第1話 どうしてこうなった…
なぜこんなことになっているのか。
原因は一週間前のことだった。
「瑞樹、ケーキ食べたくないか?」
親友の
瑞樹は甘いものが好きで中でもケーキが大好きなのだ。
そのため綾人がよく瑞樹のためにこうして情報を集めてくるのだ。
「今日はどこのケーキがおすすめなんですか?」
「ふふふ、なんと今近くのデパートで全国ケーキフェアをやっているんだ!」
そういって机に広げたチラシの一枚を手に取って瑞樹の目の前に突き出す。
手に取ってりじっくりと見る。
種類の豊富なチラシを上から見ていくと下の方に大きな文字で『女性限定』と書かれていた。
「ねぇ、綾人。これ女性限定って書いてあるんだけど…」
「ん?そこまでは見てなかったな。でもいいだろ。お前には妹がいるんだし買ってきてもらえば」
「妹はケーキが嫌いなんだけどなぁ」
ダメ元でお願いしてみよう。
机に広げられたチラシをまとめてカバンに入れて立ち上がる。
「それじゃ帰ろうか、チラシは貰っておくよ」
「チラシを置いていかれても俺が困るだけだっての」
なんてやり取りをしながら校門へ向かう。
下駄箱の前で靴を履き替えてると綾人が思い出したかのように突然話し始める。
「そういや、今年の一年にランクSに近い科学魔術師が入学してきたらしいぜ」
科学魔術師。魔術をデバイスを用いて発動させるタイプの魔術師のことでこの世界で最も多くいる魔術師のことである。
科学魔術師以外にもいるのだがデバイスで高速発動ができる現在では生粋の魔術師は減ってきている。
ランクはFからSまでの6段階ありSに近ければ近いほど優秀な魔術師である。
そんな優秀な科学魔術師がこの学園に入学してきたなんて一体何年ぶりなのだろうか…。
そんなことを思いながら返事をする。
「ランクSって…僕たち凡人には届かないね」
「まったくだ、それにバケモノみたいな強さらしくて中学の大会では一度も被弾しなかったらしいぜ」
綾人の『バケモノ』という単語に一瞬だけ瑞樹が嫌な顔をするがすぐにいつもの顔に戻る。
「それは確かにものすごい子だね」
震えそうな声をどうにか抑えて返事をする。
そのまま歩いて校門を出る。
二人はお互い空を見て誰もいないことを確認する。
「よし、誰もいねーな。それじゃ俺はお先に失礼するわ」
綾人はそういうと魔力を集中させ飛行魔術をデバイスから発動させる。
そのまま浮いたかと思うと勢いよく飛び去って行った。
瑞樹たち魔術師は正式な認可を受け免許をもらうことで外での魔術行使が認められる。
理由は多発する魔術犯罪を止めるためなのだがそれ以外のところで使ってはいけないとは言われていないので大体の魔術師はこのように移動を魔術で行う。
それでも最低限のルールのようなものは守っているが。
「僕もそろそろ帰ろう。妹ももう帰ってるだろうしケーキ買ってきてもらえるようにお願いしないと」
もう一度だけ周りに誰もいないことを確認して魔力を集中させ飛行魔術を直接発動させ瑞樹も自宅の方へ飛んで行った。
人通りの少ないところで飛行魔術を解除して地面に降り立つ。
そうして一度だけ深呼吸をして歩き出し自宅へ向かう。
玄関を開けると雑に脱がれた靴が真っ先に目につく。
こんな雑な靴の脱ぎ方をする家族はただ一人しかいない。
「楓(かえで)!靴くらい整えてぬぎな―」
「うっさい!!今いいところなんだから静かにして!!」
リビングのドアを開け顔だけ出して怒鳴ってきた少女。
これが僕の妹、「
髪が短くボーイッシュな女の子って感じで自分の世界に入ってるときに声を掛けるとこんな感じに怒る。
ため息をつきながら靴を脱ぎ自分と妹の靴をそろえてリビングに向かう。
リビングに入るとテレビに穴が開くんじゃないかと思うくらい見ている妹の姿があった。
そんな妹を放置して飲み物を取りに行く。
戻ると自分の世界から戻ってきた妹がこちらを見ていた。
「わかってます、ありますよ」
そういって左手に持っていたコップを差し出す。
楓はそれを受け取り一気に飲み干すと瑞樹にコップを渡す。
「おかわり!」
「どれだけのど乾いてたの!?」
自分の分を机の上に置き楓の分のお代わりを注ぎに行く。
お代わりを楓に渡し少し様子をうかがう。
先ほどまで自分の世界に入っていたおかげか今は随分機嫌がよく見えた。
瑞樹は鞄から先ほど綾人から貰ったチラシを出し話を切り出す。
「楓、お願いがあるんだけど…」
「却下」
即答だった。
「ちょっと待ってまだ何も言ってない!」
「それならその今取り出したチラシは何かな?」
あまりのスピードに反応が出来ずチラシを奪われてしまう。
「はぁ~、またケーキ?今度は何?個数限定だから一緒に来てほしいとか言うんじゃ…」
「えっと、その…」
そうじゃなくてと言葉を続けようとした瞬間、楓から魔力が溢れだす。
「信じられない!!!買って来いってこと!?私ケーキやだっていつも言ってるじゃん!」
溢れだした魔力の影響で霜が降りる。
これはまずい。
楓は科学魔術を主体として戦う科学魔術士だが唯一例外がある。
それが氷雪系の魔術である。
デバイスを用いること無く発動することが出来る魔術だがあまりに強すぎるため感情が昂ぶり魔力が溢れ出てしまうとその魔力だけで周りの温度が下がってしまうのである。
どうにか落ち着かせようと考えるが何か言ったところで火に油だろう。
今はただ耐えるしかないと決めて覚悟した瞬間、楓から溢れ出ていた魔力が落ち着いていく。
ゆっくりと顔を上げるとすごく悪い顔をした楓。
その顔を見た瞬間にヤバいと思ったがデバイスを抜いた楓の方が一手早かった。
「そっか、男だってばれなきゃいいんだよ」
そういってデバイスに魔力を通し魔術を発動。
瞬間、黄金のリングが形成され手足を拘束する。
「ちょっと待って、言ってる意味が分からないんだけど」
「だから、お兄が男だってばれなければケーキ買えるよね?」
なるほど、確かに自分が男だとばれなければケーキフェアにも参加できるだろう。
しかし瑞樹は過去に何度か間違われたことがあるが男である。
さらに最近は女に見られないように服装も結構男っぽいものを着ているようにしているのだ。
私服で行ったところで入り口で帰されるだろう。
「無理があるって、それに服は全部男物だよ」
「なにいってんの?誰がそのまま行けばいいなんて言った?どこからどう見ても女の子に見えるようにして、あ・げ・る♪」
本気だ、本当に僕を女装させる気だ。
拘束魔術を破るため腕と足に魔力を集める。
魔術だけが魔力の使い方じゃない。集めた魔力を爆発させることで魔術を吹き飛ばすくらいはできる。
拘束魔術を吹き飛ばし立ち上がろうとしたが再び拘束魔術によって手足を縛られてしまう。
「あたしに科学魔術使わせておいて逃げられると思ったの?」
科学魔術のメリット、高速発動は保有魔力や魔力制御によってさらに速度を上げることが出来る。
楓の場合、保有魔力が大きいため意識して集めなくても簡単にデバイスに魔力を流すことが出来るため一般的な科学魔術師の約二分の一の速度で発動できるのだ。
「さーて、覚悟してね。お兄」
瑞樹は最後まで抵抗したが結局、楓の科学魔術を破ることが出来ず楓の部屋まで引きずられていった。
その後聞こえてきたのは楓の楽しそうな声と瑞樹の悲鳴だった。
周りの視線がすごく気になる。
普段絶対に気にならないのだが今だけはすごく気になってしまう。
そんな突き刺さるような視線を受けながら瑞樹は建物の中に入る。
持ってきたチラシをみてフェアの場所を確認してエスカレーターに乗る。
向かい側から降りてくる人たちにじろじろと見られすごく気持ち悪い。
目的の階まで上がりフェアの場所に向かって歩く。
その途中でガラスに映った自分を改めて見る。
いつもより白く透き通った肌、背中まである髪、そしてロングスカートを履いた姿。
(…ホント、これが自分だとは信じたくない)
今の瑞樹はどこからどう見て女性だった。
あのあと、楓に無理やり化粧から着替えまでさせられてしまい家から蹴りだされてしまった。
さらに鍵まで掛けられてしまい『ケーキ買ってくるまで入れると思うな!』と言われてしまった。
仕方なくこの格好で来たのだが…。
(足がすーすーしてすごい変な感じ)
絶対見えないようなロングスカートなのにどうしても不安になってしまう。
早く買って帰ろう。そう決めて歩き出す。
歩いていると前からギターケースを持ってる男たちが歩いてきた。
近くでバンドのイベントでもあるのだろう。
それにしては随分と周りをきょろきょろしている気がするが気にすることではないので無視してそのままケーキフェアの会場に向かった。
「ありがとうございました~」
瑞樹はケーキを片手に会場から出てきた。
流石は全国のケーキが集まっているだけのことはあった。
見たことのないケーキが数多くあったのでお金の許す限りで買い漁った。
満足げに歩いていると後頭部に何か硬いものを当てられる。
「動くな、声もあげるんじゃねぇぞ」
突然の出来事に慌てそうになるのを必死に抑え後頭部に当てられた者を予想する。
デバイスにしては随分と冷たい。
恐らく拳銃なのだろう。
そんな分析をしていると手錠をつけられ腕の自由を奪われる。
「そのままホールまで歩いてもらおうか。抵抗は無駄だからな」
言われた通りおとなしく一階のホールに向かうと同じように手錠を掛けられた人々がいた。
「これであとはあの会場にいる奴らで終わりか」
「もうじき来るだろうよ。っと言ってたら来たみたいだぜ」
男たちにつられて視線をそちらに向けると先ほどのケーキフェアの会場にいた人々が手錠をつけた状態で歩いてきていた。
恐らくこの男たちは強盗でこのデパートにやってきたのだろう。
どうやって外と連絡を取るか…周りを見渡し隙が無いかを探す。
(とはいっても、この人数じゃ隙なんてなさそう)
男たちは見えただけでも20人以上いる。
これだけの人数に監視されていたらとてもじゃないが動けない。
完全にお手上げ状態だ。
ここは警察が来てくれるのを待つしかないと思っていたら強盗の一人が吹っ飛ばされ壁に激突した。
「おい!!てめぇ!!何してやがる!!」
突然仲間が吹き飛ばされ怒りをあらわにする強盗。
そんな中手錠を魔力の爆発で破壊し立ち上がる一人の少女が答える。
「何って、見てのとおりあなたたちを逮捕するのよ」
そう答えると同時に少女は左右のふとももに付けた拳銃型デバイスをそれぞれ抜き先ほどと同じように強盗を吹き飛ばす。
基礎魔術、
「ふ、ふざけやがってー!!」
三人目が飛ばされると男たちは一斉に少女に向けて発砲する。
それらすべてを左右のデバイスで交互に魔術を発動させ弾丸を止める。
同時展開ができない科学魔術でここまでの弾丸をすべて止められるなんてなんて展開スピードなんだ。
弾が切れた奴から飛ばされていく。
あと5人というところでどこからか放たれた魔力弾で少女の左手のデバイスが飛ばされてしまう。
あまりに突然の出来事で彼女は立ち尽くしてしまう。
それがいけなかった。無防備になってしまった彼女に魔力弾が放たれ男たちと同じように壁まで吹き飛ばされる。
「っぁ」
声を上げることもなく倒れこむ少女。
「おいおい、こんなのがA級科学魔術師なのかよ。がっかりさせるなよ」
そうして現れたのは大型のライフル型デバイスを担いだ男。
その男は瑞樹が先ほどすれ違ったバンドのメンバーの一人だった。
なるほど、あの時周りをやたらと気にしていたのは強盗をするための下調べだったわけだ。
そしてギターケースにはあの大型デバイスが入っていたというわけか。
男は少女のもとへ歩いていき再びデバイスの引き金を引く。
少女は再び壁に飛ばされ貼り付けにされる。
「ははっ、無様だな科学魔術師のお嬢さんよ。しょせんランクは数値だけだな、戦い方が雑すぎる。」
「-っ」
少女は先ほどの威勢はどこにもなくただ俯いていた。
「おら、さっきまでの勢いはどうした?もう手も足もでねぇってか」
それはおかしい、先ほど見た実力ならあの程度の魔術から抜けられそうだが…
すると男がにやりと笑う。
「なるほど、お前さっきまで強がってたが男が苦手だな?なら男に慣れておかないといけないよなぁ」
そういうと男は彼女の服を乱暴に引きちぎる。
あらわになる豊かな胸。白く透き通った柔肌。
「い、いや…やめ、て」
先ほどまでの強気な少女からは想像もできないほど弱弱しい声。
しかしそれは逆効果だったのか男はさらに笑いながら手を伸ばす。
あと少しで触れるというところで残っていた五人の強盗がすべて同時に吹き飛ばされる。
「な!?まだ居たのか!?」
デバイスを構え直そうとしたが突然右側から来た衝撃に耐えられず左側に吹き飛ばされる。
そうして少女の目の前に現れたのは腕に手錠をされたままの瑞樹だった。
手錠を吹き飛ばし早くなる鼓動を抑えるため深く息を吸う。
改めて周りを見る。
あの時ギターケースを担いでいた男は二人、そのうちの一人は今無力化したがまだもう一人がいない。
同じ型のデバイスがもう一つどこかにあるはずだ。
すると上の階から発砲音がした。
急造だが防御用の結界を張り銃弾を弾く。
その間にしっかりとした結界をもう一枚貼り奇襲に備える。
さらに銃声のする場所に向け魔術を発動させる。
光の爆弾が爆発し二階のフロア一帯から眩い光が溢れてくる。
これで二階にいた強盗たちは一時的にだが失明状態にすることが出来た。
順調に強盗を無力化している瑞樹だがその顔はより険しいものなり呼吸も荒くなっていく。
「はぁはぁ、はぁ」
その時一枚目の結界が破られるのを瑞樹は感じた。
(来た、もう一つの…ライフル型デバイス!)
立て続けに放たれるデバイスからの魔術弾。大型のデバイスのためかなりの威力があり一発ごとに結界が揺らぐ。
恐らく先ほどと同じ手は通じないだろう。
瑞樹はそう判断し先ほどとは違う、攻撃型の魔術を発動。
瞬間、魔術弾の嵐が止み男の苦しむ声が聞こえてくる。
氷雪系魔術、アイスフラワー。小さなタンポポの綿毛のようなものが触れた場所から少しずつ凍結させていくという魔術だ。
それによりデバイスを握る手を凍らせ無力化したのである。
「はぁ、はぁ…これで終わったかな」
完全に銃声もならなくなったので一息つこうとした瞬間、瑞樹の頭の中に「バケモノ」という言葉が浮かぶ。
思い出したくない過去の記憶。
少しずつ目の前が真っ暗になっていく。
―いやだ、いやだ、いやだ。見ないでくれ僕をそんな目で見ないで…。僕はバケモノなんかじゃない、みんなを助けるために全力だっただけなんだ。
立っていられなくなりその場に崩れてしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
先ほどまで貼り付けにされていた彼女が引きちぎられた服で胸を隠しながら
駆け寄ってくる。
彼女の一言でどうにか立てるくらいまで意識を取り戻したので少しふらつきながらも立ち上がり返事をする。
「助けるつもりが助けてもらってありがとうございます、よかったら肩をお貸ししますよ」
ありがたいが瑞樹はそれを断る。
「大丈夫だから心配しないで。それより後始末だけお願いしてもいいかな?」
正直この後の事後処理をするだけの体力が残っていないし何より魔術師としての免許を今は持っていない。
彼女はAランクの科学魔術師のようだし後始末は彼女に任せた方がいいと判断したからだ。
「はい、わかりました」
彼女はそういうとひとまず破けた服の代わりを取りに行くと言って奥へ走っていった。
「…ただいま」
トラウマのせいで頭が痛く魔術がうまく発動できない状態ながらもなんとか飛行魔術で自宅に帰ってきた瑞樹はケーキを冷蔵庫に入れそのまま自室へ行く。
途中楓とすれ違い何か言われたような気がするがその言葉が頭に入ってこない。
部屋に入りそのまま崩れ落ちる。
そのまま保っていた意識から手を放し闇の中へ落ちて行った。
翌日、昨日の夜から何も食べていないのでいきなり食べず軽く済ませシャワーを浴び男物の制服に袖を通す。
やはりこっちの方が落ち着く。
「おはよう…、おねにぃ…」
眠そうな声で楓が起きてくる。
「おはよう、楓。僕はもう行くからちゃんと戸締りしておいてね」
そういって僕は靴を履き外へ出る。
外に出ると綾人が待っていた。
「よ!おはようさん」
「おはよう、綾人」
挨拶をかわしいつものように飛行魔術で学校に向かう。
このときばかりは瑞樹もデバイスで魔術を発動させる。
その道中、綾人が心配そうに尋ねてきた。
「お前の妹さん、あの事件に巻き込まれなかったか?」
そう聞かれ一瞬、頭が痛くなるが平然とか答える。
「大丈夫だったよ、楓は僕と違ってしっかりとした科学魔術師だし」
「それもそうか、それにしても見たか?その事件の記事」
「まだ見てない、朝はちょっと時間がなくて」
そういうと綾人はポケットから端末を取り出しサッと操作して画面を出すとこちらに差し出す。
飛行魔術が干渉しないように注意しながら受け取り画面を見ると『ランクA相当の魔術師、お手柄』と書かれた記事があった。
「これって、いわゆるネットの掲示板ってやつだよね」
「甘く見るなよ、そのサイトはかなり信憑性の高いことしか書かないからな。そんなことより読み進めてみろよ」
綾人に言われた通り読み進めていくと昨日の少女の写真が写っていた。
さらに読み進めていくともう一つ写真が。
それを見た瞬間ぞわっとした。
そこに映っていたのは瑞樹(女の子バージョン)だったのだ。
「一枚目の子はこの学園の1年、この前話していたSランクに近いと言われている少女『
「へ、へぇ~そうなんだ~」
背中に嫌な汗が流れる。
もしばれたら…そう考えるだけでぞっとする。
「それでその子、データベースにもまだ乗ってないからいろいろな憶測が飛び交ってるのよ。帰国子女でまだデータベースに乗ってないだけだとか国が秘密裏に作った対犯罪組織の一人だとか」
そういいながら綾人は指を折っていく。
「もういい、わかったって」
綾人に端末を返すため数えるのを中断させ手渡す。
結局学園に着くまで綾人はこの話題で話を続けていた。
「さて、どうしてここに連れてこられたか…わかるか。瑞樹」
学園に着いてそうそう学園の長である
何か悪いことをしたのかと頭を抱えていると黒江が端末を投げてくる。
そこに映っていたのは綾人にも見せられた瑞樹(女の子バージョン)の記事だった。
「そこに映っているの、瑞樹だろ」
いきなりの直球で思いっきり噴き出す。
「人の趣味をとやかく言うつもりはないが―」
「僕の趣味なわけないでしょ!」
全力で否定する。
この人の危ない趣味の持ち主だなんて思われたくない…。
「わかっている。どうせ楓辺りだろう。それに呼んだ理由はそれじゃないからな」
そういうと先ほどまでのふざけた雰囲気から一転して真面目な顔になる。
「瑞樹、もう大丈夫なのか?」
「大丈夫…じゃない。あの時はそれ以上に必死だっただけで」
黒江は瑞樹に過去助けてもらったことがあるので瑞樹の事情を知っている。
そのために人前で魔術を使うことに恐怖を覚えて科学魔術で自らの力を隠していることも知っていた。
その瑞樹がデパートという大勢の人が見ている場所で魔術を使ったのだ。克服したのかと思い黒江は瑞樹に聞いたのだった。
「そうか。しかしこの記事もなかなか面白いことを書いてあるな。極秘組織の一人?そんなわけないだろうに」
「仕方ないです。当たり前ですけどデータベースに載ってないんですから」
「だからと言ってここまで大きな話になってしまうと少々面倒だな」
そういうと黒江は少しだけ思案顔になる。
しかしすぐに元の顔に戻りにやりと笑う。
「データベースに載ってないんから話が膨らんでしまうのならデータベースに載せてしまえばいいわけだ。つまり…」
黒江が瑞樹の方を見る。
背中に嫌な汗が流れるのを感じ逃げる体勢を取る。
「お前が―」
「失礼しましった!?」
反転し全力で走り扉を開けようとしたが扉が開かずぶつかりそうになった。
何度ドアノブを回しても向こう側から何か強い力で押さえつけられているようで開かない。
黒江は何事もなかったかのように続けて言った。
「お前がこの子になってここの生徒になればいいわけだ」
まさか本気でそんなことをするわけがない。
「あはは、冗談ですよね?」
「冗談?本気だぞ。」
そういって黒江は新品の生徒用端末を一つ取り出しパソコンに繋げ操作する。
何度かモニターと端末を確認して端末をパソコンから外し瑞樹に投げる。
画面を見てみるとそこには「
「ってそうじゃない!何でこんなものを」
「だから言っただろ。ここの生徒になればいいと」
「男としての僕はどうすればいいんですか!」
仮に女の子瑞姫ちゃんとして通うとしてその間男の子瑞樹はどうなるのか。
当たり前だが瑞樹の身体は一つしかないのでどちらかがいればどちらかはいない。
「そうだな…留学ということにしておこう。幸い瑞樹の成績は悪いわけじゃないからな」
さらっと話を進めていく黒江。
クラスはそのまま、制服は3日以内に手配、先生方には話をしておく…
瑞樹の話を了承を得ないまま話は進み本当に学園の生徒として登録されてしまった。
「つ、疲れた~」
お昼休みになりどうにか質問攻めも落ち着いた瑞樹は突っ伏していた。
転校生はいつもこんな質問攻めに遭ってるのかと思うと同情するしかなかった。
ひとまずお昼にするため持ってきたお弁当を鞄から出す。
可愛い女の子ぽいお弁当箱である。
楓が「せっかくだから細かいところまで女の子らしく」と言って簡素なお弁当箱から変わったのである。
「なんだ、随分と可愛い弁当だな」
綾人がこちらに近づいてきて言った。
ほかのクラスメイトは少しだけ距離を感じたが綾人はそんなことなく男の瑞樹に接するように話しかけてきた。
それでも僕の方は初めて話しかけられたというのを装って返事を返す。
「そういう獅子原くんはよく食べるね」
「これぐらい食べないとすぐに腹が減るからな。あと俺のことは綾人でいいよ」
そういいながら机にパンを広げる綾人。
「っとそういやまだ名前しか言ってなかったな。獅子原綾人、いつでも彼女募集中のイケメン科学魔術師だ」
訂正、この男下心が透けて見えるわ。
ひとまず綾人の言葉をスルーしながらお弁当を食べる。
しかし先ほどから刺さる視線が気になって仕方がない。
それもそのはず。教室の出入り口には先輩、後輩が瑞姫を一目見ようと殺到しているのである。
(平常心、平常心…)
廊下にいる人達をいないものだと思い込みお弁当を食べていく。
そんな中再び廊下が騒がしくなる。
「お、おいあの一年って」
「あぁ、間違いない。学園に二人しかいないAランクの一人、紗倉 栞(さくら しおり)だ」
「おいおいマジかよ、こんなところで見れるなんて」
瑞姫もまだ見たことがないのでどんな子なのかと顔を上げ教室の出入り口を見る。
「えっ…」
そこにいたのはあの時デパートで助けた少女だった。
「この前はありがとうございます」
屋上に来て早々彼女はそう言って頭を下げた。
「気にしないでいいよ、ぼ…私も許せなかったから」
あの時は必至で周りのことも見えていなかったが飛び出た理由は栞を助けるためだったのだ。
ひとまずひたすらお礼を述べる栞を落ち着かせお昼を食べるように促す。
栞が教室に来た後さらに人が集まってしまいとても落ち着けるような状況じゃなくなってしまったのでお弁当を持って屋上に来るように言っておいたのだ。
お弁当を開けて礼儀よく「いただきます」と言って食べ始める。
瑞姫も残っていたお弁当を食べ始める。
しばらく無言で食べていた二人だったが半分くらい減ったところで栞が口を開く。
「鹿島先輩ってデバイスを使わない魔術師なんですよね」
「ちが…わない。そう私は科学魔術師じゃないね」
危うく否定するところだった。
涼風瑞樹は科学魔術師だが今は鹿島瑞姫なのだ。そして鹿島瑞姫は魔術師としてデータベースに登録されているのだ。
中には実力を隠すためにそのデバイスを使用したりするものもいるのだが。
しかし瑞姫はすでに魔術師としてネット上で人気者になってしまったのだ。今更隠しても意味がないだろう。
「どうやったらあそこまで上手くなれます?」
突然の質問で正直驚いた。
彼女はAランクの科学魔術師として名が通っている。
今更無理をして魔術に手を出す必要がないはずなのだが…
「栞はもう科学魔術師として十分なランクまで上れてるんだし無理に魔術を使うことはないんじゃないかな」
「いえ、例えそうでも使えるようになりたいんです」
そういうと彼女は瑞姫の手を握って言った。
「鹿島先輩、ぜひとも私に魔術を教えてください!」
突然可愛い女の子に手を握られドキッとしてしまう。
「べ、別に私じゃなくても先生とかでもいいんじゃ…」
「嫌です。だって男の先生しかいないじゃないですか」
確かにこの学園の魔術の先生は男しかいない。
科学魔術だと女の先生もいるのだが。
「先生に教わるのが嫌なの?」
「いえ、そうではなく…」
どこか歯切れの悪い返事をする栞。
「じ、実は…その……」
「最後の方聞こえなかったんだけど」
「あたし…男の人が苦手なんです」
栞がか細い声でそう呟いた。
「え、でもデパートでのあの時は…」
強盗に立ち向かったときは強気だったはずだ。
少なくとも瑞姫はそう記憶していた。
「あの時は男の人を全部かぼちゃやスイカだと思っていましたから」
(ほ、ほんとにそうやって男の人を見ている人がいるなんて…)
正直マンガの世界だけだと思っていたが本当にこんなことがあるんだな。
だからと言って栞に魔術を教えていいものか悩んでいた。
科学魔術は誰にでも扱えるようにデバイスというものがあるのだが魔術には相性がある。
その相性が合わないと思いもよらぬ反動が来るのだ。
そのため教える側は細心の注意を払わなければいけない。
「やっぱり…駄目でしょうか」
上目使いで頼まれタジタジになってしまう。
というか僕は男なのだが…今は女として生活してるけども。
「ちょっとだけなら」
結局この上目遣いに耐えられず受けしまった。
勢いで引き受けてしまったが瑞姫は頭を抱えた。
過去のトラウマからいまだ抜け出せない瑞姫。
そんな状態で果たして人に教えられるだけの魔術が行使できるのか、それ以前に魔術を行使できるのか…。
様々な思いがあったが黒江に言われたことを思い出す
(お前もいい加減その過去を断ち切れ。それまでは女として学園生活を送れ)
そうか、これも試練だと思えばいいのか。
それに栞との特訓なら人目は彼女一人。リハビリにはちょうどいいかもしれない。
「それじゃ今週の土曜日学園で特訓しましょう」
「今週土曜日ね」
「はい!それじゃ、また後日時間を決めましょう」
そういって栞は残っていたお弁当を食べしまい始める。
そうしてそのままお礼を述べて屋上を後にした。
一人屋上に残される瑞姫。
お昼休み終了のチャイムがなる。
慌ててお弁当を片付けて屋上を後にする。
「って、土曜日に特訓となると土曜日にもこの格好しなきゃいけないのか」
せっかくの土曜日でこの格好をしなくてもいいと思ったのだが…
しかし引き受けた以上さぼるわけにもいかないので私服をまた楓から借りることにする。
それ以降その日は栞も訪ねてくることもなく瑞樹の女の子学園生活は幕を閉じた。
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