陣痛ジェットコースター
予定日を過ぎて日付も変わった9日深夜1時半。
病室から分娩室の隣にあるベッドに移動になると、お腹にモニターをつけられたりして陣痛を待ちます。
そのうち、思わず声を上げそうになるほどの強さになりました。
陣痛を言い表すのに『鼻からスイカ』なんて言葉がありますが、私には生理痛のひどさが5倍になった感じに思えました。そして次第に『あぁ、そういえば陣痛ってこういう痛みだったよ』と前回の出産を思い出してきます。これから何時間かかるんだろう……そう憂鬱になりながら壁の時計を睨みつけていました。
前回はじわじわと痛みが増してきたのですが、今回は違いました。痛みの増すペースが早いのです。たとえるなら、前回はトロッコ、今回はジェットコースター。しかも勾配の激しいやつ。
ぐんぐんと押し寄せる波は強くなり、思わず叫んで逃げ出したくなるほどの痛みにまで達してきました。モニターをつけている間は動いてはいけないのですが、身をよじりたくなるほど。それが数分に一度押し寄せてくるんですから、たまったものじゃありません。
痛みがきたときは、鼻から息を吸って、口からふうっと長く吐く呼吸法をするとなんとかやり過ごせます。あとは腰や太ももの付け根などを強く擦ると幾分楽になります。
何度も助産師さんが膣に手を入れて子宮口のサイズを診てくれました。陣痛の波がきているときに中から押さえてくれると、すごく楽になるのです。
前回の出産では割にほったらかしだったのですが、今回は病院の中で産気づいているのが私一人ということもあって、まめに触診をしながら押さえてくれてありがたく思いました。
どんどん強くなる痛みに耐えていると、助産師さんがちょっと困り顔で話しかけてきます。
「お産というのは何が起こるかわからないので、万が一のためにどなたかご家族に立ち会ってもらいたいのですが。一人のお産って大変ですよ?」
「夫は翌朝の出張に備えて寝ているかもしれないし、姑は電話したら来てくれると思いますが、1歳半の長男も連れてこなきゃならないです」
「お子さんは連れて来ても大丈夫だけど、とっくに寝てるよねぇ。お舅さんにお子さんを預けることはできます?」
「いや、何も出来ないんで」
「あぁ、そうですよねぇ」
舅が何も出来ないとすんなり納得されたあたり、うちの地元の舅たちにはそういう人が多いのか?
うちの舅と姑は諸事情あって育児をほとんどしてきませんでした。そのため、姑は長男の世話で手一杯でしょうし、舅は運転嫌いで育児どころか料理も家事もできない昔気質な人なのです。
別の市に住む夫の妹が翌朝には病院に駆けつけてくれることになっていましたが、それも何時かわからない。
誰もが「前回は32時間かかったからいつになるかわからないし、もっとお産は遅くなるだろう」と油断していて、何時に行くかはっきりしていなかったのです。それに私も、夫の出張が何時からかなど、詳しく訊くのを忘れていました。
幸いなことに、夫の実家は産婦人科から車ですぐのところだったので、助産師さんは「万が一のときはお姑さんに電話してすぐに来てもらう形を取りますね」と百歩譲ってくださいました。
こうして、前回は夫も姑も病院にいましたが、今回は私一人のお産となりました。
のちに、私の弟は「俺なら明日仕事でもそばについてるけどなぁ」と呆れていましたが、移動中に居眠り運転されても困りますし。
ただ、やはり何かあったときには家族がいたほうがいいのでしょう。姑のことだから携帯電話を枕元に置いて備えてくれているだろうと思いましたし、何事もないことを祈ることにしました。やっぱり心細さはありました。
さて、夜中の3時半にはもう早くも挫けそうな痛みになってきました。どうも前回の出産で時間がかかったせいか、「これがあと何時間続くんだ」という憂鬱さにとらわれていましたが、このたびはナースコールから2時間で分娩室に移動になりました。
子宮口が6.5cmになっているということで、採尿をして、支えられて分娩台の上に乗ります。
長男のときは、6.5cmではまだまだ分娩室に移動しませんでした。今よりもっと進んだ状態で、ぼたぼたと血をこぼしながら、やっとの思いで移動した記憶があります。
こんなに早く移動していいのかなと思ったのですが、それがプロの正しい判断だったのを、このあとで思い知るのでした。
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