第5話 最強VS最恐

太陽がてっぺんに昇り日差しも強くなる中、多くの生徒たちがある会場に集まっていた。

普段これだけの生徒が集まることがない会場。

そこに多くの生徒が集まり今か今かと待っていた。

その中には大けがをし安静にしていなければならないはずの栞の姿もあった。

「本当に大丈夫?辛かったら言ってね?」

ここまで連れてきてくれたクラスの子が心配そうに言ってくる。

「うん、大丈夫。ありがとね」

本当は大丈夫じゃない。

日の光で腕のやけどが痛むし何よりあの海斗を見るのが怖い。

それでも栞がこの場に来たのは昨日の瑞姫の言葉が耳に残っていたからだ。

『ごめんなさい…』

これが誰に向けられたものか栞はわからない。

だがなぜかそう言った瑞姫の顔はどこか悲しそうだった。

(それに鹿島先輩は私から勇気を貰ったとも言っていた。それの意味は…)

そこまで考えているとふと後ろに気配を感じ振り返る。

するとそこには栞の苦手な男である綾人となぜか怖くない皐月が立っていた。

「隣、いいか?」

綾人がそう聞いてきたので明らかに嫌な顔をしながら答える。

「どうせ嫌って言っても座るんですよね?鷲沢副会長が私の隣でならいいですよ」

「そこまでして俺が隣に座るのは嫌なのね」

「それじゃ、失礼するね」

そう言って二人は栞の隣に座る。

「それでどっちが有利だと思う?」

座って速攻綾人が口にする。

それに対して答えたのは皐月だった。

「難しいことを聞いてくるね。そうだね、僕的には海斗が有利だと思うね」

「まぁ、そうなるよな。瑞姫ちゃんはどう見ても近接タイプの魔術師じゃない。中、遠距離型だ。対する会長さんは間違いなくオールレンジ型。近、中、遠距離すべてを持っているだろうな」

綾人がそういうと皐月は頷いた。

「その通り、だからこそ海斗はこの学園でも敵なしなんだからね」

そんな中、震える身体を必死に押さえつけてる栞。

この中で最も間近で海斗の実力を目にしたのだ。

しかもあれだけのことをされたのだ、怖くて当然だろう。

それにいち早く気付いた皐月が話題を変える。

「そういえばここまではどうやって来たんだい?まだ外出許可は出ない状況だと思うけど?」

「え、それはもちろん無断で出てきましたよ?友人に手伝ってもらって」

「さらっと言ってるけどそれ大丈夫なの?」

「大丈夫です。置手紙もしてきましたから」

「そういう問題じゃない…」

そんな会話をしていて気が紛れたのか栞の身体の震えもいつの間にか止まっていた。


一方、瑞姫はゲート前で深呼吸をしていた。

何度も吸っては吐いてを繰り返し心を今まで以上に落ち着かせる。

そうして自らの身体の調子を確認する。

魔力は十分、もちろん魔力制御も落ち着いている、心も今は落ち着いている。

それらを確認して再度深呼吸をする。

「今日、僕は…再びバケモノに…」

そう考えると少しだけ、呼吸が荒くなる。

それでも僕は決めた、あの時―栞がやられる寸前の時に。

もしかしたら栞に怖がられるかもしれない。

栞は男に対して恐怖を抱くのは知っていた。女として『瑞姫』としてこの力を使っても怖がられることは無いかもしれない。

それでも…。

行こう、もう後戻りは出来ないのだから。

僕―私はゲートをくぐった。


「さて、交流戦最後を飾るのはなんと初月海斗選手対鹿島瑞姫選手だ!!どちらも全勝中。

海斗選手は先日の紗倉選手との戦いで手の内をついに明かしました。対する瑞姫選手はここまで科学魔術を一度も使うことなく勝利している生粋の魔術師。まだ見ぬ隠し玉はあるのでしょうか?注目の一戦がいよいよ始まります」

ゲートをくぐると向こうも今入場してきた海斗と目が合う。

お互い声の聞こえる位置まで歩きこちらから挨拶をする。

「昨日はどうも」

「流石に悪かった。どうもあの魔術は加減が難しくてな」

「謝るなら直接栞に謝ってください」

「俺は今回のあれで完璧に嫌われてるだろうからな。難しいね」

そういうと海斗はどこか困った顔をしていた。

「そうですか、それより一つだけ確認しておきたいことがあります」

「ん?なんだ、彼女なら―」

「あなたが同じ目に遭っても文句はありませんよね?」

瞬間、膨れ上がる魔力。

海斗もふざけた雰囲気を捨て真面目に答える。

「そうだな、出来るならだけどよ」

同じく魔力を高める海斗。

今回審判を買って出た黒江も気を張る。

(流石にいきなり本気を出すとは思えないが事情を知らないやつに審判をさせるわけにはいかないからな)

放送の余計な声も聞こえない二人。

待っている言葉はただ一つ―

「それでは、試合開始!!」

瞬間二人は全力で地を蹴った。


瑞姫は海斗と距離を取るため後ろに、海斗は瑞姫との距離を詰めるために前にそれぞれ魔術を発動。

瑞姫は飛行魔術でさらに距離を取る。

それに対抗して海斗は重力魔術で足場を形成し一気に加速。すぐさま瑞姫をクロスレンジ捉える。

その瞬間、海斗が刀型デバイスを振り抜く。オリジナル魔術「エクスプロ―ジョン」を纏わせ。

瑞姫は瞬時に防御用の結界を二重、三重に展開。

(瞬時にこれだけの結界を…。だが)

守られてもそれをぶち抜けばいいと言わんばかりに連撃を叩き込む。

確かな手ごたえで結界を一枚、また一枚と割っていく。

しかしいつまでたっても瑞姫にまでデバイスが届かない。

それどころか瑞姫との距離が開いていく。

それでも手を止めない海斗。

そうして結界を一枚破ったところで目の前に巨大な氷柱と火球を用意している瑞姫と目が合う。

「おいおい、マジかよ…」

どちらも今までの試合では見たことのない大きさだった。

海斗は刀型デバイスの魔術を変更。

風を纏わせすべてを切り裂く刃を形成。

それを見た瑞姫は火球を海斗に向けて放つ。

それを海斗は前もって準備していた重力魔術を展開し一気に火球の中を突っ切ることでダメージを最小限にする。

さらに火球のあとに飛んできていた氷柱をデバイスで切り刻む。

コブシくらいまで小さくなった氷柱を無視してそのまま瑞姫に迫る。

しかし寸前で海斗の動きが止まる。

「にゃろ、やってくれるじゃねぇの」

そう言う海斗の足元を見ると片足が凍っていた。

「目の前の魔術に対応しすぎたね、足元がお留守」

あの瞬間、瑞姫は火球と氷柱に注意をひきつけその間に海斗が通るであろう場所に魔術を展開。通過した瞬間を狙って海斗の足を凍らせたのだ。

身動きの取れない海斗に向けて大量の魔術を向ける。

かまいたち、火球、氷柱…。

一撃の大きさではなく数で攻める。

海斗も負けじと刀型デバイスと自らの魔術でしのいでいく。

しかし瑞姫の圧倒的手数に少しずつダメージを受けていく。

それを見て黒江は思う。

(今の瑞樹は間違いなくあの時の瑞樹だ…)

明らかに自らの魔力制御力を超えた術式の数に見えるがそれを可能にしているのは瑞樹にしか出来ない芸当、『接続魔術』である。

本来、一つの術式で出来ることは一つなのだが瑞樹は違う魔術の似ている部分を繋ぎ合わせ一つの術式として展開することが出来るのである。

これがバケモノと呼ばれた原因の一つなのでこれまで使うことは無かった。

しかし今はそれを気にすることなく使っていく。

ついに海斗の防御を突破しすべての攻撃が直撃していく。

しかしそれもわずかの間だった。

海斗がデバイスを地面に突き立て凍っていた地面ごと爆発で吹き飛ばす。

さらにその爆風を利用して距離を取る。

「伊達に最強を名乗ってるわけじゃないんですね」

「当たり前だろうが、これくらい何度も味わってる」

そう言うと海斗はさらに魔力を高める。

「さて、ここからはお前が味わった頃のない領域だろうよ。気を抜くな?死ぬぞ」

そう言った海斗は一気に距離を詰める。

足を負傷しているとは思えない速度だった。

再びクロスレンジに瑞姫を捉えると先ほどと同じようにデバイスで切りこんでくる。

(さっきと同じ手、なら同じように結界を―)

先ほどと同じ手で防御しようとする瑞姫。

瞬間、先ほどまで目の前にいたはずの海斗の姿を見失う。

そして背後から衝撃が襲う。

なぜ!?確かに先ほどまで目の前にいたはず!!

瑞姫が後ろを振り返る。しかしそこには海斗の姿がなく同じように背後からエクスプロ―ジョンを受ける。

開幕の時よりも威力は落ちているが防御が出来ないため確実にダメージを受けていく。

前だけでなく後ろにも結界を張る。

「そう何度も―」

そこまで言った瞬間再び背中に激痛が走る。

結界を張っていたはず、ましてや先ほどよりも威力が落ちているのだ。一枚しかないとはいえ破られるわけがない。

そう思っていると背後から声が聞こえる。

「俺の魔術は一つだけじゃない。防御を破る魔術くらい用意してる」

流石にこのままではまずいと思い一度飛行術式と突風を起こす術式を『接続魔術』で展開し距離を取ろうとする。

しかし空中に逃げても海斗は重力魔術で作った足場を利用しこちらに迫ってくる。

これが瑞姫の考えだった。

(空中なら足場を作らなければこちらに接近出来ない。つまり回り込むとしても必ず魔術を一度展開しなければならない。それであれば―)

そう、わずかでも魔術が展開されれば海斗の姿が見えなくても対応できる。

そうして少しだけ被弾を減らす。

海斗もそれに気づいたのか無駄に攻めてくることをしなくなった。

むしろ先ほどまで纏っていた魔力すら一度引っ込める。

「いいんです?もう攻めてこないんですか?」

そう言うと海斗は困った顔をしながら言った。

「流石に魔力の無駄遣いはしねーよ。今は確実に仕留めることが出来そうにないしな」

そう言うと海斗は地面まで降りる。

「だからと言って攻撃をしないわけじゃないけどな」

すると海斗は魔術を展開。

瞬間、瑞姫が動きが一気に鈍くなる。

「こ、れは…」

「さて、これでお前さんは回避が出来ないわけだ。そして…」

海斗のデバイスがすべてを切り裂く風の刃を纏う。

「これは防御用の魔術すら切り裂くオリジナル魔術、風斬(かざきり)。これでお前は防ぐことも叶わない」

そう言って海斗が身体を沈める。

「これで、決着だ」

振り下ろされた刃が瑞姫を捉える重力の結界ごと両断した。


「一刀両断!鹿島選手を捉えていた結界ごと切り裂いた」

実況が熱くなる中海斗の頭の中は疑問で埋め尽くされていた。

その理由が―

「ななな、なんと無傷。鹿島選手無傷でフィールドに降り立つ」

そう、一つのダメージを負うことなく目の前に立つ瑞姫がいるためだ。

タイミング的にも多くの魔術を展開している時間はなかったはずだ。

それに同時展開の出来る魔術は同時に展開すればするほど時間がかかるはずなのだ。

なのにあの瞬間―

(確かにあの瞬間感じた魔術は6個だ)

刀型デバイスを左側に引っ張る重力系魔術、左側に押す重力系魔術。

少しでも刃が届く時間を延ばすための防御用魔術を二重に。

そして瑞姫を引っ張る重力系魔術と押す重力系魔術。

一体どういうことかと疑問に駆られる中、瞬時に瑞姫が距離を取りさらに海斗の動きを封じるため再び足元を凍らす。

先ほどと同じようにデバイスを地面に突き立て抜け出そうとするがそれよりも早く瑞姫の魔術が炸裂する。

高圧水流で右手首の筋を切られてしまいデバイスを手放す。

瞬時に左手でデバイスを持ち左手首を狙って飛んできた高圧水流を弾く。

しかし利き手ではないので少しずつ重要な筋肉を狙われていく。

それでも何とか弾いているとデバイスが急に振れなくなる。

「なっ!?」

先ほどまで何もなかったはずの氷がデバイスに纏わりつき地面とつなぎ合わせる。

即座にデバイスを離し身体のリミッターを外すために魔力を高める。

目に見えているものすべてがスローで見える。

これが先ほど瑞姫を追い込んだ海斗の秘密だった。

海斗は剣術を習得する際、これを基礎技術として学んだ。

この技術は科学魔術では現在再現することの出来ないとされている。

もちろんだからと言って簡単に出来るわけではない。

身体の枷を外すというのは本来、生命の危機に瀕しないと外れないものなのだ。

それを魔力を使い無理やりこじ開けるということなのだ。

魔力の消費も上がる上に負担も大きい。

しかし海斗はその切り札を切った。

(身体は持つが魔力が…)

すでに一度使い、さらに大技まで仕掛けている。

これ以上の消費は避けねば魔力が先に枯渇してしまう。

さらに問題がある。今の状態では魔術の威力が下がってしまうということ。

魔力の大部分をリミッターを外すのに使っているため魔術に回すだけの魔力が足りないのである。

そのため足元の氷を破壊するだけの魔術を展開しようと思うと時間がかかってしまう。

「いい加減、敗北を認めたらどうです?」

瑞姫からの提案。

しかしそれを一蹴する。

「はっ、誰が。まだまだ余裕だっての。それに俺は最強なんでな」

と強がって見たものの正直活路が見いだせない。

瑞姫がとどめを刺すべく海斗の周りの重力を2倍、3倍としていく。

重力系魔術「ゼログラビティ」。

確実に動きが鈍くなっていく海斗。

「これで、終わりです」

瑞姫がそう呟くと海斗の周りを大量のつららと風の爆弾が浮かび上がる。

(こりゃ、まずいな…)

つららとかまいたちで逃げ場を完全になくされてさらには回避も許さない重力と足元の氷。

「さようなら」

海斗は仕方なくもう一つの切り札を切ることにした。

さらに海斗の魔力の放出量が上がる。

瞬間、轟音がフィールドに轟き土煙が上がる。

それが晴れるとそこに海斗の姿はなくひび割れた地面と切り裂かれた石畳が広がっているだけだった。

「ふぅ。流石にこれはしんどいから使いたくなかったんだけどな」

声が後ろから聞こえるので振り返ると今までの比じゃないくらいの魔力を纏った海斗が立っていた。

「その魔力の高まりは―」

一体なにと問う前に海斗の姿が消える。

「悪いがもうおしゃべりはここまでだ。ここまで出した以上ゆっくりしてられないんでね」

海斗の声が聞こえたと思った瞬間今度は瑞姫の周辺の重力が増す。

動きが鈍くなった瞬間を狙って海斗が背後から風の刃を纏った刃を振り下ろす。

飛び散る鮮血が石畳を汚す。

その血の発生源は瑞姫ではなく背後から切りつけたはずの海斗だった。

(一体何が起きた!間違いなく俺はやつを…)

しかしその瑞姫は無傷でさらに数倍の重力の中でも平気そうに立っていた。

「いいましたよね、さようならだって」

瑞姫のその一言に海斗は寒気を感じる。

海斗は全力で瑞姫から距離を取る。

しかし逃げた先で重力を倍にされる。

リミッターをさらに開放して魔力、身体能力を上げてる海斗でさえ重いと感じるほどの重力。

明らかに先ほどよりも威力を上げている。

そこに小さな、それでも人を殺すには十分なくらいの雷が落ちる。

「―っ!」

もちろん海斗の魔力が上がっているので死ぬことは無いがそれでもかなりのダメージを受ける。

追い打ちを掛けるように炎が上がりさらに海斗を氷漬けにする。

何とか逃げ出そうと氷を砕き距離を取ろうとするが雷のダメージが大きすぎて体がうまく動かせない。

(こいつは…やべぇ)

このままでは本当に死ぬ。そう思った。

しかしとどめの一撃が落ちてくることは無かった。

代わりに落ちてきた言葉は「勝者、鹿島瑞姫」という言葉だった。


目を覚ました海斗の目に入ったのは真っ白な天井だった。

見覚えのない場所。

「どこだ、ここは」

「どこって、学園の医務室…そっか、来たことないもんね」

声のする方を見てみると皐月が座っていた。

「どこか痛むところは?」

そう言われ身体を動かそうとして見るが足が動かない。

そのほかはリミッターを解除した時特有の身体の重さがあるだけだった。

「足が動かねぇ」

「そりゃあれだけ無理したら動かなくもなるよ、一週間は安静にしてないといけないらしいよ」

「そうか、よし二日後には動くぞ」

「話聞いてた?」

「冗談だ、四日は安静にしてる」

「やっぱり聞いてないよね!!」

そんなバカみたいなやり取りをしていると扉が開き黒江が入ってくる。

「なんだ、もう目覚めたのか」

「頑丈だけが取り柄なんでね」

「その頑丈なやつが今回はボロボロだけどね」

「うっせぇぞ鷲沢」

皐月の頭を軽く叩く。

それだけの動きをするだけでも疲れる。

「それで学園長が来たってことはなんかあるんだろ?」

海斗がそういうと黒江が頷く。

それを確認すると皐月も先ほどまでのおふざけをやめ真面目に話を聞く。

「単刀直入に聞こう。どうだった、かれ…彼女は?」

「世の中広いものだ、あれだけ魔術だけで戦えるやつがいるなんてな」

「僕も同意見。しかも僕と戦った時は全然本気じゃないって言うんだからホントびっくりするよ」

「怖いと思ったか?」

「怖くなんてないさ、むしろ嬉しいね。改めて世界の広さを知れた」

「海斗ならそういうと思った。かくいう僕も同意見。まだまだ自分の力も未熟だと改めて知れてよかったと思ってる。だから彼女には感謝しかないよ」

その言葉を聞いて黒江は安心する。

どうやら二人は瑞姫の力を見ても恐怖よりも勝る感情を持ったようだ。

「それで、鹿島の方は?」

「彼女ならもう帰ってるはずだ。君とは違って特に目立った外傷はなかったからな」

「それならそこの扉の前に立ってるやつは誰なんだ?」

海斗がそういうと静かに扉を開け瑞姫と瑞姫の後ろに隠れた栞が入ってきた。

黒江は驚いた顔をしていた。

すでに帰っているものだと思っていた瑞姫の後ろに栞がいることが一番の驚きなのだ。

「そうか、紗倉もいたのか。ならちょうどいい、昨日は悪かったな。許してくれるとは思ってない。だが悪かった」

そう言って海斗は頭を下げる。

栞は相変わらず瑞姫の後ろに隠れたままだったが「大丈夫です、気にしないでください」と答えた。

「もう大丈夫なの?歩いてるみたいだけど」

皐月が栞に指摘する。

今日の試合会場まで来るときも友人に手伝ってもらったと言っていた。

まだ一人で歩くのが辛いはずなのだが。

「鹿島先輩が助けてくれるんで大丈夫です」

そう言って瑞姫にべったりとくっつく栞。

瑞姫は柔らかい胸が当たってるということをなるべく意識しないように会話にはいる。

「ところで、本当ですか?さっきの話?」

「ん?あぁ。お前のことが怖いかどうかって話か。もちろん本心だ」

海斗はまっすぐな瞳でそう言った。

その言葉を受けて瑞姫は涙目になる。

「おい、なんでそんな泣きそうなんだ」

「やーい、海斗が女の子泣かせた~(棒)」

「せめて感情を込めて言え」

そうしている間にもぽろぽろと涙を流す瑞姫。

慌てる海斗。それを棒読みで茶化す皐月。少し笑う栞。

それぞれが様々な反応をする中黒江が言う。

「海斗も気にするな。彼女は今まで力を使うたび辛い思いをしていたんだ。それが初めてそうじゃなかったんだ。うれしかったんだろう」

「黒江、余計な事言わなくていい」

「事実を言っただけだ。それにこのままだといつまで経っても話が進まんだろう」

涙を拭き改めて海斗と向き合う瑞姫。

「ありがとうございます、その一言ですごく救われます。あと、今日はごめんなさい」

「なに、気にするな。まさか本当に彼女と同じ目に遭わされるとは思わなかったがいい経験になった」

「いいお灸を据えてもらったと思ってるよ。ありがとね瑞姫」

「うるさい、お前も同じだろうが」

「海斗よりはぼこぼこにされてないですぅ」

その会話を聞いて黒江は安心する。

(どうやらもう大丈夫のようだな)

「そろそろ私は戻ることにするよ、仕事が山積みなのでな」

そう一言残して黒江は医務室を後にした。


扉を閉め学園長室に戻る途中。端末が鳴る。

相手は国のお偉いさんだった。

「はい、柊です。はい、わかってます。それではまた後日」

通話を切りため息をつく。

今回の交流戦がどこから漏れたのか国が瑞姫のことを嗅ぎ付けてきた。

「さて、どうやって切り抜けていくか…」

瑞姫は架空の人物で本当は「瑞樹」なのだ。

今のまま国にくれてやるつもりはない。

例え瑞樹でもくれてやるつもりはないが。

「ここからは忙しくなるな」

そう呟いて黒江は歩き始めた。

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主役は僕(ワタシ) 猫乃ティる @Tail-Seven

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