第11話 リゾートバイトで

登場人物

───────

三枝木

塩見聡

島田

───────



「土の匂い、森の匂いって感じがする。空気がおいしいね」


「そうだね、虫の死骸や生き物の糞の匂いって、ちょっと癖になるかも」


「そういうこと言うのやめない……? 友達なくすよ?」


「海だって糞尿や死骸だし、磯の香りも腐敗臭だよ」


「わざとやってるでしょ、それ」


「うん」


 梅雨明けで晴れ渡った空の日差しが、夏本番であることを告げていた。こんな夏真っ盛りの暑苦しい中、山登りなどという高校生らしからぬ休日を過ごしているのには、それなりの理由があるからであって。多くの人は、何故山を登るのかと尋ねられると、「そこに山があるから」なんて捻りもない返しをしてしまうものだけど、私の場合はちょっと違う。


「リゾートバイトって言うからには、さぞかし豪華で快適なロッジがあるはずだよね」


「ロッジはコテージの格下の施設だから、期待しないほうがいいよ」


「……」


「バンガローよりはちゃんとした設備があるから、そこまで落ち込まなくてもいいと思うよ。ムカデとかは出るけど」


 反論の余地のない適格なアドバイスをくれるこの相方は、私と一緒に住み込みのアルバイトをする予定の”友人”だ。塩見聡。同じクラスの男子であり、お金持ちのぼんぼん君でもある。今回のバイトの斡旋をしてきたのも彼だった。


「島田さん先についてると思から、ちょっと急ごうか」


「そういえば島田さんも来るんだっけ」


「うん、去年も手伝ってもらったから今年は1人で先に待っててくれてるみたい」


「去年ってことは、塩見くんってもしかして毎年手伝いしてたの?」


「一応ね。断る理由もなかったから続けてるよ」


「なんかちょっと意外。でも偉いよね、家の手伝いっていってもちゃんと続けてるんだから」


「……三枝木さんの家も、自営業か何かやってるんだっけ?」


「うちは花屋さんだよ。でも手伝いなんてめったにやらないかな」


「花屋のイメージとはちょっと違うかもね」


「あー、そういうこと言っちゃう?」


「でもトレッキングウェアは似合ってると思うよ」


「ほんと? えへへ、これ選ぶの結構迷ったからそう言ってもらえると嬉しいな」


 彼の言葉はキツめだし、嫌なことも平気で言ってくるけど、ウソを言わない感じは好感が持てていた。だからこそ、彼に褒められたのはなかなかどうして嬉しかった。


「スポーツウェアとかも似合いそうだよね。あ、でも運動神経悪いんだっけか」


 前言撤回。やっぱりうれしくない。


「こけたで賞の話はやめてほしいんですけど。あれ言い出した奴、絶対性格悪いよ」


 別に運動神経が悪いわけではない、と思う。体育の成績は平均的だし、体力がないわけでもない。ただ、今年の体育祭での出来事のせいで、私は一躍時の人となってしまっていた。クラス対抗リレーのアンカー、最終種目でみんなが注目する中、私はまさかの転倒をしてしまい逆転優勝されるという失態を冒していた。来年の体育祭が始まる時もこの事をヤジられると思うと、今から憂鬱になってしまう。


「今更だけど、ケガとか大丈夫だった?」


「おかげさまで擦り傷程度で済んでますので大丈夫です」


「そっか、じゃあ仕事は問題なさそうだね」


「乙女の柔肌の心配じゃなくてそっちの心配かー?!」


「自分で乙女って言っちゃうのはどうかと思うよ」


 ありきたりな漫才のような掛け合いにも疲れるけど、無言になるよりはまだいいか。なんて思いながら道なりに山を上り続けた。


「あ、あの建物じゃない?」


「うん、あれだね」


 登り始めてから大体15分ほどたっただろうか。目の前には、まるでお菓子の家のような見目形をした建物が建ち並んでいた。丸太で組み立てられた壁に大きな窓のようなドア。傍には3段ほどの小さな階段。ロッジの周りに見える景色はレンガ製の竈に生い茂る木々、それに木製の椅子。見渡す限り全てが自然であふれていた。


「あー! すっごい自然って感じ! やっぱりこれだよね、これ! それにロッジ! とっても奇麗じゃん!」


「そうかな。見慣れてるせいかよくわからないや」


「ねえ、室内見てもいい?」


「先に荷物おいてからにしようか。そのあとは好きなように見て回っていいよ。ああでも、既に人が入ってるロッジは多いからちゃんと確認してね」


「あーそっか。もうお客さん来てるんだね」


「うん。繁忙期になるから相当混んでると思うけど、空いてる部屋はあったはず。部屋の管理は管理棟でやってるから、そこで予約リスト見ておけばトラブルにはならないよ」


「了解しました塩見大先生。以後もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


「とりあえず荷物置きにいこうか。きっと島田さんも来てるはずだから」


「そうだ、島田さんも来てるんだったね。早くいこう」


 リゾートバイトがどんなものなのか、正直なところちょっと不安ではあったけど、見知った人が居ることや、自然に溢れたこの景色を見た瞬間、そんなものは吹き飛んでしまっていた。日差しが樹葉をより鮮やかに彩り、吹き抜けの屋根が清涼な日陰を作り、葉擦れの音色や鳥たちの囀りに心が癒されていくのが目に浮かぶ。


「あ、塩見くーん! 三枝木さーん! こっちだよー!」


 ロッジとは反対側に位置する大きな建物の入口ところで、大きくを振っている女の子が見える。彼女が島田さんだ。


「島田さん、私が来るの知ってたの?」


「うん、塩見くんが話してくれてたよ」


「私は島田さんの事ついさっき聞いたのに、なんだかなー?」


「誰が居るとか聞いてこなかったから言わなかっただけだよ」


「そういわれるとまあそうなんだけど……、まあいいや、島田さん! 今日からよろしくね!」


「うん! 頑張ろうね!」


 同じクラスになったこともないため、あまり話した事はなかったが、とても人の良さそうな子だった。笑顔が可愛らしく、小柄で優しさが体中から伝わってくるそんな感じの子。この子となら絶対仲良くなれる。そう感じるような出会いだった。


「今日は1日遊んでていいから、散策したりしてくるといいよ。道具類も勝手を覚えてもらったほうがいいから自由に使っていいけど、ちゃんと使った場所にだけは戻しておいて」


「オッケー。それじゃ島田さん、遊びにいこっか!」


「うん!」


「三枝木さん、先に荷物ね……って、もう居ないし」


 こうして、この夏一度きりのリゾートバイトが始まろうとしていた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る