第10話 大好きな嫌がらせ
登場人物
怜ちゃん
みーちゃん
お腹の中からフフフッという声が響いてくる。その声は胸のあたりまで出かかっていて、早く外に出たい出たいと暴れまわっているようだった。「まだだめだよ」と諭すようにお腹を抑え込み、コツコツと近づいてくる足音に意識を集中させる。その足音はタイミングを見計らい、調律の取れたセミの大合唱の音に紛れ込みながら、私の背中へとそっと忍び込み、手にしていたメジャーを勢いよく引っ張りあげ、急いで計測を開始した。
「ハイ! 怜ちゃんのバッグの大きさは52㎝です! やーい52㎝-!」
声がするほうへと振り向くと、そこには小さな頭にツインテール、ぱっちりとした栗色の目を輝かせながら満面の笑みを浮かべた少女がこちらの顔を覗き込んでいた。この見慣れた少女に対して、私は問いかける。
「みーちゃん今度は何やったの?」
「なにって、バッグの大きさがバレちゃったんだよ?! 怜ちゃん大ピンチだよ、一大事だよ!」
「一大事って言われても……、たぶんなんともないと思うけど」
「いいのかなー? そんなに余裕ぶっちゃっていいのかなー? 明日から鞄の中にいろんなもの詰め込まれちゃうよー?」
彼女は毎日のように私に嫌がらせをしてくる。だけど、私はそれが嫌ではなかった。というよりも、彼女の嫌がらせがいまいち理解出来なかったというほうが正しいと思う。今日の嫌がらせはメジャーでスクールバッグのサイズを測るという嫌がらせらしいが、私にはやっぱりいまいちよくわからなかった。付け加えるならば、私のバッグのサイズは42㎝ぐらいである。
「はぁー超緊張した! だけど無事ミッションコンプリート出来たことに私は充実感に満ち溢れちゃったよ。えへへ。しっかし怜ちゃんはほんと図太いよね。ゴンブトだよね」
「私じゃなくても、みんな極太な対応してくれると思うよ」
その後はいつものように、一緒に学校へと向かう。毎日のようにこうした”嫌がらせ”は続いているが、どんなことをされたかはあまり覚えていない。嫌がらせをする側のみーちゃんもあまり覚えてないのか、同じ嫌がらせをしてくるときもある。
「そういえば、昨日はお茶冷やしてくれてありがとね」
「ふっふっふ、冷え切った体に冷え切ったお茶、心身共に凍える恐怖は私も堪えた経験があるからね。さぞかし辛かったでしょう」
私の学校では、授業中はクーラーが効いているため膝掛をしながら授業を受ける子が多いのだが、昼食の時間だけはクーラー禁止というよくわからない制約があった。そのため、涼しいところでご飯が食べたい場合は食堂へ行く、というのがウチでの暗黙のルールになっている。だからなのか、それともただの天然なのか、ごはん前に飲み物を冷やしてくれていたのは私としてはとても助かっていた。
「今日はどっちでごはん食べる? 教室? それとも食堂行く?」
「おっと、ここでそんな話をしちゃ危ねぇぜ。ダイエットの申し子たちがお前をつけ狙うかもしれねぇからな……」
「まだ学校にも付いてないから大丈夫だと思うよ」
「チッチッチッ、間者ってのはこうしたところに隠れてるもんなんでさぁ、姉御さん」
「じゃあ、あの電柱のそばを歩いてる人は?」
「ありゃあ姉さん、ほがらかに笑みを浮かべながらお友達と登校してるように見えるかもしれねぇが、その内心は友達と並び立つことで太ももの太さを互いに競い合ってる”ファイター”よ……下手に飯の話をしたら、ケガするぜ」
「私たちも一緒に並んで登校してるけど、ファイターになるのかな?」
「そらもうずっぽり泥濘にはまるぐらいのファイターよ、だから姉さん、飯の話はご法度ですぜ」
「わかった。じゃあ今日は食堂行こうね」
「ったく、怖いもの知らずなんだからキャプテンは」
要約すると、みーちゃんもダイエットをしているということだと思う。たぶん。みーちゃんと初めて会ったころはいろいろ考えたり深読みをしたりしてみたけど、長く付き合っていくうちに深く考えることはあまりアテにならないという事は理解できるようになっていた。ある時は擬音語だけで会話をしたり、ニュアンスだけで会話したり、ボディランゲージを読み取るだけだったり。そんなちょっとした連想ゲームみたいな感覚で会話をすることが意外と楽しくて、気が付いたら一緒に登校するまでになり、いまに至る。
「それじゃあ今日は山手線ゲーム四十八手版で遊んでみようか怜ちゃん」
「できたら他のお題がいいかな、よくわからないし」
「安心してよ、私が玲ちゃんの攻略サイトになってあげるからさ!」
「ふふふ、うれしいけどやっぱり違うゲームにしよっか」
みーちゃんと出会ってからはとても賑やかで、毎日が楽しくてしかたなかった。でも、みーちゃんにはそれを言葉で伝えたことはない。それが、私なりのみーちゃんへの”嫌がらせ”である。彼女が気が付いてるかどうかは私には分からないが、彼女の嫌がらせは私にとって、とても楽しいものであることは違いなかった。
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