第10話

 探偵社へ帰還して以降、ずっと探偵は無口だった。


 志儀しぎは慣れっこだったので気にしなかったが。

 つまり、当案件は大詰めを迎えている。最終局面に入ったと言うことだ。

 ノアローを散歩させた後、夕食も志儀が腕を振るった。

 

 御影みかげ公会堂食堂のオムライス!

 

 これには絶対の自信がある。

 薄いのにしっとりフワフワな外側の卵、中身はボリューム満点のチキンライスで、(ここが他店と違う!)お皿にたっぷりと敷いた・・・酸味の効いたトマトソースとくる……

 女中頭のきよにだってこの味は出せない。あまりにも大好きで、何度も通って舌で覚えた志儀自慢の一品である。が、多分、探偵は自分が何を食べたかすら気づいていまい。

 いつもだったら、一口目で唸って、二口目でレシピを教えてくれと要求するはずだもの。

 それを今日はただ黙々と食べ続けていた。普段は残すパセリまで食べてしまった。


 

 先に猫足の風呂に浸かり、パジャマに着替えて、こういう夜のために持ち込んでいる探偵小説を携えて事務所を覗いた。

「じゃ、僕は寝るよ。今夜は向こうの部屋でノアローと寝ることにするからね?」

 生返事が返って来た。

「ああ」

 本を山積みにしたビューロの前に覆い被さるように座っている探偵。その引き締まった横顔。

 ふと見ると、真っ白い猫がピッタリと寄り添っていた。

 ギョッとしてこぶしでゴシゴシ目をこする志儀だった。

 一瞬、美しい女神のように見えたのは……錯覚だろうか?


 ―― 賢い猫なんだよ。


 ブルンブルン、志儀は首を振る――

 その様子は、よっぽど、こちらの少年の方が猫じみていたが。

 興梠探偵社の少年助手は思った。

 (大丈夫さ。あの猫の命は興梠こおろぎさんが守ってくれるはず。)

 だから、絶対、悲しい結末になんかなるものか!


「ウ~~~」

  バリバリバリバリッ……!


 またしても、この時、探偵社に響き渡る不穏な音。

 黒猫が、隔離された部屋の壁を引っ掻いているのだ。


「いけないっ! それじゃあ、僕は僕の使命・・を果たすとするか」


 今夜の助手ぼくの〈使命〉は、ヤキモチを焼いて荒れ狂う黒猫を慰めること。

 ほんと、あいつ、嫉妬の炎で真っ黒焦げだよ。

  (あ、あの色は生まれつきか!)


 今一度、志儀は興梠に声をかけた。

「おやすみ、興梠さん」

「おやすみ」


 その夜遅くまで興梠は書物を繰っていた。

 夜明け近く、声が漏れた。


「やはり、これか!

  そうだ、これ以外ない……」



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