第4話 美味しいと思う理由
私がこのお店で働くようになったのは、このお店のスイーツが大好きだからだ。甘い物が大好きだった私は、たくさんの雑誌を読み漁り多くの有名店を渡り歩いてみた。だが、どれもこれも「普通」に美味しいものでしかなかった。見た目が華やかであるもの、深みのある味のもの、冷たかったり、歯ごえたがあったり。夏場はさっぱりしていて透明感のある見た目のスイーツ、冬場は暖かくほのかに甘いスイーツ。果物を切り抜いた器の中に入れた果肉とシャーベット、出来立てのクッキーや焼き立てのパイ生地。どれもこれも美味しいスイーツだったけど、このお店だけは他のお店にはないものがあった。
「おはようございまーす」
明るい声で挨拶をしながら店内に入ってくる子が居た。私と同時期にバイトに入ってきた子だ。普通裏手の厨房側から入るものなのだが、この子は何度注意しても店舗側から入ってくるのである。
「・・佐々木さん、いい加減裏から入ってきてくださいよ。他のお客さんもビックリするじゃないですか」
「えー!だって裏から入ったらお店の商品見れないじゃないですか! 裏手だと全然商品見えないし、一回目に焼き付けておかないとやる気が出ないんですよー。それに、今お客さん居ないじゃないですか」
私たちが働いているこのお店は駅から少し離れた場所に店を構えているということもあり、客の入り時間にバラ付きがある。最近では、コンビニスイーツが幅を利かせているためか、スイーツ専門店に足を運ぶ人は減ってきている。だけど、このお店の売りである「果糖」を重視した商品を求めてくる客は少なからず居るのだ。お店が知られていないからか、果糖が世間ではまだあまり知られていないのか、売り上げはお世辞にも好調とは言えないが、それでも素晴らしいスイーツがここにはあると私は思っている。
「店長、おはようございまーす」
「はい、おはよう」
初老と言えば聞こえが悪いが、それぐらい落ち着きのある40代と見受けられる風貌の男が挨拶を佐々木と交わす。
「あ、店長、お疲れ様です」
「うん、留守番ありがとう」
「言ってくれれば私が配達したのに・・・熱くありませんでした? 何か飲み物いれましょうか?」
「大丈夫だよ、すぐ仕込みに入らないといけないからね」
「じゃあ私手伝います。佐々木さんは店番お願いね」
「えー、私も店長とケーキ作りたいよー。メグミが店番やってよ」
「じゃあ、交代でやってもらえるかな? 2人に新しい商品の試食もしてもらいたいと思ってたいたんだ」
「試食いいんですか! 楽しみだなー」
「うん、じゃあお願いね」
こうして、まずは私から店番をすることになった。店の目の前には電車が走っているため、次の客が来るまでの時間がなんとなく読めてしまうほどには店番に慣れてしまっているが、いまだに私はケーキ作りのほうは中々慣れないでいる。対する佐々木は違算を出したり箱詰めが遅かったりで軽いクレームがあるものの、ケーキ作りのほうは私よりはるかに上達していた。軽い嫉妬はしていたが、私だって成長していないわけじゃない。先週作ったカップケーキは店長も褒めてくれたんだ。きっとうまく作れるようになる、そう思っていた。
「メグミー!試食のできたよー!」
裏手から大声で呼びかけてくる佐々木の声に、私は現在離席中ですと書かれたカードをカウンターに立てかけ、裏へと入った。
「じゃあ、僕が店番やっておくから、試食して感想を聞かせてくれるかな」
そういうと、店長はカウンターへとそそくさと出て行ってしまった。私の目の前には、試作品でありながらも丁寧に作られた小さなプチフールがおいてあった。
「食べてみて?」
佐々木に促されながら、一口。そのまま口へと運んで小さく齧るように食べたそれは、このお店に相応しい上品な味のスイーツだった。
「おいしい!」
思わず大きな声を出してしまった後、はっと我に返り口に手を当てる。そして、落ち着いてからまた一口。甘すぎるスイーツは二口目が重たく感じさせるが、そんなものは微塵も感じさせない。もう一口、早くもう一口食べたいと思わせるその柔らかい甘みが私を虜にする。他のお店では中々出会うことが出来ない味が、このお店にはあった。
「美味しい?」
「うん、とっても」
「良かったー。それ、私が作ったんだ」
えっ? 店長の試作品じゃないの? なんて言葉は頭の中でつぶやかれたが、それを言葉にしたくないという思いが勝り、伝えることはなかった。
「・・・どうやって作ったの?」
「メグミに食べて貰いたいなーって思いながら作ったんだよー。喜んでもらえて良かったー」
作り方の事を聞いたのに、そんな恥ずかしいセリフで帰ってくるなんて思ってもみなかった。同時に、自分の浅はかな考えが馬鹿げたように思えてきた。
「馬鹿じゃないの、あはは」
「えへへ、作り方はちゃんと覚えてるから、今週末一緒に作ってみない?」
「じゃあ私の家に来てよ、結構調理器具集めてあるから何でもできるはずだよ。材料はよくわからないから任せるわ」
「えー、一緒に買いにいこうよー、買い物も楽しいよー」
そんな他愛無い会話を続けていると、店長が裏に戻ってきた。
「じゃあ、佐々木さん店番頼めるかな?」
「はい、変わりますねー」
小動物のような機敏さで移動する彼女を尻目に、店長はにこやかな表情を浮かべながら仕込みに戻る。
「相川さん、それじゃこの間のカップケーキを少し改良して作ってみようか。焼き時間の間は雑用をお願いね」
「はい、頑張ってみます」
そうして、私もまた試作品を作る事となった。彼女に負けては居られない。私だって出来るようになりたい。美味しいと言わせたい。
その時私は気が付いてしまった。私は甘い物が好きだったのではなく、このお店やお店の人の雰囲気がが好きだったんだと。作り手の何かに触れたいと思っていたんだということに気が付いてしまった。それに気が付くことが出来たのは、きっと彼女のおかげである。
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