第2話 優秀な選手と優秀な絵描きのやりたい事



 高校に入学してからの昼休みの間は、いつも2人で遊んでいた。まるで小学生のころからの親友であるかのように、互いに目を合わすわけでもなく、会話は進んでいく。


「あなたの腕時計の秒針、電波時計と全く同じに合わせてやったわ」


「・・うん。ありがと」


「いいわ、いいわよその顔。その表情を待ってたの。さあ、もっと!もっと私にその表情を見せてちょうだい!」


 私にとって、彼女のこの行為は何一つ不自由したことがないが、彼女にとっては【嫌がらせ】のつもりで行っているらしい。今回の秒針を調整する嫌がらせは、汚れた部屋を勝手に掃除されたときのようなものだと後日語ってくれていたのだが、私にはいまいちピンとこなかった。嫌がらせというよりも、おせっかいと言ったほうがしっくりくる。

 この嫌がらせは、何時から始まったのかは思い出せない。思い出せないほど遠い昔の頃から続いている。2人の出会いは、確か小学生の頃だったと思うが、その頃の記憶は私には無い。物心付いた頃にはもう出会っていたはずだ。同じ学校に通っていたが同じクラスになったことはなく、同じ公立中学校に入学してもクラスは別々で、部活も全く関連性の無いソフトテニス部と美術部だった。接点の無かった2人が初めて会話を交わしたのは、高校の入学式での時である。


「・・みーちゃんはもう部活決めたの?」


 高校に入学して間もない私たちは、まだ部活を決めあぐねていた。入部体験にはいくつか参加してみたのだが、どれもしっくりとこなかった。中学時代での部活動はとてもハードなもので、全国区を狙う強豪校として練習に明け暮れていた2人だったが、その反動からか、高校での部活選びに慎重になっていた。

 私たちは、お互い会話を交わしたことはなったが、お互いの顔を見知っていた。2人は全校集会があるたびに、必ず表彰されていたからだ。学期が変わるたびに行われる全校集会では、決まって部活動で優秀な成績を収めた者が表彰される。強豪校であれば、それが毎期行われるため、見知った者が常に表彰されるといった具合になっていた。


「まだ決まらないわね。もう中学の頃みたいな厳しい部活はうんざりだから、幽霊部員になれそうなところを探してるけど・・・いい部活は見つからないわね」


 そういうと、彼女は鼻先のあたりを小さく掻いた。悩み事があるのか、隠していることがあるのか、その癖と口調からは本心は読み取れない。


「・・もう決めないと、時間が無いよ」


 物静かそうな彼女は自分の腕時計を見下ろしながら、そう呟いた。しっかりと調整されたその腕時計の指し示す時間は、部活を決めるまでのタイムリミットがもうすぐであることを告げている。中学のころとは違い、部活の勝手を知ってしまった2人は、次の部活選びでは【失敗】したくないという思いが強いためか中々決められずにいる。そして、その答えは出ることなく


「1年B組の中田美代さん、葉山渚さん、至急職員室まで来てください。」


 校内放送での呼び出しが、タイムリミットであることを告げた。


「・・いこっか」


「そうね。別に一緒の部活に入らなくてもいいわけだから、相談する必要も無いわけだし、いきましょう」


 職員室までの道のりは、とても重苦しく感じられた。それは部活が決まらなかったからではなく、他に理由があったのだろう。長い長い廊下を2人は無言のまま進んでいった。どの部活に入ることになったとしても、会えなくなるわけではないのに、2人はまるで永遠の別れであるかのように、口を交わさなかった。

 ドアの冷たい金属のつまみを引き、ガラガラと音を立て職員室に入室する2人。その表情は何かを決意したように見受けられた。


「おう、2人とも。どの部活に入るか決まったか?」


 無精ひげの生えた気さくな男が、落ち着きのある低い声のトーンで2人に話しかける。手元には1年B組と書かれた教本があることから、2人の担任の教師であるらしい。


「・・はい」

「決まりました」




2人は話し合ったわけでもないのに、口をそろえて同時に同じ言葉を発した。


「入部しません!」

「・・入部しません」


「・・・・そうか、2人とも中学では中々活躍してたみたいだが、まあ悩んで出した答えならそれがいいんだろう。わかった。もう帰っていいぞ。おつかれさん」


 担任の教師に報告が終わった。これで、2人は晴れて帰宅部になった。


「失礼しました!」

「・・失礼しました」


 職員室を出て一呼吸おいてから、私たちはお互いの顔を見つめあって、それから少し笑いあった。不安がすべて吹き飛んだかのように、さっきまでの無言が嘘かのように2人の会話は弾みだす。


「じゃあ、今日も一緒に帰ろっか」


「そうね、帰りましょう」


 私たちはいつも通りに、代わり映えのしない通学路から家路へと向かった。その足取りはとても軽く、期待に満ち溢れていた。

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