第9話 他人の幸せな恋
登場人物
主人公:裕子
友人 :ハルタ
友人 :エイジ
友人 :渚
友人 :紗代
友人 :裕子
保護者:裕子の姉
保護者:紗代の兄
──────
「直火は辞めろよー、掃除が大変だからなー」
「はーい」
まだ梅雨入りする少し前、アジサイが咲き始める6月の頭に、私たちはBBQをしようと相談して集まることにした。本当は保護者抜きでやりたかったが、機材を輸送する手段が思いつかなかったため、なくなく妥協して保護者を2人頼む事にした。
「面倒だから私手伝わないかんねー。勝手に迷惑にならない程度にやっちゃってよー」
我ながら良い人選だったと思う、私たちにちょっかいを出してこないし。5つ離れた姉は既に働いてはいるが、出不精で家に居る間は常にPCやスマホを弄ってゲームばかりしている。そんな姉を保護者へと引っ張り出せたのは、姉なりにメリットがあったからだ。
「あ、どうも。いい天気になってよかったですね。今日はお世話になります」
「こちらこそお世話になりますー。せっかくのお休みなのにわざわざすみませんー」
「いえ、私も楽しみにしてたので。それじゃ先に荷物おろしちゃいましょうか」
「そうですねー、やっちゃいましょうねー」
この盛った魔女め。別の車から降りてきた男は、今日の参加メンバーの1人である紗代の兄であり、もう1人の保護者である。普段家に居る間はゲーム以外に興味を示さない姉が、聞いたことのないような裏声を使っている理由があるとすれば、1つしかない。この男を誘惑しようとしているからだ。さわやかそうに語るこの男の経歴は、わかりやすく言えばゲームの開発者ということで。開発というとちょっと意味合いが違うと紗代には言われていたが、私にはいまいちよくわからなかった。ただ、姉にとってはこれは大きなメリットであり、餌でもあった。
「もっと早く来ればよかったね」
「だなー、次やるときは早くこようぜ」
「ほら、早く荷物運んじゃってよ場所なくなっちゃうよ」
「食材どうしよう? まだいらない、かな?」
積み荷を降ろしていた私と姉達のところへ4人が戻ってきた。何時もの仲良し5人組だ。ハルタ、エイジ、渚、紗代、そして私、裕子の5人だ。で華奢で優しそうなハルタ、気が強くて煩いエイジ、ハキハキしてしっかり者の渚、少し気弱でおっとりしてる紗代。私はみんなにどう映ってるのか分からないけど、みんなと居るのは楽しいから、あまり気にしたことはない。
「ハルター、エイジー、この火付けるセットのやつ持って行ってー」
「はー? じゃあお前らは何持っていくんだよ」
「いいから早くもって行って、あとでわかるから」
「なんだよそれ。ハルタさっさと持っていっちゃおうぜ」
「うん、そうだね」
男たちが移動したのを見届けてから、私たちは車へと乗りこんだ。ここ御嵩は有名なBBQスポットであり、河原も近くにあるため多くの人が利用している。時期も時期で、私たちが到着したのが10時頃だったことも重なって良スポットと呼ぶに相応しい設営ポイントはほとんどなくなっていたが、なんとか河原近くの広場を確保することはできたようだ。
「覚悟はいい?」
「う、うん」
「死なばもろともよ」
「それ使い方間違ってない?」
「いいからさっさと脱ぎなさいよ」
「ちょ、ちょっと。まだ心の準備ってものがさ」
「ねえ、おなか出てないよね?」
「もっとふとももの肉落として来ればよかった・・」
そうこうしているうちにハルタたちが帰ってきてしまった。車のほうへ2人が近づいてくる。もう逃げ場はない。意を決した3人は一斉に車から飛び出した。
「お、おう」
「あれ、泳ぐ準備してたんだ。水着似合ってるね」
上半身は水着姿で、下はパンツタイプといった健康的なスタイルで現れた3人に対してまったく同様を見せないハルタと、目が泳いでいるエイジ。予想通りの反応でホッとするが、2人の視線に対してニヤけてしまいそうになって、それを抑えるのが大変だった。
「エイジ、エロい目で見ないでなよね」
「なんで俺だけなんだよ、ハルタだって見てるだろうが」
渚に対して突っ込みを入れるエイジは、いまだに目線が泳いでいる。こう分かりやすい反応をされると、恥ずかしさより面白さが勝ってしまうらしく、私ですらエイジをおちょくってやりたくなってしまう。
「あ、あの、ハルタくん。私変じゃないかな?」
「うん、似合ってるよ。さっちゃん」
「よかったー」
ハルタの反応は相変わらずだけど、紗代にとっては安心できたみたいで良かったのかもしれない。私は、ちょっと物足りなく感じちゃうけど。
「じゃあ食材全部運んじゃおっか、エイジとなっちゃんはそっちのクーラー持ってって」
「エイジ、あたしの胸ばっかみないでよ?」
「うっせーな、一緒に運んでやらねーぞ」
「ゆうちゃん、他に持っていく物はある?」
「あとは椅子とかゴミ袋とかの小物かな、さっちゃんお願いできる?」
「うん、任せて」
「じゃあ僕は先にベースに戻って火起こししてくるよ」
「私はさっちゃんと小物持っていくね」
「うん。あ、ユウちゃんの水着も似合ってるよ」
「へへへ、ありがとね」
お世辞でも褒められるのはやっぱりうれしかった。ハルタの言葉はたぶん嘘じゃないからって感じるのも大きいのかもしれない。そんな感じで準備をしていると姉たちがやってきた。
「あーユウ。私たちちょっと外のお店行ってくるから、危ないことするんじゃないよ」
「大丈夫だよ」
「なんかあったらLINEで連絡して」
すっかり裏声を辞めている姉に何があったのかは気になったが、あとで聞けばいいやと思い、荷物のある車へと反転する。小さく手を振る姉と紗代の兄と別れ、私たちはBBQのベースへと向かった。
「へー、結構いい場所取れてたんだね」
「だろ? 川も近いし遊び放題だよ。ていうかお前らだけ水着ってずるいよな」
「エイジはそのまま泳げばいいじゃん、男なんだし」
「気分ってもんがあるんだよ、なあハルタ」
「僕らは上着脱げばいいだからだから、なんとかなるんじゃないかな」
「そりゃないぜハルタ、お前まで裕子の味方になるのかよ」
「そういうわけじゃないけど。それよりさ、ほらエイジ。水すっごく冷たいよ」
「ったく、マイペースな奴だな」
「ちょっとー! あんたら3人遊んでないでこっちも手伝ってよー!」
渚と紗代が設営していることをすっかり忘れていた。つい浮ついてしまうのはBBQにこれたからなのか、それともみんなとこれたからなのか。たぶん後者だろう。
「今いくー!」
「ハルタ、ベースまで競争な。負けたら飲み物買い出し係だから」
「ちょ、ちょっと。待って、ズルいよ」
「勝負の世界にズルなんて存在しなーい!」
十数メートルほどの距離を全力で駆け寄ってくる2人に驚く渚と紗代。それを他所に、エイジは本腰のフォームで、ハルタは焦ったように駆け寄ろうとしている。バカだなぁと思いながら、私はゆっくりとその後を追いかけた。ほんと、今日は遊びに来てよかったなって思える瞬間だ。
「どうする? もう焼いちゃう? それとも先に遊んじゃう?」
「食ってから動くのはしんどいから先に遊ぶべきだな」
「おっ、珍しくエイジがまともなこと言った」
「あんまりバカにしてるとその水着脱がすぞ」
「きゃー! エイジがセクハラするー! へんたーい!」
「まだ何もしてないだろうが! 本当に脱がすぞこら!」
「ゆうー、さよー、こんな危険な場所早く離れて川いこー!」
1人先に走り出す渚を、私と紗代は後を追いかけた。すでに川の中に入っている渚は、足首のあたりまで水に浸かっていた。
「つめたー!」
「気持ちいねー、なんか足がくすっぐったいよ」
私と紗代も、それに続いた。足元のサンダルの中に砂利がたまに入ってくるため、それを川の水で流し落としながら、ゆっくりと川の中を歩いていく。水の流れる音、光の乱反射での煌き、川で遊ぶ人たちの楽しそうな声。たくさんの素敵なものが重なり合って、楽しいという気分をより膨らましていく。鳥の囀りや木々の緑色が目を癒してくれる。ずっとここに居ていたいと思わせてくれるような、そんな瞬間がそこにはあった。
「俺たちもいこうぜ、ハルタ」
「うん」
上着を脱いでエイジたちも川へとやってくる。
「下着の替えなんて持ってきてないんだから、あんま濡らすなよ?」
「わかってるわよ、濡らせってことよね? そーれ!」
「おいばか! 言ってるそばから、やめろって!」
「あはは、もうびしょびしょなんだからそのまま泳いじゃえばいーじゃん!」
「やっぱお前の水着脱がしてやるわ」
「できるもんならやってみなさいよーだ」
そのあとはもう、ずぶ濡れになるほどの水の掛け合いになった。結局、エイジは諦めたのか、渚と一緒にそのまま川で泳いだりしていた。私と紗代とハルタはというと、石切りをしたり石積みをしたり。海辺みたいに砂場があれば棒倒しでもやれたんだけど、さすがにそれは無理ってことで。
「なんかボールでも持って来ればよかったね」
「こんなに遊べると思ってなかったよ、河原って意外と広いんだね」
「私は、今でもとっても楽しいよ」
「おーい! そこの3人さん泳がなくていいのー?」
「ウチらはいいよー。それより、そろそろBBQやらなーい?」
渚たちは少し遊び足りない感じなのか、愛おしそうな表情で川を見渡していたが、すぐに川から上がってきた。
「まあ食べてからでも遊べるからな、おなかもいい感じに空いてきたし焼いちまおうぜ」
時刻は正午を過ぎたあたりで、他所の人たちも多くがBBQを初めている。私たちは少し遅れてのスタートといった感じだろうか。
「あんま紙とか小枝いれんなよ? 灰が舞って食材に付くぞ」
「うん、任せて」
ハルタは手慣れた様子で火を起こしていく。私たちはその横で、クーラーボックスの上や石の上にまな板を置いて食材を切り分ける。銀色のボウルの中に切り終えた食材を詰め込み、ある程度の下ごしらえは出来たが、飲み物を買い忘れていたことにきがついた。
「あー、そういえば飲み物、現地で買うんだった。用意してないや」
「俺と渚はずぶ濡れだし、そっちの3人の誰か買ってきてよ」
「じゃああたし行くね」
「あ、ユウちゃん1人じゃ大変だろうから僕も行くよ」
「ごめんね、助かる」
「じゃあ紗代はこっちな、渚に焼かせたら焦がすだろうから頼むよ」
「私そんな下手じゃないんですけど!」
車から財布を取り出し、私とハルタは足場やにベースを後にして買い出しに出かけた。
「やっちゃったなー、お店どこにあるとか調べてないよー」
「他の人に聞いてみようか。きっとすぐ近くにあるよ」
いった傍から、ハルタは他所のグループに話しかけに行った。気後れすることもなく話かけていく様を見ていると、私の感覚が変なのかと疑ってしまう。ハルタはあまり人と壁を作らない。そんな性格をしているからこそ、私たちは彼のことが好きであるわけだけれども。
「場所、わかったよ。200mぐらい先にあるみたい。すぐ見つかるはずだって」
「ありがと、さすがハルタくん。頼りになりますねぇ」
「そんなことないよ。みんな待ってるし、早くいこっか」
「うん、そうだね」
買い出しへの道のりを歩きながら、私はハルタに今日までの出来事を話し続けていた。水着を選ぶときは全員違う色のものを買おうとして悩んだこと。食材の買い出しで渚が意外にも野菜の良し悪しに詳しかったこと。紗代の兄がゲームの開発に携わっていることなど。
「普段からよく遊んでいても、知らないことが多いんだなって。だから今日は本当に来てよかったと思ってるんだ」
「うん、僕も来れてよかったと思う。エイジ達もきっとそう思ってるよ」
「次は海にも行きたいよね、スキューバダイビングとか憧れちゃうなー。冬になったらスキーもやりたいけど、どっちもお金掛かるからなぁ。まあでも、みんなで行けばどこ行ったって楽しいんだけどね」
今日のBBQがまだ始まってもいないのに、私はそんなことばかり考えていた。何故なら、この先もずっとみんなで楽しいことを一緒になってできるような気がしてたからだ。高校を卒業するまでは、きっと続いていくんだと、私はそう思っていた。
「ユウちゃん。今度さ、2人で来てみない?」
予想外の言葉がハルタの口から飛び出してきたため、すぐには返事をすることができないかった。きっと驚いた表情でハルタを見つめていたと思う。私の目に映るハルタは、いつもと変わらず優しそうな表情のままだった。
「なんで? みんな一緒のほうが楽しいんじゃない?」
「うん。みんなと居ても楽しいんだけど、次は2人で来てみたいんだ。あ、お店あったよ」
気が付くと、私は歩くのを止めていた。ハルタがコンビニに入っていくのをただ茫然と眺めて、姿が見えなくなったところでハッと我に返り、急いで跡を追いかけお店へと向かう。勘違いなら良いのだけれど、もしハルタが私に気があるのだとすれば、それは、5人での楽しい時間が終わりを告げることになることを私は知っていた。なぜなら、紗代の好きな人がハルタであることを私は知っていたから。なぜ2人で来たいのか、その理由を聞くのがとても怖くて、コンビニからベースへの帰り道ではあえてその話題に触れることはなかった。ハルタもまた、私の答えを聞き返してくることはなかったが、私の頭の中では何度も何度も同じセリフが繰り返され続けている。「どうして」という単語がだけが繰り返され続けた。
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