第8話 小さなすれ違い 後編

男  佐藤裕也

幹事 加瀬

ヒロイン 中津川博美 

友人   社(やしろ)希美





───肌には柔らかいシーツの感触があり、ベッドの上だということが分かった。意識が徐々にはっきりとしてきてはいたが、まだ目を開けたくなった。単純に、眠たいからというわけじゃない。お酒のせいで気分が悪いということもある。だけどそれ以上に、思い出したくない事を思い出してしまっていたから目を開けたくなかった。


「じゃあ、俺そろそろ帰りますんで」


「助かったよ、ありがとうね」


バタン。という音と共に、足音が遠ざかっていくのが分かった。男の人が帰って行ったのだろう。意気地のない醜態をさらしてしまったことの後ろめたさから、顔を突き合わせて話したくなかった。足音はすぐに聞こえなくなり、内心ほっとしたところでようやく瞼を開くことにした。


「おはよう、狡賢いお嬢さん」


「お、おはよう・・・ございます・・・うぅ・・・今何時ぃ?」


「まだそんなにたってないよ、23時だし」


「そっか・・・、ここ社の家?」


「うん、佐藤君と一緒に運んでもらったから、今度お礼いっときなよ」


「ウソ! えっ、ほんとに?」


「あんた、なんで今日こんなに酷くなるまで飲んじゃったのよ」


「だって、緊張しちゃってどうしようもなくて・・・あ、ありがと」


 社からよく冷えたお茶を手渡され、私はそれをおでこへ運び冷やすことにした。意識ははっきりとしているが、頭はまだぐわんぐわんと揺れている感覚がする。


「音が無いとなんか寂しいから、ちょっと流すよ?音量は下げとくから」


「うん」


 スマートフォンをスピーカー差し込み、ほどなくして音楽が流れ始めてきたが聞いたことのない音楽だった。


「佐藤くん、あんたのゲロ全部ぶっかかってたわよ」


「・・・やっぱり、そうだよね」


「ちゃんと記憶はあるんだ」


 落ち着いた声で社は話続けている。冷えたお茶を口に運びながら、手帳のようなものに何かを書き込んでいた。


「どうしよう、ほんと。やっちゃったなぁ・・・」


「いいじゃない、これで会う口実も出来るってもんだし」


「良くないよ! だってゲロだよゲロ!おろろろろだよ! 明日から絶対ゲロの人って呼ばれちゃうよわたし」


「私は良かったと思うよ。仲人やる時のネタ出来たしまず忘れないだろうし」


「人事だと思ってー・・・」


「だって人事だしー。それよか、なんで今日こんなに酔いつぶれてたのかちゃんと教えてほしいんだけどなぁ?」


「・・・恥ずかしいからってのはほんと。後はその、佐藤くん誘うとき、飲み会慣れしてる風にして誘っちゃったから、お酒ぐらい飲めないと嘘付いてるように見えちゃうかなって思って、それで」


「はあ?! 何それ!」


 社は呆れと怒りと哀れみの混ざったような表情で身を乗り出しこちらを睨んでいたが、すぐにその怒った肩を下して半笑いの表情へと変化した。


「あんた、意味わかんないところで変なプライド出ちゃうよね。よくわっかんないわー、あっはっはっは」


「どうでもよくないよ! 大事なことなんだから!」


「あっはっは、いーっひっひっひ」


 ベッドにもたれ掛かる社の姿は、子供みたいに無邪気な見えた。きっとこれが社の本来の姿だと私は思っている。だからこそ私は社へ声を掛けることができたんだと思う。幼稚園の頃から本質は変わってないんだと。


「あの、それでその。佐藤くんは何か言ってた?」


「んー、とくには?」


「・・・本当?」


「本当。それに博美が言ってた通り冴えない人だったよ」


「私そんなこと言ってないけど!」


「要約するとそうなったの、うだつのあがらない万年平社員って感じね」


 うだつのあがらないと言われてしまうと、確かにその通りな気がして言い返せなかった。だからといって認めてしまうのはもどかしい。


「あんた、佐藤くんの事好きなの?」


 いきなりの質問だったが、私は社のこうした性格が好きだったため、切り出してくれたことが逆に嬉しくも感じていた。


「多分、きっと。うん」


「じゃあ、上手くいかないとだね」


「うん」


「ちゃんと幸せになれるように頑張りなよ? じゃなきゃ手伝ってあげないからね」


「うん、頑張る」


「よし、じゃあお姉さんが特別に手伝ってあげましょう」


「お姉さんって、社のほうが年下でしょ。生まれたのは私のほうが早いよ」


「あー、そういう反抗的な態度取るんだ。お姉さんなんか気分悪くなっちゃったなー。手伝うのやめちゃおっかなー」


「そんなー! 神さまお姉さま社さま、どうかお慈悲をお許しをー」


「よしよし、ならばこれからはたまーにでいいから社おねえさんと呼びたまえ! さすれば君を助けたもうなかれぞよー」


「社お姉さま、言葉遣いは微妙に間違っていらっしゃるのではないでしょうか」 


「細かいことは気にしないぞよ。あ、それと瑞穂にも声かけておくぞよ?」


 分かりましたという意味合いで軽い会釈をし、私はふとんに顔をうずめた。


「今日、泊まっていっていい?」


「そのつもりで運んだんだから泊まっていけばいいよ」


「やったー、なんかこういうのも久しぶりだね」


「大学に入ってから1年近くは疎遠な感じだったもんね、お互い忙しかったし」


「えへへ、じゃあお言葉に甘えて」


 高校の頃は毎日のように遊んだり泊まったりしていたが、大学に入ってからは違う学部だということもあり、軽いメールのやり取りや食事をする程度でしかなかった。その懐かしさと瑞穂の事を思い出しながら、私は社の家で眠りについた。



───佐藤くんとの暮らしは、長く続かなかった。私自信の幼さはもちろん、思った以上に社会は私たちの味方をしてくれなかった。今は同棲を解消して、別々に暮らしている。結婚しているわけではないので、ただ別れただけ。といったほうが分かりやすいと思う。


「なんでダメだったのかな・・・」


 独りになると何時も考えてしまう。私には何が出来たんだろうって。佐藤くんだけが悪いわけじゃない。私の力不足もある。それでも、納得は出来ていなかった。認めてもらうことの難しさが、こんなにも大変だったなんて思ってもみなかった。私の思いも、今となっては彼には届かない。佐藤くんから逃げ出したのは、私のほうだから。



──────

これにて終了です。別の形で加筆していくので、オムライスラインには以降出てこないと思います。

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