予測補助システムの演算に拠れば、
当然ながら損害の内訳には、ナナミ・マツシタ元警部補の生命活動も含まれる。
彼は思考した。システムの補助、感覚情報、全てを動員して。
そして決断を下した。
各感覚器の内、戦術的に不要と思われる器官の処理を停止。不要となった演算機構の
無音の闇が訪れた。
僅かに残した生体脳の処理領域が、“天使の
――まるで、古い
そんな感覚だった。
急激に増大する情報量に生体脳は一瞬でフリーズを起こす。ただ溢れ出す映像と音と臭いと温もりと言葉が、彼の中を荒れ狂った。
(これは)
問いかける前に知っていた。ただ、それが真実だと認識するまでに、コンマ数秒の時間が必要だった。
(私の――俺の)
記憶。感覚。思い出。何と呼べばよいのか。それはかつて彼がまだ人であった時の、記録のようなものだった。仮想現実よりもなお生々しい、現実そのもの。戦闘の為に造られた処理系では、とても及びつかないような、複雑で芳醇な世界。
恐らくは彼が胎児であった頃から――生まれ、泣き、笑い、聞き、喋り、立ち上がり――当たり前の子供となり、少年となり、青年となり、彼女と出会い、恋をして、そして新しい命を――
彼は見た。聞いた。触れて嗅いで味わった――彼女を。
(――――)
胸の中を駆け巡る、熱い、滾るような、感情が。
――HUDがタスクの完了を知らせた。一部感覚系統を再構築し、生体組織の走査分析および変換制御系に転用。全ての
彼は頷いた。少なくともそのように思考した。
やがて“
ついに、最後の判断を下した。
これを以って本機は、
彼は、燃えるような『
同時に、全ての感覚処理を再開する。
肩口から腰にかけて溶断された
背部スラスター六門全てを最大開放。広がるプラズマ光が翼の如く加速と揚力を生み出す。走り出す。一部機能を失ったスタビライザーで、強引に姿勢を安定させる。跳躍体勢へ移行――間もなく飛翔。低空軌道を維持。
目標接近。衝突。超高熱源同士の衝突によって余波が発生。周囲二〇メートルの建造物痕、全て気化。
反撃。回避行動。戦術予測支援システムに姿勢制御を委任。
火器管制は全て手動。接射の為、照準補正は不要。掌部レンズからの熱量攻撃。反応および移動速度の向上により、無砲撃期間を〇・二秒以下に抑制。
目標『
――放熱形態への移行を確認。
推定十秒後、熱源開放。
全駆動系を打撃へと最適化――“
『
更に掌部レンズから指向性熱線を照射。対象の熱処理能力を上回る速度で熱量を与える。
「――――」
巨大な音響反応。悲鳴と推測。
放熱まで残り五秒。
残り四秒。
更に高度上昇。『
残り三秒。
駆動限界。
残り二秒。
成層圏、低高度デブリ帯に到達。『
残り一秒。
超密度粉塵帯に到達。高度限界。残存熱量開放による地表への影響を試算開始。
残り〇秒。
光学センサー、回路保護の為、
久住という名は、要するに忍びの技を継いだという証左である。古くは神宮司の血統に忠誠を誓い、彼ら“凶祓い”が袂を分かたった南北朝の折よりは、分家である龍泉寺に従って、飽きること無く闇に潜み、あらゆるものの息の根を止めてきた忍び達――人も、そうでないものも、主に仇為すもの一切。
彼らはすなわち武器である。主の手によって使われ、主の為に折れ朽ちる。
だが、そんな過去や伝統など、どうでもいい。
彼――宗家七十八代首領、久住重蔵にとって、旧弊の全ては単なる記録でしか無かった。
ただ彼は、ひたすらに、無心に、無私に、彼女に尽くしてきた。
それが、それだけが、彼の喜びであり幸福だった。
彼女の前に跪くこの一時、重蔵は改めてそのことを思い知る。
「……報告は以上です」
執務室、と呼ばれるその部屋は、病院よろしく、全ての調度が白で統一されていた。床や天井はもちろん、各種の端末やケーブル、椅子や机、花に花瓶、そして中央に鎮座する密閉式保護液循環浴槽に至るまで。
壁の一面はモニターと立体映像投射機となっており、ネットワークからの情報が絶え間なく表示され続けている。
「これはね、夢の話よ。重蔵」
単結晶防弾ガラスの向こう側でたゆたう女性――世界規模の複合企業体である龍泉寺グループ総帥、龍泉寺玲子――レディ・レイは、脳幹直結コネクターに繋がれた音響装置から、その美しい言葉を紡ぐ。
「あの人がね、死んでしまうの。あいつらに襲われた私をかばってね。私は泣いたわ。本当に、ずっと、涙が枯れて、血も枯れそうなほど。あまりにも辛いから、私は決意するのよ。あいつらをこの地上から消し去ろうって。私から、あの人を奪ったものは全て、塵も残さず滅ぼそうって。それがね、私にとっては精一杯の愛、それから、勇気なの」
重蔵は頷く。言葉を挟む必要はない。
彼女は美しく賢明で、誰よりも勇敢だった。
だからこそ、今ここにいるのだ。
「戦いを続けるうちにね、私はどんどん傷ついていって、その度に身体を作り変えていくの。もっともっと、あいつらを殺せるように。それで、最後の一匹を殺した後に気付くの。私はどこに行ったんだろうって。身体の全てが入れ替わってしまって――一体どこが、あの頃の、あの人が愛してくれた私なんだろうって」
重蔵は見上げた――水槽に浮かぶ、生まれたままの肉体を残した彼女を。
その身に刻み付けられた致死の呪いを解く方法が、いつか見つかることを祈りながら、ただ脳だけで活動する彼女のことを。
「そうして目を覚ましてから、安心するの――ああ、私はまだ私だ。そしてこの世界は、まだ、あの人が生きている世界だって」
少しの沈黙。彼は察する、そして想像する。
レディ・レイのぽってりとした唇が釣り上がり、はにかむように笑うのを。
「おかしいわよね? 子供みたいだわ、私」
重蔵は何も言わず、ただ頭を振った。
「……“
「畏まりました」
「それと、
ふっと。
その名が、彼の口を突いて出た。
「アレックス。アレックス・キリシマです」
「そう。アレックス
彼女は正しい――いつもそうであるように、間違いなく。
あの男は、戦ったのだ。強大過ぎる相手と――二回も。
そして勝利した。今も軍属なら、更に二階級特進で、とうとう
「……葬儀には、研究員と私の部隊が参列します」
だから――少しぐらい、休ませてやっても良いだろう。
「ええ。お願いね、重蔵」
不意に、懐の携帯端末が揺れた。
「失礼」
緊急連絡の通知――警視庁から支援要請。恵比寿――“
「……“
「行ってあげて。気をつけてね」
彼は目礼して、音声通話を開始しながら踵を返した。
胸の奥で燻ぶる黒いものを、レディ・レイに悟られる前に――生まれて初めて彼女に嘘をついたという恐るべき罪を、見抜かれる前に執務室の扉をくぐる。
久住の隠れ里で眠る、彼女達の元へ向かう為に。
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