第12話 図書館の本の選び方

登場人物

学生 三枝木

司書 藤田



 学校の図書館というのは、どうしてこうも読みたい本がないのだろうか。私はずっと疑問に思っていた。誰が本を選んで、誰が並べているのか。有名な本よりも新書が読みたいのに、どうして新書はあまり追加されていないのか。そうした興味から、私は学校の図書館に通うようになっていた。


「はい。それじゃ図書カード出して」


 私のここ最近の日課は、図書館で1冊本を読み、隔日で1冊の本を借りていくことだ。1冊読むといっても、それを読み切るわけじゃない。2時間程度の読書時間では読書初心者の私には読み切ることができないからだ。借りている本も、ちゃんと読んでいるわけじゃない。家に帰ってまで本を読むほど本の虫になっているわけではない。どちらかといえば本は苦手な部類だ。なのに、何故本を借りているのかといえば、目的は1つしかない。この図書館司書の「藤田」さんと仲良くなるためだ。


「あ、すみません。今日図書カード忘れちゃって…… 生徒手帳でもいいですか?」


「うん、いいよ」


 図書館司書といえば、女性が担当していて、落ち着きがあって、口調も少しお堅いイメージ。なんて考えを持っていたのだが、現実は意外と違うものらしくて……。私の高校の司書は男で、しかも若くて口調もフランクときている。


「図書カード紛失した場合は手数料掛かるから、気を付けてね」


「はい、わかりました」


「それじゃ登録終わったので、はい、どうぞ」


 図書館に通い詰めて早2週間。顔も見慣れて覚えて貰えたはずだが、どうにも会話の切り口が見出せないでいた。それもそのはず。この司書と私には共通点らしいものが全然見当たらないからだ。まず第一に、私は本があまり好きではない。普段本屋に行っても雑誌コーナーしか行かないし、漫画も話題作しか読むことがない。マニアックな話題になってボロが出てしまえば、上手く取り入るチャンスがなくなってしまう。


「三枝木さん、だったよね。最近本よく借りてくるけど、おすすめの本とかある?」


 意外にも、藤田のほうから興味を示してきた。これは絶好のチャンスではあったが、予想していた通り話題にしづらい内容だ。だが、これは予測できた事態である。下手に墓穴を掘ることのないように、私はこの日のために用意していた無難なカードを切った。


「友達との間だと、ちはやぶるが人気ですよ」


「あー、あれ面白いよね。映画にもなってたし」


 上手くいった。漫画といえど、本であることには変わりない。小説版だってあるんだからきっと読んでるだろうという予想は見事にあたった。しかし、ここで終わってはいけない。ここからが本番だ。

 

「司書の人でも漫画とか読むんですか?」


「そりゃあ読むよ。タイトルの数だけで言えばむしろ小説より多く読んでるんじゃないかな」


「なんか意外ですね、もっと凝った小説とか読んでるんだとばっかり思ってました。ウチの学校、小難しい本多いし」


「あー、あれね。本を選出してるのは先生方とPTAの意見がほとんどだからね。あとは決まった課題図書を定期的に購入したり、教科書に載ってる参考文献の本を購入したりしてるから、どうしてもそういった本が増えちゃうんだ」


 教科書の参考文献は確かに必要な本だと思うけど、それに興味を持てる学生が世の中の多数派を占めることはまずありえないだろう。しかし、それを購入することが大事だということは本を読まない私にも分かることだ。図書館の本に面白くないものが多いという真相が早くもわかってしまった私は、程よい解放感から会話の糸口を探ることを放棄し、単純に疑問に思っている事を藤田さんに投げかけた。


「てっきり司書の人が本を管理してると思ってたんですけど、違うんですか?」


「僕にそんな権限はないよ。もし僕が選んでいいならもっと雑誌増やしたり児童図書増やしたりしてみたいかな」


 藤田さんから帰ってきた答えは、驚くほどに明後日の方を向いていた。小説の話題を出されたときのために、この短期間で必死に覚えた小説家の名前やタイトルは全て無駄になったような気がして、変な怒りがこみ上げてくるほどだ。


「司書さんは普段から小説読んだりしてないんですか?」


「藤田でいいよ。僕はもともと児童文学を専攻してたから、難解な小説はあまり好きじゃないんだ」


「じゃあ、なんで藤田さんは高校の司書なんて……」


 発言した途端、聞いてはならないことを聞いてしまったような気がした。というよりも、当初の目的を忘れていることに気が付いてしまった。私が聞きたかった事は「図書館の本は誰が仕入れているのか」だったわけで、その答えを聞いてしまっているため、すっかり気が緩んでいた。


「僕ね、ここに勤めながら絵本作ってるんだ。本当はずっと本だけを作っていたいんだけど、そういうわけにもいかないから。だからこの図書館にも絵本を置いておきたいんだけど、高校生が読むものじゃないから購入するわけにもいかなくてね」


 踏み込んだ事を聞いて失礼な事をしてしまったのではないかと思ったが、藤田さんの表情は明るいままだった。


「絵本って素敵だと思います。確かに学校の図書館には不釣り合いな感じがしますけど、置いてあったら読む人いると思いますよ」


「ありがとう。そういって貰えると本を作る励みにもなるよ。でもなんか意外だね。君って難しい小説読むものだとばかり思ってたから」


「何でですか?」


「ほら、最近君が借りてくる本って難しそうなのが多かったから」


 確かに。私が借りていた本は、ネットで調べた「小説好きにおすすめしたい著書」の中にあるものから選んでおり、読んでいても小難しそうな単語が多いものばかりだった。


「実はあれ、読んでは居たんですけど内容がさっぱりで…… 小説好きの人との会話ネタのために借りてたんです」


 ウソは言っていない、はずだ。


「ははは、高校生なのに凄いの読むなぁって思ってたんだけど、そういうことだったね」


「私も普段は雑誌や漫画ばかり読んでますよ」


「そういうので良いと思うよ。本なんて自分の好きなものを読めばいいんだ。難しいとか賢いとかバカとかそんな優劣ないよ。音楽だってロックは駄作でクラシックが最高なんて事ないでしょ。もちろん、難しい本を読む事も良いことだけどね」


「でも、この図書館には雑誌も漫画も少ないんですよね」


「僕もそれは問題だと思っていたんだよね。そうだ、君が本をリクエストしてくれないかい?」


「リクエストって何ですか?」


「そのままの意味だよ。読みたい本を学生からリクエストしてもらって、それを僕がまとめる。まとめたものを先生方やPTAの方と掛け合うんだ」


「私1人のリクエストでもいいんですか?」


「そこはほら、クラスからアンケートを取ったりとかね」


「ええー、面倒臭いじゃないですか」


「ははは、そりゃそうだよね。僕だってそんなの頼まれたら面倒だし嫌だと思うよ。でもまあ、気が向いたらリクエストしてみてよ」


「一応考えておきます。じゃあ、今日はそろそろ帰りますね。色々お話が聞けて楽しかったです」


「僕も楽しかったよ。気が向いたら絵本、読んでみてね」


 軽く会釈を交わして、無駄に借りてしまった難解な小説を片手に図書館をあとにした。とりあえず、来週図書館に出向いた時はリクエストカードに「絵本」とだけ書いてみようと思う。

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