第6話 力の使い方
目の前で騒ぎまくり、まるでこちらに気付かない
風を切る音が鳴り小鬼の頭に棍棒が迫る―――――
――――――ゴッ
鈍い衝撃が棍棒を伝わって手に広がる。飛び散った血が頬に張り付いた。……これが、生物を殺すという感覚なのだろうか……。屠殺場で見る機会は多かったが、初めて自分で殺した。
―――――軽い吐き気が襲ってくる。
どうやら、自分で思っていたより辛いらしい。体が拒否感を示している。
これは追々なれていくしかないのだろう。
棍棒を振るって、自分でも軽く驚いた事がある。
俺に扱い易いサイズの棍棒だとは言え、こうも軽々と扱えるものなのか? いくら力任せに振るったとはいえ、かなり軽く感じた…………いいや、違うな。さっきのこいつらを見ていた限り、もっと重そうにしていた。地面を引き摺っていたし、とても使い難そうに見えた。
どう言う事なのか考えていると、ピンッと一つの事の言葉が頭に思い浮かんだ――不死の猛獣。まさか、まさかこのスキルが原因? これはスキルの効果なのか? 力が強くなった影響だとでも言うのだろうか……。ありそうだ。と言うか、それ以外では思いつかない。
それにしても、不死になった影響で自分の死や痛みには鈍感になったのだが……他者を殺してしまう拒否感は残ったままなんだな。驚きだ。
まぁ、他者ってもモンスターだけど。
どうやら、俺は完全な化物と化した訳じゃないようだ。と分かった事を喜ぶべきか、モンスターを殺して拒否感を覚えてしまうのを悔しがるべきか………この場合、悔しがった方が良さ気な気がする。生きてく為にも、これから多くのモンスターを殺す事になりそうだし。どこかで慣れなければ、精神が先に壊れてしまう。
ドサリ、と力なく地面に崩れ落ちる小鬼。――ちらっと横目で確認すれば、完全に頭が陥没している。頭蓋を砕いた感触があった。あれならば間違いなく死んでいるだろう。死んでいなかったら驚く。……この考え方はさっきの小鬼達に近い油断だな。思わず苦笑いを浮かべてしまう。
しかし、確認しようにも後2匹残っている。迂闊には確認出来ない。………あっ! 角が潰れている、あれでは売り物にならないだろう。ちょっと悲しい。殺せてはいても、売れないのであれば無報酬だ。
仲間の一匹が突然倒れた事で、流石の2匹も異常に気付いたのか騒ぐのを止めて周囲を見渡し、見つけた俺を睨みつけてくる。
ようやく警戒しだしたわけだが……俺を見て、おもむろに2匹が相談を始める。おいおい、こっちを警戒はしているが……敵を前にしてその行動はどうなの?
ちょっとアホなんじゃないかと思い始めた。……実は最初から、思ってたけど。
「ギィギギ?」
「ギアッ」
「ギガギガ」
「ギガッ!?」
やがて結論が出たのか、再度こちらを見る。
そして目を―――カッと見開き、口をぱかっと開ける―――――俺が死んでいない事がよほど不思議だったのだろう。2匹共困惑している様子が手に取るように分かる。……まぁ、これだけ目を見開いて呆然としてれば誰にだってわかる事だが。
苦笑を浮かべ2匹に近づいていく。
小鬼達は固まったまま動けないのか、視線だけが俺を追う小鬼達。なんか泣きそうになっている気がしないでもない。――棍棒が届く範囲にまで、かなり楽に近づく事が出来た。まぁ動かない敵が相手だし。可哀想ではあるが……俺も怒ってるわけよ、まあ―――
「―――おめぇらも一度死んどけって」
それで許してやる。そう呟き、1匹の小鬼の前で立ち止まる。
「ぎっぎい!」
「ギギ」
俺の言葉に反応し、何か喚きだした小鬼を無視して、凪ぐように棍棒を横に振るう――――予想以上に軽い衝撃を感じたが、強引に振り抜く。スキルの恩恵かはたまた小鬼が軽いのか……どっちもな気はする。
――ゴシャッ、という豪快な音が辺りに響き小鬼の身体がまるでピンボールのように空中を舞った。
あまりの勢いと衝撃に小鬼の身体が耐えられず、空中でバラバラに砕け散る。肉片がべちゃべちゃと草葉の中に飛び散り、見えなくなってしまった。
しまった! あれではもう回収出来ないっ。またしても無収入なのかっ? これはちょっとやばいかもしれな――――
「――うぷっ」
そこらに散った血と臓物―――視界に入った途端、強烈な吐き気が襲ってくる。我慢できそうにない、これは……きっつい。
自分の血と臓物はわりと平気だったのだが……相手の、それも俺が殺した奴の内臓が見えただけで吐き気が抑えられなくなり、手を口に当て必死に吐き気を押さえ込む。
……やっぱり俺は、一般人なんだろう。自分を殺そうとした奴を殺しただけなのに、しかもこの世界ではそれが当たり前なのだ。なのに、まさかここまで辛く感じるなんて、思ってもいなかった。
胃の辺りがムカムカして気分が悪い。痛くはない分、違和感が余計に辛い。
いっそ吐いてしまった方が楽になれ――――
――――ゴッ
突如頭に重い衝撃を感じ、地面に仰向けで倒れ込む。
なんだ――――と疑問を覚えるよりも早く、俺に馬乗りになった小鬼が視界に入ってくる。
「うわぁ――」
「ギイッ」
仲間の仇とばかりに、何度も、何度も俺の頭に棍棒を振り下ろしてくる。
一発目で視界が歪み、二発目で視界が霞んだ。三発目で何も見えなくなった。どれだけ殴るつもりなのか……。
しかし、見えなくなったとは言え他の感覚は残っている。
だから―――ゴッゴッと頭を殴っていると思われる音が耳から入り続ける。それがやがて湿った音に切り替わる。どうやら頭蓋がぐちゃぐちゃに潰されたのだろう。それでも殴るのを止めていないのか―――延々、延々、延々と殴る音が聞こえ続ける。――――いつしか音すらも聴こえなくなった。どうやら耳も潰れたのだろう。もはや何も感じない。
だが、俺の意識ははっきりとしている。
どうやら、首を斬り落とされでもしない限り、俺の意識は落ちないようだ。まぁ心臓を貫かれても平気なわけだし、そこまでおかしな事ではないか。
――――。
何も感じなくなってからどれだけ経ったのか、ようやく視界が回復する。
すると―――疲れたのか、大きく息を乱している小鬼が近くに座り込んでいるのが視界に入った。どうやら俺が何も感じなくなってからそれほど経っている訳ではなさそうだ。精々数十秒も経っていないのだろう。経っていたとしても数分だ。
小鬼は俺の頭を集中的に殴ったのか、他の場所にこれといった損傷はなさそうだ。
身体が問題なく動くのを確認し、立ち上がる。
「――ギイッ!?」
馬鹿な!? とでも言っているのか、俺を見て愕然としている。……あれだけ殴られたのだ。頭なんて、原型も残っていなかったのかもしれない。なのに、元に戻って立ち上がってくる。小鬼からして見れば――悪夢としか言えないだろう。
「わりぃな。こちとら不死なもんでね。安心しろ、一発で仲間のところに送ってやんよ」
「ギギ――」
座ったまま後退り逃げようとしていたが、俺に恐怖を覚え怯えているのか、手を滑らせ上手くいってない。
俺は小鬼にゆっくりと近づいていき、軽く棍棒を振り上げ――振り下ろした。
――――ベチャッ
地面に赤い花が咲き、頭の無くなった小鬼の身体が動かなくなる。……この状態で動けるとしたら俺と同じ系統のスキルを貰った奴くらいなものだろう。第一位階と呼ばれる雑魚モンスターがもっているとは到底思えない。なら、これで終わり――――
「――っ」
再度襲ってくる強烈な吐き気に耐え切れず、地面にぶちまける。昨夜と今朝に貰ったガチガチの黒パンを全部吐き出してしまう。
しばらくの間、げぇげぇと胃にある食い物を吐き出し続け、吐き気が治まった瞬間――身体から力が抜け、後ろ向きで地面に倒れ込む。……なんとか吐瀉物にダイブするのは避けた。あん中に倒れてたら、唯でさえ参っている精神が余計に悪化する。
別段痛みはないが……身体を――強烈な虚脱感が襲っていた。
ろくに指一つ満足に動かせない。初めての殺し合い――それも人型と殺しあったのが、かなり精神的にきつかったらしく、今はまったく動ける気がしない。こりゃあしばらくは休憩だ。
よく、自分では自分の心に気付かない――と言うが、本当の事だったんだなぁ。
正直、家の関係上――屠殺には慣れていた。だから、俺はこれくらい平気だと思っていた。人型だったし、そりゃあ多少の嫌悪感はあるだろうけども、こっちを殺しにきた相手だ。それを殺したところで罪ですらない。それどころか推奨される行為でさえある。
だが、今の俺に取ってはかなり無理のある行為だったようだ。……よくもまぁ、彼女はこんな事が平然と出来るものだ。素直に尊敬する。
むしろ、さっくりとそれはもうあっさりと殺していたミラを思い出し、自然、ため息が漏れる。暮らしていた環境が違うのだ、仕方ない事。だとはいえ、早急に、俺も慣れなければいけない。でなければスラムで暮らしていくなんて出来ないだろう。出ていけるのならば、それはそれでいいだろう。
しかし、スラムから出れば殺されるという。
となればスラムで暮らしていく事は、半ば強制だ。
だが我侭を言っても何も始まらないし、無理やりにでもこの世界に慣れるしかない。……世界ってかスラム。
――――ランダムとか言いながらもピンポイントでこんな場所に送ってくれたあの空間には怨みしかないが……ここで暮らしていくしかないし、復讐する術もない。
はぁ、とため息を漏らし思考を切り替える。
「――――しっかし、いくら力が増えたからってなぁ……」
先ほどの光景を思い出す。吐き気が襲いかかってくるが、すでに胃の中には何もない。さっきので胃液すら吐き出してしまったのだ。胃に違和感があるが、無視する。
小鬼の頭をぶっ叩いたら――バンッ。と爆発したのだ。それはもう盛大に。
正確に言えば破裂した。俺が放った一撃――それがあまりにも強い衝撃だった、その為棍棒をくらった小鬼の頭が、その強すぎる衝撃に耐え切れず破裂したのだ。
最初に殺したのは爆発しなかった……。やはり、座っているというか高低差がある相手だったからなのだろうか? それとも2匹の小鬼を殺したからか? 確か……魔素とか言う不思議存在を吸収して強くなれるんだっけ。
だが奴らは第一位階の雑魚で、魔素は少ないってミラ言ってたいたはず。それとも何かの理由でスキルが強化された? ……たぶんだけど、小鬼を殺した事によって何かの条件が開放された、という可能性はある。
……ダメだぁ、まるでわからねぇ。
指先一つ動かない、まさに何も出来ない状態だからか、次か次へと疑問が湧いてくる。しかし、精神的に疲れているからか、まったく思考が定まらない。ぶっちゃけ無駄にしかならない。
「このタイミングでモンスターが来たら終わりだなぁ……まぁ、別に俺は死なないけど」
生餌にはなるだろう。……意味は違うが、生餌って…………我ながらナイスなネーミングだ。なにせ、生きたまま食われ続けて再生しまた食われる。死ぬ事のない生きた餌――略して生餌。
自虐過ぎる思考が頭の中を占める。けれど、あながち間違っていない。何故ならば――ここはダンジョン。
そこら中にモンスターがいる場所。いくら入り口にいるからって、いつ襲われてもおかしくない場所なのだ。
――――実際、小鬼3匹に襲われたばかりだ。また襲われないという保証は無い。それどころか襲われる確率の方が高いだろう。
そこら中に漂う血の臭いに顔を顰め、確信する。
間違いなくモンスターは来るだろう。
だが逃げようにも、身体はピクリとも動かない。
今の俺は、思考が出来るだけの置物と大差ない。
(ミラが戻ってくるまで、襲われないといいなぁー)
無理だとは分かっている事を考えながら、蠢く草葉を見つめる。あの草陰にどれだけのモンスターがいるのだろうか……考えたくもないほどに居そうで、憂鬱な気分になってくる。
草陰で動き回る大量のモンスターを想像してしまい、顔を真っ青にする。流石に生餌は嫌だ。今のところ、角ウサギに襲われるなら嬲られるだけで済みそう。しかし小鬼に見つかったら間違いなくアウト。確実に食われる。
ウサギが守ってくれなものかな?
ミラの話だと、テイマーと呼ばれる一部の連中がモンスターを使役し戦うって言ってたけど……。まぁ特別な魔道具かスキルが必要だって話だ……今の俺には関係の無い事かぁ。
なんでも角ウサギ――第一位階モンスター・ペチル。このウサギを最初にペットとする事が多いのだと言う。食用として、角を剥かれて育てられるものもいいるらしい。その為狩って肉を持ち帰ったとしても売れない、ペチルの肉は自分で食う以外使い道がないらしい。そう愚痴っぽく言っていた。
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