第13話 私の進路

登場人物


原田くん

二階堂絵美



 HRの始まる前の時間というのは、色々な過ごし方があると思う。本を読んだり、寝不足のために仮眠を取ったり、持ち寄ったゲームやスマホで遊んでいたり、クラス内での出来事トークに華を咲かせたり。誰と誰が好きだの、どの子が格好いいだの、誰と付き合ってるだの。恋に恋したり、憧れたりしているのは私にはどうでもいいことで、そんなことよりは今日作る予定の晩御飯のレシピを考えてるほうが楽しい。醤油とみりんの味付けにもいい加減飽きてきてるから、ちょっと変わった調味料を試してみたい。でもそんな話題をふっても誰も食いつきやしないのは分かってるから、話を振ることはないわけだけども。


「ねえ、原田くんは虫ってどうやって呼吸してるか知ってる?」


「そりゃあ、口からだよ」


「うそつき。知ってるくせに」


 話題がなくても相手になるのが、この原田くんだ。原田くんは時々ウソをつくことがある。私は、そのウソを見抜くために、あまり好きではなかった勉強をする機会が増えていた。といっても、雑学がほとんどだけど。原田くんは何時見ても何を考えているかわからない表情をしている。基本は真顔なんだけど、なんていうか、焦点の合わない方向を見ている感じがする。よく分からないことも言い始める。この前なんか「蜘蛛と蛇が交尾したらお金持ちになりそうだよね」なんて言ってたけど、本当にどうでもいいことすぎて、私は返事をすることすらしなかった。その腹いせなのか、昨日の雑学クイズではウソをつかれたのかもしれない。


「気門の話をしてくれたのは原田くんしょ、うそつき」


「そうだったっけ、覚えてないや」


「虫には口がいくつもあって、肺が複数あるんだよってウソ情報を教えてくれたの忘れた?」


「あー、あったかもそれ」


「あんたねえ… 結局、そのあと自分で調べて気門について知ることができましたよ、どうもありがとうございました」


「でも気門について覚えることできたしよかったじゃん。女子高生で気門の事について語れるなんて相当レアだよ、レア。小学生の理科で習ってるはずだけどね」


「いらない知識ばっかり増えてきてほんと頭が痛いわよ… 私文系に進むんだから生物学なんて覚えなくていいのに。大体あんたも文系行くんでしょ? なんでそんなこと知ってるのよ」


「普通気にならない? 胸も膨らまない生き物だし、どうやって呼吸してるのかってさ」


「なら理系に行きなさいよ。そういう才能あるんじゃないの」


「やだよ。理系ってなんか勉強難しそうだし分野広すぎるし、理系行く奴に友達少ないし、就職先も狭そうだし」


 馬鹿なのか賢いのか。普段は何も考えてないようなのに、急に将来の事とか口に出したりして、ちょっと焦らせたりしてくる。彼の考えていることは本当によくわからない。分からないから話していてイライラすることも多いけど、話してるとなんでか落ち着く。いや、イライラしてるんだけどさ。


「そういえば進路迷ってたみたいだけど、二階堂は文系か理系か決めた?」


「私は理系にしたよ。国とか世界の歴史とか興味ないし、数学は公式覚えたら後は応用するだけだし覚えておく内容少ないからね」


「現実的で見事な回答だね」


「文系のほうが友達多いから行きたかったけど、下手したら大学進学も危ういぐらいの成績だし…」


「でも二階堂ってこの前のニュースで公務員の職権乱用に対して怒ってたし、公民とか向いてると思うけど。僕そういうの関心無いし」


「私は物覚えが悪いから暗記系はほんとダメなの。特に文字数が長い奴と似たような種類が多い奴。マルクス・アウレリウス・アンゴラヌスみたいなのとか、何回似たような文字使ってんのって感じ。徳川家もどれがどれだか今だに分からないわよ。ポケモンのほうが文字数少ないしまだ覚えれるわ」


「文字数ってそんなに重要なんだね。一応参考にしとくよ」


「…なんかバカにしてない?」


「僕はそんなことないし、あんまり理解はできないからね。あとアントニヌスだよ」


「だから覚えられないし興味もないっての!」


「結構すごい人なんだよ? 五賢帝の最後の人だから覚えやすいし、なんか四天王みたいで格好いいじゃん」


「私は女だからそういうのはまーったく興味ないんです!」


「でもさっきポケモンは好きだって。四天王もいるじゃん」


「ぽ・け・も・んは! 文字数が! 少ないから! それに好きとは言ってないから!」


「イライラしてると早く老けるよ」


 ここまで煽られると本気で嫌いになりそうだ。いっそのこと無視してやろうかとも思える。それでも、少し時間がたつと何故か話しかけてしまう。そしてまたイライラする。原田くんが言うように、私は早く老けこんでしまう性分なのかもしれない。


「二階堂はさ、文系進んだほうがいいと思うよ」


「あのねえ…… いままでの話ちゃんと聞いてた?」


「数学なんて算数と関数できれば仕事で使えるみたいだし、生物や化学だって開発やら研究やらって肌に合わなさそうじゃん。それにドブ水採取して水質調査とかしてる姿想像できないし」


「え、何。そういうことちゃんと調べてるの?」


「そりゃまあ一応」


「私なんてまだ大学すら決めてないのに」


「僕も決めてないけど?」


「……やっぱりなんかムカツク」


「じゃあ、一緒の大学目指してみたら? 一応国立だから文系も理系もあんまり意味ないけど」


「なんであんたと同じとこなんか行かなきゃならないのよ」


「そしたら結婚しやすいかなって思って」


 意味が分からなかった。どうしてそこで結婚の話が出てくるのか。大体一緒の大学に行ったぐらいでどうして結婚しやすくなるのか。ほんと意味わかんない。でもちょっとびっくりしたし、下手な冗談を聞くよりは面白かったと思う。


「原田くんって冗談言うの下手だよね」


「こういうのは茶化すつもりないんだけどなあ」


「はいはい分かったから。どうせ何時ものよくあるウソネタのやつでしょ騙されないんだから」


「ウソつけるのは生物学みたいにハッキリしてることだけだよ」


 そんな感じで朝の無駄な時間を過ごしているうちに、始業のチャイムが鳴り響いた。


「はいおはよう諸君。ベル着制度を無視して席について居ないやつは先生ポイント減点しておくからなー。内申点の重要性をあとになって後悔しないようにちゃんと席につけよー。それから、今日はお前らの文系理系どちらに進むか希望調査するから、しっかり考えて書き込めよー」


 私がどちらの進路を選んだかは、言うまでもない。

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